ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

東雲一

文字の大きさ
上 下
47 / 51
月の光

06_友と僕

しおりを挟む
「どうして......」

 僕は、月光に照らされながら、台座に座る友の姿を見て、思わず声を漏らす。

 すると、タイムベルの鐘の音が響き渡る。その音に、驚いた小鳥たちが、夜空に勢いよく飛び立った。

 眼前にいるのは、確かに親友のアルバートだ。彼は、先日、火事のあった家で死体で見つかっていたはずだ。すでに、亡くなっていると思っていた彼が、目の前にいる。何が起こっているんだ。目の前に現れるなんて、あり得ないことだ。頭の処理が間に合わない。これからは、何事にも惑わされず生きていくと決意したのに。

 茫然と、目の前にいるアルバートを見ていると、彼の座る台座の裏から、タイムベルに侵入してきた犬たちが数体出てきた。赤く充血した目でこちらを睨み付け、鋭い歯を覗かせ、唾液を地面に垂らしている。

 (ジーナを殺した犬......)

 出てきた犬を見て、察した。

 ーー彼が、犬を解き放ち、彼女を殺したのだと。

 僕の顔に影が落ちる。

「気をつけろ、鬼山。こいつらは、気性が荒い。お前を簡単に命を刈ろうとする」

 アルバートが台座から降りて、そう言った直後、血に飢えた犬たちが、唸り声を上げたかと思うと、凄まじい勢いで、こちらに一斉に迫ってきた。

「ふざけるな!アルバート!お前は何をやったのか分かってるのか!ジーナを、お前は殺したんだぞ!」

 僕は、そう叫ぶと、憤怒を燃やし、半獣の姿になった。身体能力を極限まで上げて、相手の動きに意識を集中させる。憤怒の炎で、理性まで溶けてしまいそうになる。それでも、気持ちを落ち着かせ、集中した。タイムベルの半獣たちに教わったことだ。

「何......」

 アルバートは、少し驚き戸惑う様子を見せた。

 僕は、犬たちが迫り来る中、アルバートに向かって、駆け出した。

(進め。今は前へ進め)

 犬たちが飛びついて、噛みついて来るのを紙一重のところで、回避しながら、とにかくアルバートのところまで突き進んだ。

 そして、右手の拳を強く握りしめると、呟いた。

「ごめん、アルバート。君は僕の親友だった」

 直後、僕の握りしめた右手がアルバートの顔面に炸裂した。彼は、勢いよく飛ばされ鬱蒼と繁った木々の中に消えた。

 僕は、彼を殺してしまわないように加減して殴ったが、感情が昂っていたこともあって、強く殴りすぎてしまったかもしれない。

「鬼山、突然、殴りかかってくるとは、微塵も思ってなかったぜ。なかなか、半獣らしく血の気が多くなったじゃないか」

 僕が油断していると、後ろからアルバートの声がした。木々の中に吹き飛ばされたはずだが、いつの間にか、彼は僕の背後に立っている。まさか、一瞬の間に、僕に気づかれずに背後まで、移動したのか。

 人並みはずれている。

 僕は唾を飲み込み、後ろを振り向くと、獣の姿をしたアルバートが立っていた。

「君は本当にアルバートなのか......」

 半獣の姿をしている彼を見て、僕は、彼が僕の知るアルバートなのか疑問を抱いた。アルバートの皮を被った偽物なのかもしれない。

「ああ、俺はちゃんと本物だぜ。鬼山、お前は、不思議に思っているんだろ。遺体が見つかったのに、何で目の前に俺がいるんだと」

「そうだ、いたらおかしいんだ。いるはずがない。僕の知る親友は、もう死んだんだ」

「お前も、知っているんじゃないか。遺体は、いくらでも用意できる」

 僕は、彼らの存在が頭を過った。

「コープスマンの人たちに遺体を頼んだのか」

「ああ、そうだ。奴等は、誰の味方でもないからな。強いていうならお金の味方だ。お金さえ払えば、いくらでも遺体を用意してくれる」

「じゃあ、君の父親も生きているのか?」

 火事の現場からは、アルバートと彼の父親の遺体が見つかっていた。

「死んだよ。生きているのは、俺だけだ」

 平然と答える彼の態度に、苛立ちを感じざるを得なかった。

「君が、殺したのか。君の父親だろ!」
 
 僕の言葉に、アルバートは、狂気に満ちた笑い声を上げた後、言った。

「俺はあいつに、虐げられてきた。あいつは、親なんかじゃない。悪魔だ。死んでせいせいしたぜ」

「嘘だ、君は嘘をついている」

「何を言っている。俺の本当の気持ちだ」

 アルバートは、胸倉をつかみ、僕に顔を近づけた。僕は、彼の胸倉をつかむ手を掴んだ。

「僕には、君は、悲しそうな顔をしているように見える。ほんとは、せいせいなんかしてないんだろ?」

「俺の気持ちを分かったようなことを言うな!お前に何がわかる。ずっと、虐げられてきた苦しみを。どうして、お前に分かるってんだ、ええ!」

 アルバートは、明らかに動揺が顔と言葉に出ていた。分かりやすいくらいに。

「今の君は、冷静さを失って動揺してる。それが何よりもの証拠じゃないのか!」

 アルバートは、僕の胸倉を掴む手を離し、落ち着いて話した。

「俺が、動揺しているだと。言ってくれるぜ、鬼山。まあ、親父のことは、どうでもいい。俺は、そんな話をしに、お前に会いに来たんじゃない。俺は、勧誘しに来たんだ」

「勧誘だって......」

「ああ、お前はタイムベルの奴等といるべきじゃない。俺たち、アンチヒューマンの一員になれ。一緒に半獣たちの世界を作ろう。脆弱な人間たちに支配された社会をともに壊そう」
 
 アンチヒューマン。ライオン男ライアンから、聞いたことがある。半獣中心の社会を作ろうとする派閥だ。アルバートを半獣にしたのは、アンチヒューマン側の半獣なのかもしれない。

「人は、脆弱な生き物だって。人の命を軽く見るなよ。そうやって、ジーナも、殺したのか?」

 犬に襲われ、床に倒れ込むジーナの姿が思い浮かんだ。思い出したくもない、胸がぎゅっと締め付けられる記憶だ。 

「すまない、俺はジーナがいることを知らなかった。命を失ったこともな。殺すつもりはなかったんだ。だが、良かったかもしれないな。ジーナがいる限り、お前は人間の結び付きを捨てさることはできないと思った。俺は、お前に仲間になってほしいんだ、鬼山。人間との関係を絶ちきって、半獣として俺と生きよう」

 鬼山の言葉を聞いて、怒りの気持ちが、心底からふつふつと溢れ出て、自ずと拳に力が入った。

「良かったかもしれないだって!ふざけるな!絶対に、アンチヒューマンの一員になんかならない。ジーナは、死んでいない。ジーナは、僕の中で生き続けているんだ」

「ジーナを失ってもなお、お前は人間であろうとするのか。どうしてだ。お前の身体は、すでに半獣。人間である必要もない。脆弱な人間などやめてしまえ。いずれ世界は、人間中心の世界から、半獣中心の世界へと変わる。人間をはるかに超越した力を持った、半獣が世界を支配するのは自明の理だ。お前も、アンチヒューマンの一員になれ!」

「嫌だ!アンチヒューマンの仲間なんかになってたまるか。僕は、人間として生きて、人間として死ぬ。正直、迷っていたんだ。人間として生きるべきか、半獣として生きるべきか。ジーナに出会って、心は人間であり続けたいと思えた」

 いままで、触れあった人の暖かみを思い出していた。僕は、人の暖かみや支えがあって生きてきたのだ。半獣になっても、人間と共に生活していきたい。

「どうして分からない。世の中は、上の存在が下の存在を虐げることで、回っているんだ。虐げられないためには、上の存在であり続けなくてはならない」

「それは違う。僕らは平等に不完全だ。僕らは完全じゃない、どこか欠けていて、足りないものがある。だからこそ、互いに助け合い支え合い生きている。そこに、上も下も存在しない!」

「綺麗事を抜かすな、鬼山!虫酸が走る。下らない妄想だ。綺麗事では、なにも変わらない。お前が、仲間にならないと言うなら、俺はお前を殺さなければならない」

 アルバートは、ポケットからナイフを取り出し、握りしめた。月光で反射し、刃先が輝いて見えた。

「それは、君の意思なのか?」

「俺は、アンチヒューマンの連中に、半獣にしてもらう代わりに、そういう契約をかわしたんだ。だから、お前を殺さなければならない。お前には、死んでほしくないんだ。俺たちの仲間になると言うだけで、命を落とさずに済む。頼むから、仲間になってくれ、鬼山」

「嫌だ、絶対にお断りだ」

 僕は、アルバートの誘いを拒絶した。すると、アルバートは、無表情になり、淡々と話した。

「そうか、なら、仕方がない......」

 彼のそんな声がしたかと思うと、目の前に血が舞う。

 これは、誰の血だ。

 額に、痛みが走る。目の前のアルバートは、持っているナイフを振り終えている。

  僕の血だ......。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

僕の大好きなあの人

始動甘言
ホラー
 少年には何もない。あるのは明確な親への反抗心。  それゆえに家を飛び出し、逃げた先はとある喫茶店。  彼はそこで一目ぼれをする。  この出会いは彼にとって素晴らしいものなのか、それとも・・・

朧《おぼろ》怪談【恐怖体験見聞録】

その子四十路
ホラー
しょっちゅう死にかけているせいか、作者はときどき、奇妙な体験をする。 幽霊・妖怪・オカルト・ヒトコワ・不思議な話…… 日常に潜む、胸をざわめかせる怪異── 作者の実体験と、体験者から取材した実話をもとに執筆した怪談短編集。

処理中です...