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月の光
02_これから
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演奏が無事に終わり、幕が下りた後、コンサートホールの観客が立ちあがり拍手をした。
ーージーナと僕を除いて。
彼女は、とても驚いた顔をして、僕に向かって言った。
「あなた、もしかして、鬼山くんじゃない?」
隣にいたのは、同級生のジーナだ。よく顔を知っている女性だった。若干、気の強い性格で、自分の考えを、しっかりと主張する節があった。僕にはない魅力があって、なんというか彼女にひかれていた時期もあった。
「.......」
僕は慌てて顔を背けて、黙り込んだ。世間的には、僕は死んだことになっている。ジーナに鬼山聖であることを、知られるとまずい。ここは、なんとか、彼女に自分の存在を悟られることなく、乗り切らなけらばならない。
「やっぱり、鬼山くんね。最近、死体で見つかったと聞いたけど、何でここにいるのかしら。まさか、幽霊か何かなの」
彼女は、僕の死体が見つかったことを知っていた。いよいよ、面倒なことになってきた。
「いや、ジーナ。その......人違いだよ!鬼山なんて知らない」
さすがに、無理があるかもしれないが、しらをきってみた。
「あら、そう。でも、なんで、あなた、私の名前を知ってるの?さっき、私の名前言ってたじゃない」
「それは!なんとなくだよ......」
ひどい言い訳だ。完全にぼろが出ている。もはや、自分から鬼山聖ですと言っているようなものだ。
「なら、あなたの名前は何て言うの?聞かせて」
僕は、席を立ちあがり、彼女から離れながら、言った。
「僕の名前は、小山だ。鬼山じゃない」
とっさに、思い付いた名前は、小山だった。これで彼女が納得してくれる訳がないのは分かっている。僕は、彼女のもとから足早に立ち去ることを優先した。
だけど、ジーナは、僕を立ち去らせてはくれなかった。いつの間にか、僕の腕をつかみ、僕の足を止めた。
「鬼山くん、何があったの?気になるわ」
どうやら、彼女に僕が鬼山であることが完全にばれているようだった。当然だろう。
「ごめん、言えない。僕のことは、見なかったことにしてくれないか。誰にも知られてたくないんだ。僕が生きていることを」
正直に周りに知られたくなくて言えないと告げるも、彼女は折れることはなかった。むしろ、さらに僕に興味を持ち始めている。
「嫌よ、あなたが自分のことを言うまではね。聞かせてちょうだい。だって、面白そうだもの」
まじまじと、微笑む彼女に見つめられて、僕は顔を赤らめると、頭を掻いた。
「困ったな......」
面倒なことになった。彼女は、簡単には、僕を解放してくれそうになかった。きっと、彼女の性格上、自ら折れることはないだろう。僕は、ため息をつくと言った。
「分かったよ。ただし、ここでは話せない」
僕が、そう言うと、彼女はなんだか顔を赤らめた。
「実はね、私もあなたに話したいことがあるの」
林檎のように顔を赤らめてそう言う、彼女は、とてもきれいで可愛かった。
僕たちは、コンサートホールの外側に出て、公園のベンチまで行き、話をした。演奏会の観客に、半獣についての話を聞かれたくはなかったからだ。
僕が、アルバートとともにタイムベルに行き、半獣たちに出会い、翌朝、目覚めたら、半獣になってしまっていたこと。
家族や、アルバートが、半獣に襲われてしまったこと。
みんなを傷つけたくなくて、今までの人間関係を断ち切ったこと。
真実をありのまま、ジーナに話した。普通の人なら、こんな話をされても信じられる訳がない。オカルト好きな僕でも、半獣の存在を知らなければ、にわかには信じられず、作り話をしていると思うに違いない。ジーナも、また、例外ではないはずだ。
「嘘みたいな話ね」
ジーナは、僕の話を聞いて、一言そう言った。
「そうだろ。信じられない話だと思うよ」
彼女も、さすがに、僕の話を信じない。と、思って安心した。
「だけど......話している鬼山くんを見ていると、嘘をついているようには、見えないのよね。だから、信じるわ」
安心しきったところに、不意討ちのように飛び込んできた彼女の発言に、面食らってしまう。
「信じるのか!そんなあっさり。こんな嘘みたいな話を。信じてくれないと思ってた!」
「ほんとは信じられないけれど。本当なら、面白そうだもの。鬼山くんにもっと興味が出てきた」
彼女が、まじまじと僕の顔を見つめるものだから、恥ずかしくなって赤くなった顔を俯けた。
「これ以上、僕と関わるべきじゃない。アルバートも僕の家族も傷つけてしまった。君も、どうなるか分からないんだ」
「鬼山くんは、これからどうするの?半獣になって、今までの人間だった頃の人生を何もかも、なかったことにして」
「自分でも、何をすべきなのか、何をしたいのか分からないよ。ただ、ひとつだけ確かなのは、誰かをこれ以上傷つけたくないということなんだ」
彼女にこれからのことを聞かれて、改めて、相変わらず、何も将来を描けていないことに気づいた。
「嘘ね。ほんとは、あなたは、人間だった頃の生活を今もまだ、捨てきれずにいるし、戻りたいと思っている。今までの人間だった頃の生活をすべて捨て去って消し去る必要なんてほんとにあるのかしら」
「半獣として生きるためには、覚悟が必要なんだ。今までの人間関係を捨て去って、半獣として生きるという覚悟が」
「あなたは、完全に捨て去ることなんてできないと思う。だって、あなたは半獣になっていても、心は人間だもの。あなたが人間である限り、捨て去ることなんてできっこないわ。誰かに、捨て去れと言われたのかもしれないけれど、そんなの関係ない。あなたはあなたでしょ」
誰になんと言われようと、変な目で見られようと、自分の道を突き進む彼女らしい言葉だった。彼女と僕は対照的だ。僕は迷ってばかりだけど、彼女には何をするのにも迷いはなかった。彼女の我が道を行くという覚悟のあり方も、ありなのかもしれない。
「なんか、ありがとう」
僕は、笑顔を浮かべて彼女に自然と感謝の言葉を述べていた。自分のこれからの生き方について、深く考えたことはなかった。ただなんとなく、時間だけが過ぎて、周りに合わせて生きてきた。僕なりの生き方をまともにしてこなかったかもしれない。
「あ、雨が降ってきた」
いつの間にか、空は曇り空になっていて、雨がぱらついていた。
「ほんとだ、傘持ってきてないよ」
「私も」
二人とも、傘を持っていない。このままだと、雨でびしょ濡れになってしまう。
「向こうの建物の影に雨宿りしよう。行こう」
「えっ!?」
僕は、彼女の手を握って、一緒に向こうに見える建物に駆けた。建物の影に入った直後、雨足が強くなって、ざっと地面を激しく打つ雨音が聞こえた。少しでも遅れれば、二人とも雨足に踏み潰されるところだった。
ジーナと僕の肩と肩が触れ合った。
「鬼山くんが、秘密を洗いざらい言ってくれたから、私も、私の秘密を話すね」
ジーナは、真剣な表情をしてこちらを見た。
ジーナの秘密とはなんなのだろう。何でも、思っていることを迷わずはっきり言う彼女に、秘密があるとは想像できなかった。
「君の秘密ってなに?」
ジーナは、雨が降るロンドン街の景色を眺めて、言った。
「鬼山くんは覚えてる?川に溺れていた私を救ってくれた時のこと」
ジーナに言われ、記憶が甦ってきた。確かに、僕は彼女を川から救ったことがある。アルバートと、一緒に街中をぶらぶら歩いていた時だった。なぜか、女性が溺れているのを見て、気づいたときには、僕は川に飛び込んで助けていた。
「うん、そう言えば、そんなこともあってね」
「あの時は、飼っていた子犬が川に溺れてしまって、助けようと思ったら、自分も溺れてしまったの。溺れてもう駄目かと思った時、鬼山くんだけがいち早く気づいて、私を助けてくれた」
「なんだろうな。あの時は、体が勝手に動いていたというか、特に何も考えずに川に飛び込んでしまったんだよな」
彼女は、目を輝かせながら、僕の方をまっすぐ見ていた。鈍感な僕でも、彼女にとって何か大切なことを伝えようとしてくれてると感じた。
「私ね、実は、鬼山くんのことがずっと......」
ジーナが、何かを言おうとしている最中、彼女の背後に立つバエナが、突如、視界に入ってきた。
バエナは、なにも語らず不気味な笑みを浮かべていた。
嫌な予感がして、極限まで集中力を高める。地面を激しく打ちつける雨が止まって見えた。まるで、世界が静止しまったかのように。
キィーーー。
静止した世界をぶち破るように、制御を失った巨大なトラックが、ジーナに光を照らし勢いよく迫ってきた。
「ジーナ!!!!」
「鬼山くん......」
ガッシャン。
僕らの声が響いた直後、トラックが建物の壁を穿つように激しく衝突した。ぶつかったトラックは、ぺしゃんこになり、地面には、粉々になった建物の壁が散乱している。
ーーそんな惨状を、曇天から降り注ぐ雨は平然と打ちつけていた。
ーージーナと僕を除いて。
彼女は、とても驚いた顔をして、僕に向かって言った。
「あなた、もしかして、鬼山くんじゃない?」
隣にいたのは、同級生のジーナだ。よく顔を知っている女性だった。若干、気の強い性格で、自分の考えを、しっかりと主張する節があった。僕にはない魅力があって、なんというか彼女にひかれていた時期もあった。
「.......」
僕は慌てて顔を背けて、黙り込んだ。世間的には、僕は死んだことになっている。ジーナに鬼山聖であることを、知られるとまずい。ここは、なんとか、彼女に自分の存在を悟られることなく、乗り切らなけらばならない。
「やっぱり、鬼山くんね。最近、死体で見つかったと聞いたけど、何でここにいるのかしら。まさか、幽霊か何かなの」
彼女は、僕の死体が見つかったことを知っていた。いよいよ、面倒なことになってきた。
「いや、ジーナ。その......人違いだよ!鬼山なんて知らない」
さすがに、無理があるかもしれないが、しらをきってみた。
「あら、そう。でも、なんで、あなた、私の名前を知ってるの?さっき、私の名前言ってたじゃない」
「それは!なんとなくだよ......」
ひどい言い訳だ。完全にぼろが出ている。もはや、自分から鬼山聖ですと言っているようなものだ。
「なら、あなたの名前は何て言うの?聞かせて」
僕は、席を立ちあがり、彼女から離れながら、言った。
「僕の名前は、小山だ。鬼山じゃない」
とっさに、思い付いた名前は、小山だった。これで彼女が納得してくれる訳がないのは分かっている。僕は、彼女のもとから足早に立ち去ることを優先した。
だけど、ジーナは、僕を立ち去らせてはくれなかった。いつの間にか、僕の腕をつかみ、僕の足を止めた。
「鬼山くん、何があったの?気になるわ」
どうやら、彼女に僕が鬼山であることが完全にばれているようだった。当然だろう。
「ごめん、言えない。僕のことは、見なかったことにしてくれないか。誰にも知られてたくないんだ。僕が生きていることを」
正直に周りに知られたくなくて言えないと告げるも、彼女は折れることはなかった。むしろ、さらに僕に興味を持ち始めている。
「嫌よ、あなたが自分のことを言うまではね。聞かせてちょうだい。だって、面白そうだもの」
まじまじと、微笑む彼女に見つめられて、僕は顔を赤らめると、頭を掻いた。
「困ったな......」
面倒なことになった。彼女は、簡単には、僕を解放してくれそうになかった。きっと、彼女の性格上、自ら折れることはないだろう。僕は、ため息をつくと言った。
「分かったよ。ただし、ここでは話せない」
僕が、そう言うと、彼女はなんだか顔を赤らめた。
「実はね、私もあなたに話したいことがあるの」
林檎のように顔を赤らめてそう言う、彼女は、とてもきれいで可愛かった。
僕たちは、コンサートホールの外側に出て、公園のベンチまで行き、話をした。演奏会の観客に、半獣についての話を聞かれたくはなかったからだ。
僕が、アルバートとともにタイムベルに行き、半獣たちに出会い、翌朝、目覚めたら、半獣になってしまっていたこと。
家族や、アルバートが、半獣に襲われてしまったこと。
みんなを傷つけたくなくて、今までの人間関係を断ち切ったこと。
真実をありのまま、ジーナに話した。普通の人なら、こんな話をされても信じられる訳がない。オカルト好きな僕でも、半獣の存在を知らなければ、にわかには信じられず、作り話をしていると思うに違いない。ジーナも、また、例外ではないはずだ。
「嘘みたいな話ね」
ジーナは、僕の話を聞いて、一言そう言った。
「そうだろ。信じられない話だと思うよ」
彼女も、さすがに、僕の話を信じない。と、思って安心した。
「だけど......話している鬼山くんを見ていると、嘘をついているようには、見えないのよね。だから、信じるわ」
安心しきったところに、不意討ちのように飛び込んできた彼女の発言に、面食らってしまう。
「信じるのか!そんなあっさり。こんな嘘みたいな話を。信じてくれないと思ってた!」
「ほんとは信じられないけれど。本当なら、面白そうだもの。鬼山くんにもっと興味が出てきた」
彼女が、まじまじと僕の顔を見つめるものだから、恥ずかしくなって赤くなった顔を俯けた。
「これ以上、僕と関わるべきじゃない。アルバートも僕の家族も傷つけてしまった。君も、どうなるか分からないんだ」
「鬼山くんは、これからどうするの?半獣になって、今までの人間だった頃の人生を何もかも、なかったことにして」
「自分でも、何をすべきなのか、何をしたいのか分からないよ。ただ、ひとつだけ確かなのは、誰かをこれ以上傷つけたくないということなんだ」
彼女にこれからのことを聞かれて、改めて、相変わらず、何も将来を描けていないことに気づいた。
「嘘ね。ほんとは、あなたは、人間だった頃の生活を今もまだ、捨てきれずにいるし、戻りたいと思っている。今までの人間だった頃の生活をすべて捨て去って消し去る必要なんてほんとにあるのかしら」
「半獣として生きるためには、覚悟が必要なんだ。今までの人間関係を捨て去って、半獣として生きるという覚悟が」
「あなたは、完全に捨て去ることなんてできないと思う。だって、あなたは半獣になっていても、心は人間だもの。あなたが人間である限り、捨て去ることなんてできっこないわ。誰かに、捨て去れと言われたのかもしれないけれど、そんなの関係ない。あなたはあなたでしょ」
誰になんと言われようと、変な目で見られようと、自分の道を突き進む彼女らしい言葉だった。彼女と僕は対照的だ。僕は迷ってばかりだけど、彼女には何をするのにも迷いはなかった。彼女の我が道を行くという覚悟のあり方も、ありなのかもしれない。
「なんか、ありがとう」
僕は、笑顔を浮かべて彼女に自然と感謝の言葉を述べていた。自分のこれからの生き方について、深く考えたことはなかった。ただなんとなく、時間だけが過ぎて、周りに合わせて生きてきた。僕なりの生き方をまともにしてこなかったかもしれない。
「あ、雨が降ってきた」
いつの間にか、空は曇り空になっていて、雨がぱらついていた。
「ほんとだ、傘持ってきてないよ」
「私も」
二人とも、傘を持っていない。このままだと、雨でびしょ濡れになってしまう。
「向こうの建物の影に雨宿りしよう。行こう」
「えっ!?」
僕は、彼女の手を握って、一緒に向こうに見える建物に駆けた。建物の影に入った直後、雨足が強くなって、ざっと地面を激しく打つ雨音が聞こえた。少しでも遅れれば、二人とも雨足に踏み潰されるところだった。
ジーナと僕の肩と肩が触れ合った。
「鬼山くんが、秘密を洗いざらい言ってくれたから、私も、私の秘密を話すね」
ジーナは、真剣な表情をしてこちらを見た。
ジーナの秘密とはなんなのだろう。何でも、思っていることを迷わずはっきり言う彼女に、秘密があるとは想像できなかった。
「君の秘密ってなに?」
ジーナは、雨が降るロンドン街の景色を眺めて、言った。
「鬼山くんは覚えてる?川に溺れていた私を救ってくれた時のこと」
ジーナに言われ、記憶が甦ってきた。確かに、僕は彼女を川から救ったことがある。アルバートと、一緒に街中をぶらぶら歩いていた時だった。なぜか、女性が溺れているのを見て、気づいたときには、僕は川に飛び込んで助けていた。
「うん、そう言えば、そんなこともあってね」
「あの時は、飼っていた子犬が川に溺れてしまって、助けようと思ったら、自分も溺れてしまったの。溺れてもう駄目かと思った時、鬼山くんだけがいち早く気づいて、私を助けてくれた」
「なんだろうな。あの時は、体が勝手に動いていたというか、特に何も考えずに川に飛び込んでしまったんだよな」
彼女は、目を輝かせながら、僕の方をまっすぐ見ていた。鈍感な僕でも、彼女にとって何か大切なことを伝えようとしてくれてると感じた。
「私ね、実は、鬼山くんのことがずっと......」
ジーナが、何かを言おうとしている最中、彼女の背後に立つバエナが、突如、視界に入ってきた。
バエナは、なにも語らず不気味な笑みを浮かべていた。
嫌な予感がして、極限まで集中力を高める。地面を激しく打ちつける雨が止まって見えた。まるで、世界が静止しまったかのように。
キィーーー。
静止した世界をぶち破るように、制御を失った巨大なトラックが、ジーナに光を照らし勢いよく迫ってきた。
「ジーナ!!!!」
「鬼山くん......」
ガッシャン。
僕らの声が響いた直後、トラックが建物の壁を穿つように激しく衝突した。ぶつかったトラックは、ぺしゃんこになり、地面には、粉々になった建物の壁が散乱している。
ーーそんな惨状を、曇天から降り注ぐ雨は平然と打ちつけていた。
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