上 下
25 / 105
第一章 王国編

運命

しおりを挟む
 
 その秘密、いつ気づいたんだろう。
 サラは子爵家の生き字引たる執事にそう質問してみた。

「いつから? じいやが私より幼いころにひいおばあ様は帝国に行かれたはずなのに」
「そこまで気づいたのははるかな後になってからですな」
「後って……じいやは、どこで気づいたの?」
「ミシェル様が次女の御方を我がレンドール子爵家に嫁がせた後でございます」
「そう、なのね。亡命から二十年近く後なんだ」

 さようです、と執事はうなづくとそろそろつく頃ですなと言い、侍女たちに合図をする。
 二人は馬車内に忘れ物がないように確認をしていた。
 その合間、執事は話を続ける。

「ただ、ミシェル様は――後の国王になった王子に身体を奪われなければ……帝室に亡命しようとは思わなかったでしょうな」
「過去にも現在にも暴力が全部を狂わせた、か。でも皮肉ね?」
「はい、皮肉な運命がございますな」
「ひいおばあ様がこの国に戻した子供は帝室の血を引いていた、そうよね?」
「それは間違いございません」
「でも、当時の王子に強姦と言えば聞こえは悪いけど。彼との間にできたまま帝国に亡命後に産んだ一子が……」

 サラが言い淀むと執事はうんうん、と相槌を打つ。
 それは隠された帝国皇室の歴史だからだ。

「その子供は王家の血を引いたまま、帝室の男子と結婚されました。もちろん、父親が誰かは真実は告げられないままですが」
「そして、その夫になった男性はその後に皇帝なったなんて……運命の悪戯だわ。王家の血は既に帝室に戻っていたなんて知らなかった」
「家人でも知る者は少ない……当時の執事であった我が祖父や当時の当主様だけの秘密だったとか」

 結局、誰もが欲しかったものは予想もしなかった形で成されているものなのかな。
 そう思ってしまうサラだった。
 国王はその真実を知り、サラに対する怒りをおさめたのだから。でも、レイニーの子供は庶子。
 これから運命の荒波に翻弄されるだろうけど、そこは許して欲しいとはサラは思わなかった。
 恨むなら、身の程を知らずに牙をむいたレイニーと、暴力で自分を従えようとしたロイズを恨んで欲しい。
 そう思っていた。
 そして、馬車は目的地に向かい走り続ける。

「ついでに運命は二度、訪れるのかもしれないわね?」
「……良い出会いありましたか、お嬢様?」
「良いかどうかは判断に困るわ。だって、一度はあちらからの提案を無下にしたんだもの。袖にした立場からとしては受け入れて欲しいなんて……贅沢だわ」
「しかし、こうして向かわれている訳ですし。なぜ、その時にお断りに?」

 執事の不思議そうな顔を見て、サラはそうねえ、と考えてみた。
 あの時、会場で彼の悪役になるよという提案を飲んでいればここまでめんどくさいことをしなくても済んだかもしれないのだ。

「……良き賢き皇帝陛下に。なって欲しかったから、かな。殿下が、ロイズがいるのに、好きですなんて。言えなかった……」
「しかし、歴史は繰り返す。今度は愛する男性の側になんの障害もなく行けるではありませんか。ミシェル様はさぞ、苦悩されたと思います」
「愛していない男性の子供を、それも無理矢理孕まされたなんてね。最悪だわ」

 そして、馬車は静かに停車した。
 波止場に停泊しているそれは内海の運航から外洋の航海まで可能な船。
 停泊している船上にはサラを帝国へと運ぶべく、帰国の期日を過ぎてもなお外洋で待ち続けたアルナルドの影があった。

「では、お嬢様。どうかお幸せな人生を」
「……ありがとう、じいやも元気でね」
「行ってらっしゃいませ」
「ねえ、じいや?」
「何でございましょう?」

 サラは馬車の中でずっと口に出さなかった疑問をそっと執事だけに告げた。
 彼なら、その答えを知っているような気がしたから。

「どうして、ひいおばあ様の子供。この国の王子との間に生まれたその真実を、私のおじい様や帝室の人々は秘密にしようとしたのかしら? その時に打ち明けていれば、我が家はもっと早く。そう……こんな憎しみを抱いたまま報復なんてしなくても良かったかもしれないじゃない?」
「それは……恥になるからでしょうな。王子は既に肉体関係をミシェル様と持っていた。それはある意味、内内の妻とも言えるべきことですから。単なる婚約者を奪われたのとは訳が違ってきます。王家は親戚にあたる各国から物笑いの種にされたでしょう」
「そう。結局、みんな体面だの外聞だのを気にして滅んでいくのね。そしてまた――」
「はい、王家は帝国に大事な女性を奪われたことになります」
「捕まれば死罪ね。ありがとう、じいや」
「……どうかお幸せに、お嬢様」

 この夜、王都から一隻の外洋船が帝国に向けて出港した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

結婚式の日取りに変更はありません。

ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。 私の専属侍女、リース。 2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。 色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。 2023/03/13 番外編追加

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。

水無月あん
恋愛
本編完結済み。 6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。 王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。 私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。 ※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!

処理中です...