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第一章 王国編

理不尽な王太子殿下

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 このラフトクラン王国の貴族の多くは、王都と地方にそれぞれ家を二つ持っている。
 地方と言われる十余州の長官である伯爵位。
 それ以下に、子爵・男爵、特別な自治領として公爵や辺境伯があるのだけれど。
 裕福な貴族は、王都にいながら部下たちに自分の領地経営を任せていたりするのだ。
 我が家にもかつては広大な領地があった、とは亡き祖父のぼやきぐせだったけど……。

 あいにくと実家は栄枯盛衰というか、いまでは権勢も財産も失い、父親の代になるまで王国からそれぞれの貴族に与えられる公金――給与のようなもので食いつないできた始末。
『まともな』、貴族としてこの貴族子弟子女が通う学院への門が開かれたのは、サラの代になってからだった。
 
「お父様が無官から子爵に相応しい公職につかれたというのに……それでも、我が家はいつになっても幸せという言葉には無縁なのかしら?」

 レンドール子爵令嬢サラはおおよそ、貴族令嬢としてはこの上ない栄誉にあずかれたはずなのに、ここ最近はずっとそれらしいことばかり、ぼやいていた。
 彼女の愚痴の原因は目の前にいる彼――王国の次期王位継承者たる第三王子、ロイズだった。
 またあのセリフがでるのかな……?

「サラ、済まない。今夜のパーティーはキャンセルだ」

 そんな一言を婚約者であるロイズに告げられたのは、斜陽のまぶしい昼下がりのことだった。
 背丈が自分より高い、金髪碧眼の貴公子……王太子ロイズは会うといきなりそう言いだしたのだ。
 レンドール子爵令嬢サラはどこか訝しむような顔つきになる。
 やっぱり、同じことの繰り返しだわ。
 はあ、と心でそうぼやくも顔には見せず、でも少しだけ困った顔をしてサラは彼を頭二つは背が高い彼を見上げて返事をする。

「キャンセルで、ございますか」
「ああ、そうしてもらえるとありがたいな」
 
 サラは多分、無駄だと知りつつ困ったような顔を婚約者に向けてみた。
 肩にかかる亜麻色のうねる髪を何となく不機嫌になって後ろに手でやると、印象的な深い緑色の瞳でロイズを数度見返して、突然の婚約者の返事に眉をひそめた。

「殿下? なぜ当日になってそのような御断りを? 何か気に入らないことでもありましたか?」
「いや、そういう訳ではないんだ。ただ、問題が起きてね」

 なるほど、またその問題ですか。
 いつも、その発言にサラは心を痛めていますよ、殿下。
 でも、彼はそれには気づいてくれない。

「問題……?」
「ああ、その――な。問題、だ」
「王位継承者になられたお祝いを身内で行うことが、御嫌ですかロイズ? 我が家はつつましい子爵家だから?」
「いや、それは関係ない。お前の家は立派な家柄を持つ貴族だ……」
「そうですか」

 一月前、ラフトクラン王国、第三王子ロイズは二人の兄を追い越して王位継承者になった。
 その祝いを私の実家、レンドール子爵家で行いませんか? 
 サラがそう言い、彼を誘ったのが二週間前のこと。
 あの日のロイズはとても嬉しそうな顔をして喜んでくれたのに……二つ返事だったから、サラは何も問題がないと思っていた。

「君の家については不満は無いのだよ、サラ。ただ、家族という意味ではこちらも大変なんだ」

 問題?
 それは多分……あれね。
 子爵令嬢は心の中でそれに当たりを付けると、密やかにため息を漏らす。

「殿下――その問題とはまさか、別の女性が関わっておられるのですか?」
「……別の、というか。私にとっては家族同然の付き合いをしている、彼女だ……」
「家族同然? 我が家の祝い事は家族同然の付き合いには入らない、と? 学院の生徒やその親御様たちも非公式にですがいらっしゃるのですよ? その……」
「何かな? その、とは?」

 ああ、もう!
 その程度のこと気づいてくださいよ、この鈍感!
 心でそう叫ぶが、サラの思いなどロイズは気に掛けようともしなかった。

「ですから……申し上げますが、そろそろ公私混同を止めていただけませんか、ロイズ。レイニー様はあなたの友人であって家族でも、妹でもないのですよ?」
「おい、それは言い過ぎだろう?」

 言い過ぎ?
 でも、私の思いや子爵家への――私が家族に叱られることは家族の問題とは思わないのね……。
 いつもながらそう思うと、サラはますます悲しくなった。

「だけど、ロイズ! あの方が身寄りが無かったりもう死にそうだというなら私も理解します。側で付き添って看病しもいいし、一緒に祝ってもいいと思うわ。でも――」
「やめろ! レイニーは大事な家族だと私は思っている。妹だとな。その思いも理解できないのか?」
「……ごめんなさい、殿下」
「非公式なものと家族とを選べば、どちらが先に立つか理解できないのか、情けない婚約者!」

 急な大声は暴力だ。
 背丈の高い彼に言われたら、まるで幼い子供が大人に叱られているような感じがして、サラはしゅんとなってしまう。
 気が強いように見えて臆病な子爵令嬢は、そう謝るしかできなかった。

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