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第一章 王国編
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「意外に今夜は盛況だったのね、学院のパーティーでもこれだけの人数は見たことがないわ」
目録の内容は招待客の人名リストよりも二百名は多かった。
それだけ当日になって聞きつけた客が押し寄せたことになる。
「殿下って、凄いのね。もう人が群がっている、私に相手をさせてだけど。アルナルドなら……側にいてくれたのかな?」
追い返した相手をつい思い出し、サラはいけないいけないと首を振る。
アルコールでしびれた頭がそれにフワリとなり、目を閉じて余韻が収まるのを待つ間、幸せってなんだろうと柄にもなく考えてしまった。
両親を見ていたら幸せは無くても夫婦の形は保てるらしい。それだけは何となく理解していた。
社交界で引け目だからと早く出世するようにお母様はお父様を激励し、頑張って大臣にまでお父様は登り詰めた。
それは王家の縁戚関係だということも関係しただろうけど、かかる見えない経費で我が家はより貧乏に。
お母様は構ってくれない父親には用がないと、寂しさを紛らわすために実家に仕える騎士と不倫関係。
「体面があるからとお父様は離婚できずにいる」
意気地なし。
目の前に父親がいればそう罵りたい気分だ。
でも、そうじゃない点もある。
「手は……挙げ出されたことはないと思うのよね。お父様は……」
度胸がないだけかもしれない。
小心者だから。それでも悔しさにお酒に逃げるような彼の姿を何度も目にしているから、まだ想いは断ち切れずにいるのだろう。
尊敬できない父親でも、まだ殿下よりはましだった。
「どうしよう。レイニーに押し付けることができれば一番いいのだけど。殿下もレイニーには甘いし、あの二人、そう言えば……関係はあるの?」
このまま殿下との婚約が進めば、私に待っているのは明るい未来じゃない。
サラは改めてそのことを強く意識していた。
お酒の勢い? それともレイニーへの怒り? ここにいて支えてくれない未来の夫への不信感?
そのどれもがそうだし、もしそういった醜聞があるならこちらからも婚約破棄を切り出しやすくなる。
もしくは……そう。
レイニーの肉体関係の相手なんていればもっと良いのに。
まあ、そうそう都合よく起こるはずのない未来を考えるより、サラは本当なら誰にこの場を祝って欲しかったかを考えてみる。
「お母様は、まだ戻らない……お母様もある意味、お父様の被害者かな」
サラは、幼い頃に祖父母がまだ健在の頃、聞いた話を思い出した。
父親のギリスは下級官吏の子供で爵位はないようなものだった。それでも文官としての才覚に長け、王国の貴族子弟子女が入学を義務付けられている学院を首席で卒業した秀才だったという。
当時の彼は貧乏で学院の学費を支払う余裕すらなかった。
そんな中で知り合ったのが自分の母親――当時は伯爵令嬢だったアネッタだったらしい。
ギリスは祖父の伯爵に気に入られ財的支援を受けて卒業、アネッタと結婚した。
その当時はあった母親の実家からの支援もいまは祖父が亡くなり、代替わりをして打ち切られてしまったし、お母様は昔の恋人である王国騎士の元へ入り浸り……。
「ひいおばあ様だけのせいではないのかも。早く昇進しろとうるさいのはお母様だし、子爵家を伯爵家にするためにお父様が頑張って家財を切り売りして、それでいまの地位があるのなら……お母様が嘆くのもどうかと思うけど。屋敷は残ったけど領地はなし、家人はいてくれるけど、ほかの子爵家に比べても半分にも満たない。私が受け継ぐはずの財産だってみすぼらしい、か」
つまり、現当主のギリスは政治には有能だが、家族関係はまるでだめということになる。
財務大臣なんて要職に就いている彼を、政敵が少し調べればもろさがたくさん出てくることだろう――
「だから、お父様は今回の婚約を受けたのかもしれないわね。政治なには有能でも、実は家庭には全く向いていない人間だったとしたら、お母様も愛想をつかして浮気をしたのかも……。レンドール子爵に関係する女は本当に男運がないのかもしれない。私に来たのはあの自意識過剰で暴力性のある殿下だし」
愚痴はよそう。後悔を口にしても何も始まらない。
サラはそう思うとワインの最後の一口を飲み干して、目録に戻ることにした。
今夜、訪れた客は百二十名弱。招待していたのが八十名弱だから不意の来客が約二割もあったことになる。彼らはこの非公式の場のことを聞きつけて後から駆け付けた、言わば可能性が低い集団。この国の有力貴族には含まれず、便乗しようとしてやってきたのだろう。
名簿と目録の名前に整合性をつけるように指示したから、目録には品名よりも人名が優先して列挙されていて、名簿の優先順位が高い人物はそのまま、目録でも最初に名前が挙がるという寸法だ。
そして、品名の隣には品物とは別に賄賂として混在していた金貨や銀貨の額、枚数も記されていた。
「……? 何かしら、これ……」
その中にサラは不可思議な空白を見つけてしまう。
それは不思議なことに、賄賂が混じっていない贈り物が数点あったことを示していた。
目録の内容は招待客の人名リストよりも二百名は多かった。
それだけ当日になって聞きつけた客が押し寄せたことになる。
「殿下って、凄いのね。もう人が群がっている、私に相手をさせてだけど。アルナルドなら……側にいてくれたのかな?」
追い返した相手をつい思い出し、サラはいけないいけないと首を振る。
アルコールでしびれた頭がそれにフワリとなり、目を閉じて余韻が収まるのを待つ間、幸せってなんだろうと柄にもなく考えてしまった。
両親を見ていたら幸せは無くても夫婦の形は保てるらしい。それだけは何となく理解していた。
社交界で引け目だからと早く出世するようにお母様はお父様を激励し、頑張って大臣にまでお父様は登り詰めた。
それは王家の縁戚関係だということも関係しただろうけど、かかる見えない経費で我が家はより貧乏に。
お母様は構ってくれない父親には用がないと、寂しさを紛らわすために実家に仕える騎士と不倫関係。
「体面があるからとお父様は離婚できずにいる」
意気地なし。
目の前に父親がいればそう罵りたい気分だ。
でも、そうじゃない点もある。
「手は……挙げ出されたことはないと思うのよね。お父様は……」
度胸がないだけかもしれない。
小心者だから。それでも悔しさにお酒に逃げるような彼の姿を何度も目にしているから、まだ想いは断ち切れずにいるのだろう。
尊敬できない父親でも、まだ殿下よりはましだった。
「どうしよう。レイニーに押し付けることができれば一番いいのだけど。殿下もレイニーには甘いし、あの二人、そう言えば……関係はあるの?」
このまま殿下との婚約が進めば、私に待っているのは明るい未来じゃない。
サラは改めてそのことを強く意識していた。
お酒の勢い? それともレイニーへの怒り? ここにいて支えてくれない未来の夫への不信感?
そのどれもがそうだし、もしそういった醜聞があるならこちらからも婚約破棄を切り出しやすくなる。
もしくは……そう。
レイニーの肉体関係の相手なんていればもっと良いのに。
まあ、そうそう都合よく起こるはずのない未来を考えるより、サラは本当なら誰にこの場を祝って欲しかったかを考えてみる。
「お母様は、まだ戻らない……お母様もある意味、お父様の被害者かな」
サラは、幼い頃に祖父母がまだ健在の頃、聞いた話を思い出した。
父親のギリスは下級官吏の子供で爵位はないようなものだった。それでも文官としての才覚に長け、王国の貴族子弟子女が入学を義務付けられている学院を首席で卒業した秀才だったという。
当時の彼は貧乏で学院の学費を支払う余裕すらなかった。
そんな中で知り合ったのが自分の母親――当時は伯爵令嬢だったアネッタだったらしい。
ギリスは祖父の伯爵に気に入られ財的支援を受けて卒業、アネッタと結婚した。
その当時はあった母親の実家からの支援もいまは祖父が亡くなり、代替わりをして打ち切られてしまったし、お母様は昔の恋人である王国騎士の元へ入り浸り……。
「ひいおばあ様だけのせいではないのかも。早く昇進しろとうるさいのはお母様だし、子爵家を伯爵家にするためにお父様が頑張って家財を切り売りして、それでいまの地位があるのなら……お母様が嘆くのもどうかと思うけど。屋敷は残ったけど領地はなし、家人はいてくれるけど、ほかの子爵家に比べても半分にも満たない。私が受け継ぐはずの財産だってみすぼらしい、か」
つまり、現当主のギリスは政治には有能だが、家族関係はまるでだめということになる。
財務大臣なんて要職に就いている彼を、政敵が少し調べればもろさがたくさん出てくることだろう――
「だから、お父様は今回の婚約を受けたのかもしれないわね。政治なには有能でも、実は家庭には全く向いていない人間だったとしたら、お母様も愛想をつかして浮気をしたのかも……。レンドール子爵に関係する女は本当に男運がないのかもしれない。私に来たのはあの自意識過剰で暴力性のある殿下だし」
愚痴はよそう。後悔を口にしても何も始まらない。
サラはそう思うとワインの最後の一口を飲み干して、目録に戻ることにした。
今夜、訪れた客は百二十名弱。招待していたのが八十名弱だから不意の来客が約二割もあったことになる。彼らはこの非公式の場のことを聞きつけて後から駆け付けた、言わば可能性が低い集団。この国の有力貴族には含まれず、便乗しようとしてやってきたのだろう。
名簿と目録の名前に整合性をつけるように指示したから、目録には品名よりも人名が優先して列挙されていて、名簿の優先順位が高い人物はそのまま、目録でも最初に名前が挙がるという寸法だ。
そして、品名の隣には品物とは別に賄賂として混在していた金貨や銀貨の額、枚数も記されていた。
「……? 何かしら、これ……」
その中にサラは不可思議な空白を見つけてしまう。
それは不思議なことに、賄賂が混じっていない贈り物が数点あったことを示していた。
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