ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

東雲一

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月の光

07_覚醒

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 気づいた時には、アルバートのナイフが、僕の額を掠めていた。額から、流れる血液が頬を伝い、首の方まで流れる。

 アルバートもまた、半獣になって身体能力が格段に上がっている。僕よりも、半獣の力の使い方が上手い。

「鬼山、俺は、その気になれば、お前の命を一瞬で刈り取ることができる。生きるためには、何かを犠牲にしなければならないんだよ。自分の信念さえも。俺と来い」

 アルバートは、まっすぐ僕の方に手を差しのべた。だけど、僕はその手を握ることはしなかった。

「断る。その手を握ることはできない」

「俺とお前の実力は明らかだ。理解しろ。お前は、虐げられる側にいる」 

 アルバートに、僕は心折れずに、強硬な姿勢を崩さない。

 すると、アルバートは、僕の首もとに、さっとナイフを突き立て、言った。

「何度も言わせるよな、鬼山」

「何度言われようと、僕は、折れないぞ。アルバート。君の方こそ、僕があきらめないことを理解したらどうだ」

 瞬時にしゃがみこみ、彼の死角に入り込むと、彼の両足目掛けて蹴りを入れて、態勢を崩しにかかる。うまく彼の隙をついたかと思ったのだが、蹴りを入れた先には、すでにアルバートの姿がなかった。

(どこだ。どこにいる)

「やはり、こちらに来る気はないようだな」

(上だ。上から、彼の声が聞こえた)

 反応しようと、体を動かす間もなく、僕は、彼に首を掴まれ、地面に押し付けられた。彼は、僕が蹴りを入れるのを即座に察知して、跳躍していた。落下時に、僕の首を片手で掴んできた。

「ぐはっ!?」

 喉を圧迫され、苦しい。僕は仰向けで、アルバートに首を掴まれ、体をのし掛かられている状態だ。動こうにも動けない。

「鬼山、お前は、弱い。簡単に虐げられる。この世は弱肉強食なんだ。自然淘汰され、弱者は滅び、強者が生き残るようにできている。もはや、人間と半獣の間の話だけじゃない。この世界の仕組みそのものの話なんだよ」

「もっともらしい言葉ばかり並べ立てて、君の言葉はちっとも響かない。それは、君の本音なのか。僕には、そうやって正当化して、君が、虐げられることを極端に恐れているように思えてならないんだ。そうじゃないのか?」

「ああ、そうかもしれないな。俺は親父に虐げ続けられ、恐怖を植え付けられてきた。今度は、俺が半獣となって虐げる番だ」

「虐げられる苦しみを知っている君が、どうして、他人を虐げようとするんだよ!」

「他人の苦しみなど、俺にとっては、どうでもいいんだ!仲間にならないというなら、お前にもう用はない」

 アルバートは、持っているナイフの刃先を、僕の顔面に向ける。

(やられる)

 僕は、瞳を閉じ自分の死を覚悟した。

 これが、僕の最期か。ろくでもないな。かつての親友に、殺されるんだから。

「本当に、いいの?あなたは、こんなところで死んでしまって」

 突然、声がした。

 目を開くと、静止した世界が目の前に広がっていた。アルバートが、ナイフを振り下ろそうとするところで、止まって動かなくなっている。

 そんな世界のなかで、少女バエナが、微笑みながら、こちらに近づいてきた。

「バエナ、何をしに来た?」

 体を動かそうとするが、静止した世界では、体を自由に動かすことができなかった。バエナが作り出した精神世界の中にいるのだろう。

「そんなに、警戒しなくていいのよ。だって私は、あなたの命を救いに来た」

「僕の命を救いに?」

「ええ、このままだと、あなたは、ナイフが顔面に刺さって死んでしまう。それは、私も望まない。あなたは、やっと出会えた私のよりしろだもの」

「僕を、どうするつもりだ?」

 少女バエナは、僕を支配しようとしてきた。彼女を信用できる訳がない。警戒を緩めてはならない。

「あなたに、私の力を与えてあげる。私の力があれば、こいつを、殺せるはずよ」

「イメージしたものに擬態する力のことか......」

 バエナは、身動きのとれないは僕の耳元で誘惑するように囁く。

「ええ、あなたは、生きなければならない。ジーナさんがせっかく救ってくれた命だもの。このまま、命を失っていいのかしら?」

「ジーナ、そうだ。僕は、彼女に命を救われた」

 ジーナのことで、僕は動揺し、心に隙ができてしまった。そこに、彼女の言葉が染み込んでいく。

「あなたに残された選択肢は、二つしかない。このまま、かつての親友に殺されて終わるか、私の力を借りて、助かるか」

 バエナの言うように、選択肢はその二つしか残されていないように思う。どうせ、このまま死んでしまうくらいなら、バエナの力をもらい、生き残る方がいい。

「僕に、力を貸してほしい.......バエナ」

「交渉成立ね」

 バエナは、不気味な笑みを浮かべながら、そう言った後、液状になって消えた。

 その直後、静止した世界が動き出す。

(力が溢れてきた。今だったら、何でもできてしまいそうだ)

 僕は、アルバートのナイフが到達する前に、背中から無数の腕をはやした。その腕で、のし掛かるアルバートを力ずくで退かす。

 アルバートは、僕の腕に飛ばされ、咄嗟に受け身をとる。

「鬼山......お前、その姿は何だ......」

  彼は、僕の姿を見て、驚愕の表情をしている。まるで化け物でも見ているような顔だ。

 顔、顔、顔。

 思考がおかしくなってきた。理性が、どんどん貪られていくような感覚。自分が自分では、なくなっていく。

 なにが、なにが、なにが。

 起こって、起こって、起こっているんだ。

 体が、言うことをきかなくなってきた。背中から生えた無数の腕が、勝手に動き出す。自ずと、奇声を発した。

「う、うぐぐぐぐぐ!!!」

 全身がぐちゅぐちゅと動いて異形の姿に変貌していく。意識は、どんどん引きずり込まれていった。引きずり込まれたら、最後、抜け出すことはできないような暗闇の深淵へと。
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