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第二章 帝国編(海上編)
酒と空路と元子爵令嬢 2
しおりを挟む可能性としてはお金、権力、色恋沙汰。
そんなところかなとサラは当たりをつけると、アイラの黒い子犬のようなまなざしをじっと見返してやる。
「お金ね?」
「あれ? なんで分かったのですか、お嬢様。話す楽しみがないじゃないですか」
「やっぱり。貴方が楽しみそうなものなんてその辺りだと思うもの」
「ちぇっ、残念。その中身までは?」
「さあ、そこまでは分からないわ」
残念ですと言い、アイラはサラが当てることができなかったからと食後のクッキーの一枚をそっと掴み上げた。
あ、とサラが声をあげる前にいただきまーすと侍女の口に消えたそれを見て、サラはアイラをにらみつける。
「アイラ!?」
「不正解だと、一枚いただきまーす」
「いたずらにもほどがあると思うんだけど? お金がどう絡むのよ」
「何でもですねえ、食堂の商人たちの話を聞いたんですけど。御用商人が変わるらしいのですよ、サラ様」
「御用商人?」
このワインの銘柄が関係するのかしら?
そんなことを思い、グラスを再度掲げて匂いを楽しむとサラはああ、そうかと思いついた。
権利が関わってくるのだと。
「そう、御用商人。文字通りの、王宮に品物を納品する選ばれた上級商人です」
「つまり、これは試供品?」
「試供品と言いますかえーと……頂きものと言いますか」
どこか困ったような顔をするアイラを見て、サラは嫌な予感を覚えてしまう。
まさか、皇族に関係しているとか、どこかで吹聴したのかもしれない、と。
「アイラ? 誰に話したの?」
「いや、違いますッて。話してないですよ。本当に話してません。ただ、この部屋に出入りする人間って限られるじゃないですか」
「皆さん目ざといのね。それでアイラに声をかけてきた、と。そう言いたいの?」
「もちろん、お嬢様のことなんてつゆほどにも漏らしていませんよ。それでも気になる人間はどこからか聞き出すものです。船員とか、仕官からとか……」
黄金や銀色の輝きが好まれるようですよ。
そう侍女は言うと、扉の向こう側にいる彼女たちを指さしていた。
「そう。ちょっと呼びなさい」
「は? え、誰をですか?」
「決まってるじゃない、彼女たちをよ」
普段ならちゅうちょなく動くはずのアイラは、困ったような顔をしてもじもじと動かない。
それどころか、上目遣いにこちらを見てくるものだからサラはふーん、とそれだけで多くのことを理解してしまう。
「お嬢様ー、それはちょっと嬉しくないというか」
「貴方が話したと彼女たちにばれたら困るの?」
「いえ、そうではなくて、あたしは別にばらしたりしてない……ですよね?」
「誰がどこにどう漏らしたか。どんな情報を話したか、までは語ってないわね。でも――あれ? 違うの? ああ、そういうこと。このワイン……」
サラはこれはまずいと眉間にしわをよせる侍女を見つめ、ワインのボトルを改めて手にしてみた。
帝国の蒸留所の家紋のようなものがラベルの隅にすこしだけ浮き彫りになるように刻印がなされている。ラベルをじっくりと読み、ハルベリー商会という名前を見つけた。帝国の認可している御用商人ということらしい。その割には帝国の国旗が描かれていない。
「どちらがハルベリー家の御令嬢なの、アイラ? その扉の向こうにいる、女性仕官の誰かが貴方に渡したのでしょう?」
「サラー、貴方はどうしてそう賢すぎるんですか……」
「言葉遣いに気を付けて、アイラ。その程度の厚みの扉なんて誰かが聞き耳をたてたらすぐにでも聞こえるかもしれないでしょ? もう一つ奥まった寝室でならその友人としての呼び方もいいけど、ここはだめよ」
「はい、すいません……お嬢様」
「それで、どなたがそうなの? 貴方はどんなお話を持ちかけらたのか知りたいものだわ」
アイラは入り口に目をやりいまはいないんです、と申し訳なさそうに返事をした。
非番の日である今日、たまたまそれを渡されましたとボトルを指さす侍女は、こっそりとクッキーを頬張ろうとするがサラにぴしゃりと平手でたたかれてしまう。
「痛いっ。まだ昼食食べてないから空腹なのに……ひどいです、お嬢様」
「屋敷にいたころから貴方のつまみ食いの癖がひどいとじいやから聞いていたけど、そろそろいい機会でしょ。我慢なさい。殿方にそのふっくらしたお腹周りを見せれるの?」
「お嬢様それはいいすぎですよ。アルナルド様とのあの夜だってなにもしなかったのお嬢様なのに。あたしに当たらなくてもいいじゃないですか」
「それは関係ないの、アイラ。非番だからって渡して来たものをそのまま主人の食卓にのせるなんて、何を考えているのよ。侍女失格だわ」
あきれ果てたとばかりにもう下げて頂戴とサラが怒ると、しかし、アイラはもう少し聞いた方がいいですよなんて言うのだ。
この侍女の心臓は鉄ででもできているのかしら。
サラはため息を一つつくと、どうぞ、と手で離すように促した。
「そのハルベリー家ですが、年間大金貨千枚で納品するというんですよ。普通なら三千枚かかる儲け話をそこまで下げてまで御用商人の枠が欲しいそうです」
「賢いのか馬鹿なのか分からない話ね」
「そうですね。競合がいますから入札でそれは決まるわけですけど」
「でしょうね。でもそれなら負けるだけでしょう?」
ところが違うんですねーとアイラは秘密をばらすのが楽しいと有頂天になっていた。
そこに皇帝陛下が飲まれたワインだという箔がつけば、利益はさらに多くなるとハルベリー家は考えているんですよ、とアイラは言う。
それはつまり、アルナルドのこれからに関わる大きな話の前触れだった。
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