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第一章 王国編
溜息
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王太子命令には逆らえない。
顔を暗くして学院内を帰宅に向けて歩くサラを見止めた女子が数人。そのうちの一人はとぼとぼと歩きながら覇気のない背中に早足で追いつくと、ポンッと軽くたたいて存在を示した。
「サラ様? どうされました?」
「え? ああ……ご機嫌よう。それに皆様も……」
学院の同級生の貴族令嬢たち。
誰もがサラよりも爵位に置いては上級貴族の娘ばかりだった。
「ごきげんよう、サラ様。お顔に憂いがあるようですけど?」
「いいえ、何でもありません。そう見えたのなら気のせいですわ」
「そうかしら? 殿下は一緒ではないのですか?」
殿下?
ああ、ロイズのことね、とサラは理解する。
この学院には王国の主家となる帝国の皇太子がおり、他に帝国から見て十三の分家筋の王国の王子や王女が籍を置いている。
ラフトクラン王国は帝国よりも南方にあり、他の大陸とも交易が盛んなため新しい文化を学ばせるには立地がよいからだ。
そういう意味で、サラはいいえ、と首を振った。
「殿下は戻られました。お忙しいようで……」
「ああ、それで」
それで? 何だろう? サラは意味が分からず小首をかしげた。
「今夜のパーティーの成功を考えていて、、サラ様は気が重かったのですね」
「え、ああ、はい。そうですね、その通りです。皆様も今夜は――」
お越し頂けますよね?
その言葉が喉元まで出かかるが、サラはいけないいけないと思い返す。
いま殿下が来なくなりました、パーティーは中止です。なんて言おうものなら、明日から自分が周りからどんな目で見られるかは明らかだったからだ。
残念な子爵令嬢。
家柄だけが良い下級貴族には、王太子との婚約なんてやはり荷が重かったのだ。
そう言われるのは目に見えていた。
「大丈夫ですよ、みんなお伺いしますから」
「……お待ちしています、皆様。今日はこれで――」
「サラ様、頑張って!」
そんな学友たちの温かい声援が、サラの冷え切った心には温かくも、どこか辛かった。
帰宅して父親の子爵がいる書斎に向かい、報告してすぐに出たのは――やはり叱責だった。
「……またか、サラ!?」
「ごめんなさい、お父様。殿下から王太子命令としてパーティーを中止にせよ、と……」
「それを請けて来たのか!? 何を考えているのだお前は。殿下の理不尽なおこないを今からきちんと補佐していかなければ王太子妃、ひいては国母である王妃など務まらんぞ? 情けない娘だ……」
そんなことを言わなくてもいいじゃない、お父様。
知恵の一つでも貸してくださいよ。頑張れと仰るなら。
だが、父親の怒りは止まるところを知らない。サラには謝るしか出来なかった。
「……ごめんなさい、不出来な娘です」
「言い訳はもういいっ!! 当日の今になって中止になりましたなど、告知する時間すらないではないか。あと二時間しかないのだぞ!?」
「ええ、分かっています、お父様」
「どうして殿下をお諫めしなかったのだ。今から中止など言えるはずがないだろう。子爵家の恥もいいところだ。何とかしなさい」
そしてこれだ。
婚約者は自分勝手に命令を下し、父親はやってきた困難から娘を守ろうともしてくれない。
何があっても、どんな無理難題が起こっても、最後は自分に後始末を任せるのだ。
「そんなっ。どうしろと言われるのですか!? 私にできることなんて……」
「はあ……考えなさい。それもお前の仕事だ。婚約者は殿下であり、お前は王太子妃補。立場も私より上になる。なんとかしなさい」
「はい……お父様……」
そんな何とかできるようなら、さっさとやってるわよ! 父親ならもっと娘のことを大事にしてください!!
いま一番言いたいことはそれだ。
「私は上役の方々に先に謝罪をしてくるからな。ここは任せたぞ」
「えっ!? お父様、いてくださらないの? 私に来賓の方々すべてをお相手するなんてまだ無理です……」
「自分で招いた結果だろう? 王太子妃補になった時から、子爵家の顔であり代表だと考えて行動するのがお前の役割だ。これも良い経験だと受け止めてやってみなさい」
「そんな……」
「はっきりしない返事は感心しないぞ、サラ。やりなさい。ああ、そうだ。今夜は遅くなるかもしれない。いいな?」
ああ、そうか。
お父様は責任を押し付けて逃げるつもりなんだ。
サラはそう悟った。
婚約者も父親ですらも、こんなに情けないなんて……。
「めんどくさい……」
「何か言ったか?」
「え、いえ。何もっ」
子爵は書斎で会話する時間も惜しいような感じでさっさと出て行こうと仕度を整えていた。
この臆病者。なんて情けない父親なんだろう。女だから命令しておけば全部うまく回るなんて、いつの時代の考え方なのよ、できるはずないじゃない!!
古臭い貴族の常識なんて無くなればいいのに。
後は任せたと言いでていく父親を見送りながら、サラは本日二度目の大きなため息をつき、パーティー会場となる予定の大広間へと向かった。
顔を暗くして学院内を帰宅に向けて歩くサラを見止めた女子が数人。そのうちの一人はとぼとぼと歩きながら覇気のない背中に早足で追いつくと、ポンッと軽くたたいて存在を示した。
「サラ様? どうされました?」
「え? ああ……ご機嫌よう。それに皆様も……」
学院の同級生の貴族令嬢たち。
誰もがサラよりも爵位に置いては上級貴族の娘ばかりだった。
「ごきげんよう、サラ様。お顔に憂いがあるようですけど?」
「いいえ、何でもありません。そう見えたのなら気のせいですわ」
「そうかしら? 殿下は一緒ではないのですか?」
殿下?
ああ、ロイズのことね、とサラは理解する。
この学院には王国の主家となる帝国の皇太子がおり、他に帝国から見て十三の分家筋の王国の王子や王女が籍を置いている。
ラフトクラン王国は帝国よりも南方にあり、他の大陸とも交易が盛んなため新しい文化を学ばせるには立地がよいからだ。
そういう意味で、サラはいいえ、と首を振った。
「殿下は戻られました。お忙しいようで……」
「ああ、それで」
それで? 何だろう? サラは意味が分からず小首をかしげた。
「今夜のパーティーの成功を考えていて、、サラ様は気が重かったのですね」
「え、ああ、はい。そうですね、その通りです。皆様も今夜は――」
お越し頂けますよね?
その言葉が喉元まで出かかるが、サラはいけないいけないと思い返す。
いま殿下が来なくなりました、パーティーは中止です。なんて言おうものなら、明日から自分が周りからどんな目で見られるかは明らかだったからだ。
残念な子爵令嬢。
家柄だけが良い下級貴族には、王太子との婚約なんてやはり荷が重かったのだ。
そう言われるのは目に見えていた。
「大丈夫ですよ、みんなお伺いしますから」
「……お待ちしています、皆様。今日はこれで――」
「サラ様、頑張って!」
そんな学友たちの温かい声援が、サラの冷え切った心には温かくも、どこか辛かった。
帰宅して父親の子爵がいる書斎に向かい、報告してすぐに出たのは――やはり叱責だった。
「……またか、サラ!?」
「ごめんなさい、お父様。殿下から王太子命令としてパーティーを中止にせよ、と……」
「それを請けて来たのか!? 何を考えているのだお前は。殿下の理不尽なおこないを今からきちんと補佐していかなければ王太子妃、ひいては国母である王妃など務まらんぞ? 情けない娘だ……」
そんなことを言わなくてもいいじゃない、お父様。
知恵の一つでも貸してくださいよ。頑張れと仰るなら。
だが、父親の怒りは止まるところを知らない。サラには謝るしか出来なかった。
「……ごめんなさい、不出来な娘です」
「言い訳はもういいっ!! 当日の今になって中止になりましたなど、告知する時間すらないではないか。あと二時間しかないのだぞ!?」
「ええ、分かっています、お父様」
「どうして殿下をお諫めしなかったのだ。今から中止など言えるはずがないだろう。子爵家の恥もいいところだ。何とかしなさい」
そしてこれだ。
婚約者は自分勝手に命令を下し、父親はやってきた困難から娘を守ろうともしてくれない。
何があっても、どんな無理難題が起こっても、最後は自分に後始末を任せるのだ。
「そんなっ。どうしろと言われるのですか!? 私にできることなんて……」
「はあ……考えなさい。それもお前の仕事だ。婚約者は殿下であり、お前は王太子妃補。立場も私より上になる。なんとかしなさい」
「はい……お父様……」
そんな何とかできるようなら、さっさとやってるわよ! 父親ならもっと娘のことを大事にしてください!!
いま一番言いたいことはそれだ。
「私は上役の方々に先に謝罪をしてくるからな。ここは任せたぞ」
「えっ!? お父様、いてくださらないの? 私に来賓の方々すべてをお相手するなんてまだ無理です……」
「自分で招いた結果だろう? 王太子妃補になった時から、子爵家の顔であり代表だと考えて行動するのがお前の役割だ。これも良い経験だと受け止めてやってみなさい」
「そんな……」
「はっきりしない返事は感心しないぞ、サラ。やりなさい。ああ、そうだ。今夜は遅くなるかもしれない。いいな?」
ああ、そうか。
お父様は責任を押し付けて逃げるつもりなんだ。
サラはそう悟った。
婚約者も父親ですらも、こんなに情けないなんて……。
「めんどくさい……」
「何か言ったか?」
「え、いえ。何もっ」
子爵は書斎で会話する時間も惜しいような感じでさっさと出て行こうと仕度を整えていた。
この臆病者。なんて情けない父親なんだろう。女だから命令しておけば全部うまく回るなんて、いつの時代の考え方なのよ、できるはずないじゃない!!
古臭い貴族の常識なんて無くなればいいのに。
後は任せたと言いでていく父親を見送りながら、サラは本日二度目の大きなため息をつき、パーティー会場となる予定の大広間へと向かった。
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