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プロローグ
太陽への誓い
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「王弟殿下。つまり国王様の弟様は、王国の情報局の長官をなされておられる」
「情報局って、なに?」
「役所のようなものだ。騎士の仕事と、外国から悪いやつが入ってこないかとか。そういうのを調べる。そんな部署だ」
「それが父上とどう関係するのですか」
騎士の仕事はまだ分かる。父親は騎士団長だったから。
外国から悪いやつがくる? それがよく分からない。
「おまえにはまだ早いかもしれんな。伯爵様は帝国と通じて、王国の秘密を売り渡そうとしていたんだ。それを王弟殿下が発見して、逮捕した。そういうことさ」
「秘密って。一体どんな秘密‥‥‥」
「さあな」
と、王国騎士は言い、顔をしかめた。
「そこまでは俺には分からんよ。とにかく、伯爵様は戻ってこない。それだけは間違いない」
「戻ってこないって‥‥‥」
「即日‥‥‥いや、家に戻ればわかる」
「そんな、父になにがあったのですか! 教えてください! 今朝、王宮に行くまで父上はそんな話を何もしていなかった!」
何もしていなかったから罪に問われたのだろうか。
そんな疑問も心に生まれては消えていく。
戻ってこない。
父親は殺されたのだろう。
なんとなくそれだけはおぼろげに理解できた。
「そんな‥‥‥そんなことって。そんな‥‥‥」
泣きたくない。
涙を流したくない。
自分をこんな目に合わせた父親に流す涙なんて持ち合わせていない。
罪を償って死んだのだとしたらそれは仕方ないかもしれない。
でも‥‥‥。
流したくないはずなのに。
大量のそれはどこからか溢れだしてきて、目の前は涙で曇ってしまい、それを服の袖で拭うたびに、とめどなく終わりがないように、尽き果てることなく、ずっと頬を伝っていく。
情けない。
僕は何て情けないんだ。
僕は‥‥‥。
それから屋敷につくまでの間、王国騎士が胸を貸してくれた。
黙ってルークを抱きよせ、彼が泣き止むまで馬車の中で付き合ってくれた。
辻馬車が屋敷に近づいたと、「もう何周か周りを走ってくれ」そう命じる声が聞こえた。
しばらくしてひとしきり泣いてから落ち着きを取り戻したルークに、彼は静かに言う。
「伯爵様はもういない。お前が伯爵家の跡継ぎになるはずだ。母親を守ってやれ」
諭すようにそう言ってから王国騎士を乗せた辻馬車は、ルークを置いて屋敷の前から去っていった。
家に戻ると母親が待っていた。
朝はあんなに上機嫌で笑っていたのに。
いまは感情を失くしたようにただ泣いている母親がいた。
王国騎士に言われた自分が次の伯爵になるということ。
そのことを思い出すとこれ以上泣いてはいけない気がした。
立ち止まって悲しんでいる場合ではないという気がした。
それは多分、小さな騎士がしてはいけないことだから。
窓の外に大きな夕焼けが西の空に沈むのが見える。
力が欲しい。
ルークはそれを見つめ、ゆっくりと手を伸ばした。
夕日に向かって。
そこにいるはずの精霊王に向かって。
大事な何かを守るために、自分の全てを捨ててもいいから力を手に入れるにはどうすればいいのか。
そう考えながら、夜と昼の狭間に向かって、手を伸ばした。
翌週。
元伯爵母子は、辺境のさらに奥にある、隣国の蛮族が住む国境沿いのある村へと、護送された。
いつか必ずこの不名誉を回復すると、太陽に誓って。
そして、十二年の月日が流れていった。
「情報局って、なに?」
「役所のようなものだ。騎士の仕事と、外国から悪いやつが入ってこないかとか。そういうのを調べる。そんな部署だ」
「それが父上とどう関係するのですか」
騎士の仕事はまだ分かる。父親は騎士団長だったから。
外国から悪いやつがくる? それがよく分からない。
「おまえにはまだ早いかもしれんな。伯爵様は帝国と通じて、王国の秘密を売り渡そうとしていたんだ。それを王弟殿下が発見して、逮捕した。そういうことさ」
「秘密って。一体どんな秘密‥‥‥」
「さあな」
と、王国騎士は言い、顔をしかめた。
「そこまでは俺には分からんよ。とにかく、伯爵様は戻ってこない。それだけは間違いない」
「戻ってこないって‥‥‥」
「即日‥‥‥いや、家に戻ればわかる」
「そんな、父になにがあったのですか! 教えてください! 今朝、王宮に行くまで父上はそんな話を何もしていなかった!」
何もしていなかったから罪に問われたのだろうか。
そんな疑問も心に生まれては消えていく。
戻ってこない。
父親は殺されたのだろう。
なんとなくそれだけはおぼろげに理解できた。
「そんな‥‥‥そんなことって。そんな‥‥‥」
泣きたくない。
涙を流したくない。
自分をこんな目に合わせた父親に流す涙なんて持ち合わせていない。
罪を償って死んだのだとしたらそれは仕方ないかもしれない。
でも‥‥‥。
流したくないはずなのに。
大量のそれはどこからか溢れだしてきて、目の前は涙で曇ってしまい、それを服の袖で拭うたびに、とめどなく終わりがないように、尽き果てることなく、ずっと頬を伝っていく。
情けない。
僕は何て情けないんだ。
僕は‥‥‥。
それから屋敷につくまでの間、王国騎士が胸を貸してくれた。
黙ってルークを抱きよせ、彼が泣き止むまで馬車の中で付き合ってくれた。
辻馬車が屋敷に近づいたと、「もう何周か周りを走ってくれ」そう命じる声が聞こえた。
しばらくしてひとしきり泣いてから落ち着きを取り戻したルークに、彼は静かに言う。
「伯爵様はもういない。お前が伯爵家の跡継ぎになるはずだ。母親を守ってやれ」
諭すようにそう言ってから王国騎士を乗せた辻馬車は、ルークを置いて屋敷の前から去っていった。
家に戻ると母親が待っていた。
朝はあんなに上機嫌で笑っていたのに。
いまは感情を失くしたようにただ泣いている母親がいた。
王国騎士に言われた自分が次の伯爵になるということ。
そのことを思い出すとこれ以上泣いてはいけない気がした。
立ち止まって悲しんでいる場合ではないという気がした。
それは多分、小さな騎士がしてはいけないことだから。
窓の外に大きな夕焼けが西の空に沈むのが見える。
力が欲しい。
ルークはそれを見つめ、ゆっくりと手を伸ばした。
夕日に向かって。
そこにいるはずの精霊王に向かって。
大事な何かを守るために、自分の全てを捨ててもいいから力を手に入れるにはどうすればいいのか。
そう考えながら、夜と昼の狭間に向かって、手を伸ばした。
翌週。
元伯爵母子は、辺境のさらに奥にある、隣国の蛮族が住む国境沿いのある村へと、護送された。
いつか必ずこの不名誉を回復すると、太陽に誓って。
そして、十二年の月日が流れていった。
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