49 / 51
月の光
08_黒幕
しおりを挟む
「う、うぐぐぐぐぐ!!!」
月光が神々しく輝く夜空に、狂気を孕んだ奇声が鳴り響く。変わり果てた僕の姿を見て、アルバートは、ナイフを構えた。
「これが、奴が言っていたバエナの力か。鬼山の狂気が伝わってくる。来い、鬼山!俺が、このナイフでお前の狂気を絶ちきってやる!」
彼は、楽しんでいるように見えた。スリルや未知のものとの出会いに、喜びを感じるアルバートらしかった。
(アルバートがジーナを殺した)
(もう彼女の手の温もりを感じることはできない)
(彼が憎くて憎くて仕方がない)
負の感情が堰を切ったように流れ込んでくる。アルバートに対する怒りが、僕の理性を貪っていく。
僕は、背中から生えた無数の腕を操り、アルバートを襲った。自由自在に、伸び縮みする腕は、あらゆる方向から、彼を追い詰める。
「う、うぐぐぐぐぐ!!!」
強烈な奇声をアルバートに浴びせかける。
無数の腕は、彼を捕らえる速度を加速させていった。
「まさに、本物の化け物だな、鬼山」
アルバートは、無数の腕を、ぎりぎりのところで、回避し、ナイフを使って的確に腕を切り落としていた。足を緩めず、力の限り、地面を強く踏みつけ、こちらに向かって進んでくる。
全く迷いのない俊敏な動きだ。
(アルバート、逃げろ)
彼が、ナイフを構え僕の目の前に飛び込んできた瞬間ーー。
無数の腕が一気に伸びて、アルバートの動きを止めた。アルバートは、無数の腕に掴まれ、身動きを取ろうと思っても動けないでいた。動こうとすれば、僕の手が彼の身体を強く握り、激痛を走らせる。
「鬼山......」
アルバートはそう呟き、悲しい表情を浮かべ、こちらを見つめていた。僕は、背中にはえた無数の腕を操り、アルバートを近くに引き寄せると、右手を鋭利な刃物に変形させる。
(誰か、僕を止めてくれ)
このままだと、僕はアルバートを殺してしまう。抗おうとしても、体が自分のものでないみたいに、勝手に動く。すっかり、バエナの傀儡だ。
(だめだ、彼を殺したくない......)
刃物に変形した右手は、小刻みに震えていた。僕の瞳からは、涙がこぼれ頬を伝って、地面に落ちた。
「鬼山くん、大丈夫。私は、あなたの中にいるよ」
アルバートの心臓に向かって、直進していた右手が止まった。
彼女の声だ。
ふと、僕の右手に、彼女の手の温もりを感じた。僕の中で蠢く淀んだ気持ちすらも、優しく包んでくれるような心地よさを感じた。
(ジーナが、僕を止めてくれたんだ)
沸き上がっていた憎しみの感情が、次第になくなっていく。
何やってるんだ、僕は。しっかりしろ。バエナなんかに、負けてなるものか。
僕は、タイムベルの半獣たちに教わったことを思い出し、深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。ジーナのお陰で、アルバートを殺さずに済みそうだ。背中にはえた無数の腕は、次第に朽ちていく。
無数の腕が消えて、捕らえられていたアルバートは、地面に倒れ込む。彼は、身体が負傷し、立ち上がることも困難な状態だった。半獣の姿から人間の姿に戻っていた。
僕も、先ほどの一件で、人間の姿に戻り、疲労がたちまち身体を襲って、仰向けになって地面に倒れこんだ。バエナの力を抑え込むことに、力を使い尽くしてしまった。
辺りを見渡す。静かだ。月光に仄かに包まれたタイムベルの光景が広がっている。
これで、一段落か......。
「先生、止めてください!僕を食べないで!」
どこかから、聞き覚えのある叫び声が響いた。声がした方を見てみると、一人の男子高校生が、何かから逃げるように走っていた。
あの男子高校生は確か。
叫び声を上げる彼には見覚えがあった。自転車置き場で、不良たちに絡まれていた高校生だ。
逃げ惑う彼を何かが、貫いたかと思うと、地面に倒れ込む。彼の身体から、真っ赤な血が流れ出る。彼は、強張った顔をしたまま動かない。一瞬で、命を奪われたようだ。
(こんなに、簡単に命を奪われていいはずがない。誰だ。誰が、彼をやったんだ)
静寂に包まれたタイムベルに、ヒールの足音が響き渡る。こちらに近づいてくる。
「素晴らしかったわ。鬼山くん。さすが、バエナの器」
近づいてきた人物は、夜空に浮かぶ満月を、覆い隠すように、立っていた。こちらを微笑みながら、僕の方を見ている。
意外な人物に僕は、思わず彼女の名前を声に出した。
「倉西先生、どうしてここに......」
僕の目の前に現れたのは、かつて、学校に通っていた時の担任の先生だ。そんな先生が、タイムベルのはおかしいし、何よりもバエナのことを何故知っているのか分からない。
倉西先生を眼前にして、戸惑っていると、地面を何かが、蠢く。この白くて細い胴体は......トッドピッドだ。
トッドピッドは、赤い舌を出し、独特な音を出して、倉西先生を威嚇する。完全に彼女を敵対している。
「忌まわしい、蛇。この蛇には、邪魔された。鬼山くん、あなたを半獣にした後、さらおうとしたら、ベッドに隠れていたこの蛇が邪魔してきた」
トッドピッドを見る倉西先生の目は、とても恐ろしかった。
「あなたが、僕を半獣にしたんですね」
倉西先生は、僕を見下ろしながら言う。
「あら、もう先生とは呼んでくれないの。そうよ、私があなたを半獣にした」
僕は、自分を半獣にした倉西先生を前に、蛇に睨まれた蛙のように、動くことができなかった。
月光が神々しく輝く夜空に、狂気を孕んだ奇声が鳴り響く。変わり果てた僕の姿を見て、アルバートは、ナイフを構えた。
「これが、奴が言っていたバエナの力か。鬼山の狂気が伝わってくる。来い、鬼山!俺が、このナイフでお前の狂気を絶ちきってやる!」
彼は、楽しんでいるように見えた。スリルや未知のものとの出会いに、喜びを感じるアルバートらしかった。
(アルバートがジーナを殺した)
(もう彼女の手の温もりを感じることはできない)
(彼が憎くて憎くて仕方がない)
負の感情が堰を切ったように流れ込んでくる。アルバートに対する怒りが、僕の理性を貪っていく。
僕は、背中から生えた無数の腕を操り、アルバートを襲った。自由自在に、伸び縮みする腕は、あらゆる方向から、彼を追い詰める。
「う、うぐぐぐぐぐ!!!」
強烈な奇声をアルバートに浴びせかける。
無数の腕は、彼を捕らえる速度を加速させていった。
「まさに、本物の化け物だな、鬼山」
アルバートは、無数の腕を、ぎりぎりのところで、回避し、ナイフを使って的確に腕を切り落としていた。足を緩めず、力の限り、地面を強く踏みつけ、こちらに向かって進んでくる。
全く迷いのない俊敏な動きだ。
(アルバート、逃げろ)
彼が、ナイフを構え僕の目の前に飛び込んできた瞬間ーー。
無数の腕が一気に伸びて、アルバートの動きを止めた。アルバートは、無数の腕に掴まれ、身動きを取ろうと思っても動けないでいた。動こうとすれば、僕の手が彼の身体を強く握り、激痛を走らせる。
「鬼山......」
アルバートはそう呟き、悲しい表情を浮かべ、こちらを見つめていた。僕は、背中にはえた無数の腕を操り、アルバートを近くに引き寄せると、右手を鋭利な刃物に変形させる。
(誰か、僕を止めてくれ)
このままだと、僕はアルバートを殺してしまう。抗おうとしても、体が自分のものでないみたいに、勝手に動く。すっかり、バエナの傀儡だ。
(だめだ、彼を殺したくない......)
刃物に変形した右手は、小刻みに震えていた。僕の瞳からは、涙がこぼれ頬を伝って、地面に落ちた。
「鬼山くん、大丈夫。私は、あなたの中にいるよ」
アルバートの心臓に向かって、直進していた右手が止まった。
彼女の声だ。
ふと、僕の右手に、彼女の手の温もりを感じた。僕の中で蠢く淀んだ気持ちすらも、優しく包んでくれるような心地よさを感じた。
(ジーナが、僕を止めてくれたんだ)
沸き上がっていた憎しみの感情が、次第になくなっていく。
何やってるんだ、僕は。しっかりしろ。バエナなんかに、負けてなるものか。
僕は、タイムベルの半獣たちに教わったことを思い出し、深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。ジーナのお陰で、アルバートを殺さずに済みそうだ。背中にはえた無数の腕は、次第に朽ちていく。
無数の腕が消えて、捕らえられていたアルバートは、地面に倒れ込む。彼は、身体が負傷し、立ち上がることも困難な状態だった。半獣の姿から人間の姿に戻っていた。
僕も、先ほどの一件で、人間の姿に戻り、疲労がたちまち身体を襲って、仰向けになって地面に倒れこんだ。バエナの力を抑え込むことに、力を使い尽くしてしまった。
辺りを見渡す。静かだ。月光に仄かに包まれたタイムベルの光景が広がっている。
これで、一段落か......。
「先生、止めてください!僕を食べないで!」
どこかから、聞き覚えのある叫び声が響いた。声がした方を見てみると、一人の男子高校生が、何かから逃げるように走っていた。
あの男子高校生は確か。
叫び声を上げる彼には見覚えがあった。自転車置き場で、不良たちに絡まれていた高校生だ。
逃げ惑う彼を何かが、貫いたかと思うと、地面に倒れ込む。彼の身体から、真っ赤な血が流れ出る。彼は、強張った顔をしたまま動かない。一瞬で、命を奪われたようだ。
(こんなに、簡単に命を奪われていいはずがない。誰だ。誰が、彼をやったんだ)
静寂に包まれたタイムベルに、ヒールの足音が響き渡る。こちらに近づいてくる。
「素晴らしかったわ。鬼山くん。さすが、バエナの器」
近づいてきた人物は、夜空に浮かぶ満月を、覆い隠すように、立っていた。こちらを微笑みながら、僕の方を見ている。
意外な人物に僕は、思わず彼女の名前を声に出した。
「倉西先生、どうしてここに......」
僕の目の前に現れたのは、かつて、学校に通っていた時の担任の先生だ。そんな先生が、タイムベルのはおかしいし、何よりもバエナのことを何故知っているのか分からない。
倉西先生を眼前にして、戸惑っていると、地面を何かが、蠢く。この白くて細い胴体は......トッドピッドだ。
トッドピッドは、赤い舌を出し、独特な音を出して、倉西先生を威嚇する。完全に彼女を敵対している。
「忌まわしい、蛇。この蛇には、邪魔された。鬼山くん、あなたを半獣にした後、さらおうとしたら、ベッドに隠れていたこの蛇が邪魔してきた」
トッドピッドを見る倉西先生の目は、とても恐ろしかった。
「あなたが、僕を半獣にしたんですね」
倉西先生は、僕を見下ろしながら言う。
「あら、もう先生とは呼んでくれないの。そうよ、私があなたを半獣にした」
僕は、自分を半獣にした倉西先生を前に、蛇に睨まれた蛙のように、動くことができなかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
魔人狩りのヴァルキリー
RYU
ホラー
白田サトコ18歳ー。幼少の頃から不運続きで、何をやってもよくない方向に転がってしまうー。唯一の特技が、霊や異形の怪人の気配を感じたり見えると言う能力ー。サトコは、昔からずっとこの能力に悩まされてきた。
そんなある日の事ー。交通事故をきっかけに、謎の異能力を持つハンターの少女と遭遇し、護ってもらう代わりに取引をする事になる。彼女と行動を共にし悪霊や魔物と戦う羽目になるのだった。
冀望島
クランキー
ホラー
この世の楽園とされるものの、良い噂と悪い噂が混在する正体不明の島「冀望島(きぼうじま)」。
そんな奇異な存在に興味を持った新人記者が、冀望島の正体を探るために潜入取材を試みるが・・・。
日本隔離(ジャパン・オブ・デッド)
のんよる
ホラー
日本で原因不明のウィルス感染が起こり、日本が隔離された世界での生活を書き綴った物語りである。
感染してしまった人を気を違えた人と呼び、気を違えた人達から身を守って行く様を色んな人の視点から展開されるSFホラーでありヒューマンストーリーである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
キャラ情報
親父…松野 将大 38歳(隔離当初)
優しいパパであり明子さんを愛している。
明子さん…明子さん 35歳(隔離当初)
女性の魅力をフルに活用。親父を愛している?
長男…歴 16歳(隔離当初)
ちょっとパパっ子過ぎる。大人しい系男子。
次男…塁 15歳(隔離当初)
落ち着きのない遊び盛り。元気いい系。
ゆり子さん31歳(隔離当初)
親父の元彼女。今でも?
加藤さん 32歳(隔離当初)
井川の彼女。頭の回転の早い出来る女性。
井川 38歳(隔離当初)
加藤さんの彼氏。力の強い大きな男性。
ママ 40歳(隔離当初)
鬼ママ。すぐ怒る。親父の元妻。
田中君 38歳(隔離当初)
親父の親友。臆病者。人に嫌われやすい。
優香さん 29歳(隔離当初)
田中君の妻?まだ彼女は謎に包まれている。
重屋 39歳(出会った当初)
何処からか逃げて来たグループの一員、ちゃんと戦える
朱里ちゃん 17歳(出会った当初)
重屋と共に逃げて来たグループの一員、塁と同じ歳
木林 30歳(再会時)
かつて松野に助けらた若い男、松野に忠誠を誓っている
田山君 35歳(再会時)
松野、加藤さんと元同僚、気を違えた人を治す研究をしている。
田村さん 31歳(再会時)
田山君同様、松野を頼っている。
村田さん 30歳(再会時)
田山、田村同様、松野を大好きな元気いっぱいな女性。
カウンセラー
曇戸晴維
ホラー
あなたは、あなたの生きたい人生を歩んでいますか?
あなたは、あなたでいる意味を見出せていますか?
あなたは、誰かを苦しめてはいませんか?
ひとりの記者がSMバーで出会った、カウンセラー。
彼は、夜の街を練り歩く、不思議な男だった。
※この物語はフィクションです。
あなたの精神を蝕む可能性があります。
もし異常を感じた場合は、医療機関、または然るべき機関への受診をお勧めします。
ホラフキさんの罰
堅他不願(かたほかふがん)
ホラー
主人公・岩瀬は日本の地方私大に通う二年生男子。彼は、『回転体眩惑症(かいてんたいげんわくしょう)』なる病気に高校時代からつきまとわれていた。回転する物体を見つめ続けると、無意識に自分の身体を回転させてしまう奇病だ。
精神科で処方される薬を内服することで日常生活に支障はないものの、岩瀬は誰に対しても一歩引いた形で接していた。
そんなある日。彼が所属する学内サークル『たもと鑑賞会』……通称『たもかん』で、とある都市伝説がはやり始める。
『たもと鑑賞会』とは、橋のたもとで記念撮影をするというだけのサークルである。最近は感染症の蔓延がたたって開店休業だった。そこへ、一年生男子の神出(かみで)が『ホラフキさん』なる化け物をやたらに吹聴し始めた。
一度『ホラフキさん』にとりつかれると、『ホラフキさん』の命じたホラを他人に分かるよう発表してから実行しなければならない。『ホラフキさん』が誰についているかは『ホラフキさん、だーれだ』と聞けば良い。つかれてない人間は『だーれだ』と繰り返す。
神出は異常な熱意で『ホラフキさん』を広めようとしていた。そして、岩瀬はたまたま買い物にでかけたコンビニで『ホラフキさん』の声をじかに聞いた。隣には、同じ大学の後輩になる女子の恩田がいた。
ほどなくして、岩瀬は恩田から神出の死を聞かされた。
※カクヨム、小説家になろうにも掲載。
ジャクタ様と四十九人の生贄
はじめアキラ
ホラー
「知らなくても無理ないね。大人の間じゃ結構大騒ぎになってるの。……なんかね、禁域に入った馬鹿がいて、何かとんでもないことをやらかしてくれたんじゃないかって」
T県T群尺汰村。
人口数百人程度のこののどかな村で、事件が発生した。禁域とされている移転前の尺汰村、通称・旧尺汰村に東京から来た動画配信者たちが踏込んで、不自然な死に方をしたというのだ。
怯える大人達、不安がる子供達。
やがて恐れていたことが現実になる。村の守り神である“ジャクタ様”を祀る御堂家が、目覚めてしまったジャクタ様を封印するための儀式を始めたのだ。
結界に閉ざされた村で、必要な生贄は四十九人。怪物が放たれた箱庭の中、四十九人が死ぬまで惨劇は終わらない。
尺汰村分校に通う女子高校生の平塚花林と、男子小学生の弟・平塚亜林もまた、その儀式に巻き込まれることになり……。
【完結】呪いの館と名無しの霊たち(仮)
秋空花林
ホラー
夏休みに廃屋に肝試しに来た仲良し4人組は、怪しい洋館の中に閉じ込められた。
ここから出る方法は2つ。
ここで殺された住人に代わって、
ー復讐を果たすか。
ー殺された理由を突き止めるか。
はたして4人のとった行動はー。
ホラーという丼に、恋愛とコメディと鬱展開をよそおって、ちょっとの友情をふりかけました。
悩みましたが、いいタイトルが浮かばず無理矢理つけたので(仮)がついてます…(泣)
※惨虐なシーンにつけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる