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覚悟と葛藤
07_憎悪
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「バエナ......」
ライオン男ライアンは、僕が彼女の名前を答えた直後、視線を逸らし俯いた。
「やはり、そうか......。バエナという名前に聞き覚えがある」
「彼女のことを知っているんですか!?」
やはり、ライアンは、バエナについて何か知っている。彼女の存在が、どうしようもなく僕の不安を掻き立てる。彼女のことが分かれば、少しは不安から解放されるはずだ。
「半獣たちに昔から伝わる伝承に、バエナという獣が出てくる。実際に、彼女が存在するとはにわかには信じがたいが......」
「伝承ってなんだ!俺も知らないぞ」
半獣に伝わる伝承と聞いて、急に、狼男アウルフが興味を持ち始めた。彼がこういうことに興味を持つのは意外だった。
「そうね、私も伝承のようなものがあるなんて知らないわ」
蛇女ムグリも、伝承の存在を認識していないようだ。ライアンだけが知る伝承。僕も、どのような伝承なのか、興味がわいてきた。
「私の祖父が以前、バエナについての伝承を話していた。祖父によれば、私たち半獣の歴史はバエナから始まったようだ」
ライオン男ライアンは、そう言って、昔のことを思い出しながら、僕たちに伝承について話してくれた。
太古の昔、バエナという獣が存在し、貧しく、飢えに苦しむ人々に血を分け与えることで、救ったらしい。彼らを救ったバエナは、人々に神として崇められた。
血を与えられた人たちは、超人的な力を得る代わりに、人間の血肉を食らわなければならなかった。彼らは、人と区別して、半獣と呼ばれたとのこと。
「ぼうや、バエナは、特殊な力を使わなかったかね?」
ライオン男ライアンに聞かれて、彼女とのやり取りを思い返してみた。彼女自身は、特殊な力を使わなかったが、彼女に導かれ、僕が河川敷で奇妙な力を使ったことを思い出した。
「バエナ自身は、特殊な力を使っていませんでしたが、とても奇妙なことが起きました。僕の手が、大砲のような形に変わったんです。彼女は、それを心象擬態と言っていました」
「なんと、確かにそれはかなり奇妙だな。私たちに、そんな力はない」
象男ファントムは、驚きの表情を見せる。続いて、ライオン男ライアンが話をした。
「なるほど。ぼうやは、バエナの力を使えるのかもしれない。バエナもまた、あらゆるものに擬態する能力を持っていた」
「へえー、見てみたいな。その能力とやらを。ガキ、俺たちに見せてみろよ。お前の話が本当だという証拠にもなる」
狼男アウルフが、僕を指差し、あの時の力を見せるように言ってきた。
「分かりました。出来るかどうか分かりませんが、力を使ってみます」
僕は、右手が大砲になるイメージをした。あの時のことを思い出しながら、右手に意識を集中し再現する。
(変われ、変われ、変われ)
何度も念じ、右手を大砲の形にするように試みるが、前のようにはすんなり行かない。
「変わらない......」
前回は、右手がぐちゃぐちゃと変形し、大砲の形に変わった。でも、今回はなぜか変わらなかった。
「どうした?使えないのか」
狼男アウルフが、僕に向かって言った。
「なぜか今は使えません。前回は、一時的に、使えただけかもしれません」
僕は、なんの変哲もない手を見ながら言った。すると、アウルフの残念そうな声がした。
「ちっ、面白いものが見れると思ったのによ。これじゃあ、お前の話が本当かどうか分からないぞ」
「そんなことを言わないで、信じましょう。私は、この子が嘘をついているとは思えないわ」
蛇女ムグリが優しい口調で話した。
「何はともあれ、ぼうやには、半獣の力の制御が必要だ。ぼうやの話が、本当かどうかに関わらずな。ファントム、ぼうやに半獣の力を教えてやってくれ」
ライオン男ライアンは、僕のことを完全に信じた訳ではなさそうだが、力になろうとしてくれている。突き放すのではなく、親身に対応してくれるのは、嬉しかった。
「ふむ、分かった。半獣の力の扱いを教える時間を作ろう」
象男ファントムは、快く受け入れてくれた。今まで、掃除の仕方しか教わらなかった僕だけど、やっと、半獣の力について教えてもらえることになった。
半獣の力を扱えるようになったら、彼女の束縛から抜け出すことができるかもしれない。いや、きっと、彼女を克服できるはずだ。
以降、象男ファントムから人間の姿から、半獣の姿に、逆に半獣から人間の姿になる方法を教わることになった。ファントムは、彼らの中では、一番、半獣の力の扱いがうまいとのことだ。確かに、人間の姿の時は、細身なのに、象男に姿を変えると、かなりの巨体になる。最も、繊細なコントロールが必要そうなので力の扱いがうまいというのも納得できた。
まずは、人間の姿から半獣の姿になる方法からだ。以前、半獣の姿になってしまったことがあったが、偶発的に起こっただけだった。自発的に、半獣の姿に変わった訳ではない。
いつ半獣化してもおかしくない状況が不安ではあった。
「自分の中にある憎悪を燃やせ。半獣の力は、憎悪が強まれば、強まる。半獣の力になれば、人間の姿だった時より数段、身体能力が上がる。何でもいい、小僧、心の憎悪を燃やすような出来事を思い出してみろ」
突然、象男ファントムから、そんなことを言われた。僕は、頷くと目を閉じた。
(僕の憎悪を燃やすような出来事......いくらでもある。頭がおかしくなるほどに)
タイムベルの一室に置かれた、ろうそくの火が揺れる。
次々と、自分の頭の中に、今まで体験した悲惨な記憶が甦る。その血塗られた記憶に、意識を集中し、その世界に心も身体も委ね沈ませていく。
半獣となり、ごく平凡の日常を失った喪失感。
罪のない人を傷つけてしまった罪悪感。
今まで育ててくれた親や大切な友と別れてしまった悲しみ。
全部、全部。僕を半獣にした奴のせいだ......。
許せない。殺してしまいたい。
溢れでる憎悪に呼応して、僕の顔には、獣の毛が生え始めた。歯も鋭くなり、自ずと涎が零れる。
「よし、今日はそこまででいい。小僧、気を落ち着かせるといい」
ある程度、半獣化が進んだところで、象男ファントムは、気を落ち着かせるように言ってきた。
だけど、止まらない。
この憎悪を止める手段を僕は知らない。
「う、うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」
僕は、いつのまにか、奇声を発していた。溢れでる憎悪に飲まれ、理性が薄れていく。憎悪は鎮まるどころか、さらに異常なほどに膨れ上がっていった。薄れていく意識の中、今まで以上に、半獣化が進んでいく。
「まずい!小僧、小僧、落ち着け!」
必死に、象男ファントムは、止めようとするも、見る見るうちに、異形の形へと僕は姿を変えて行く。顔だけでなく、全身に、獣の毛が生える。体のサイズも、次第に大きくなり、爪も鋭く伸びていく。腕と脇腹を繋ぐように、羽も生えてきた。ちらっと、鏡に映る僕は、巨大なコウモリのようだ。
ーー周りの声が遠のいて行った。
ライオン男ライアンは、僕が彼女の名前を答えた直後、視線を逸らし俯いた。
「やはり、そうか......。バエナという名前に聞き覚えがある」
「彼女のことを知っているんですか!?」
やはり、ライアンは、バエナについて何か知っている。彼女の存在が、どうしようもなく僕の不安を掻き立てる。彼女のことが分かれば、少しは不安から解放されるはずだ。
「半獣たちに昔から伝わる伝承に、バエナという獣が出てくる。実際に、彼女が存在するとはにわかには信じがたいが......」
「伝承ってなんだ!俺も知らないぞ」
半獣に伝わる伝承と聞いて、急に、狼男アウルフが興味を持ち始めた。彼がこういうことに興味を持つのは意外だった。
「そうね、私も伝承のようなものがあるなんて知らないわ」
蛇女ムグリも、伝承の存在を認識していないようだ。ライアンだけが知る伝承。僕も、どのような伝承なのか、興味がわいてきた。
「私の祖父が以前、バエナについての伝承を話していた。祖父によれば、私たち半獣の歴史はバエナから始まったようだ」
ライオン男ライアンは、そう言って、昔のことを思い出しながら、僕たちに伝承について話してくれた。
太古の昔、バエナという獣が存在し、貧しく、飢えに苦しむ人々に血を分け与えることで、救ったらしい。彼らを救ったバエナは、人々に神として崇められた。
血を与えられた人たちは、超人的な力を得る代わりに、人間の血肉を食らわなければならなかった。彼らは、人と区別して、半獣と呼ばれたとのこと。
「ぼうや、バエナは、特殊な力を使わなかったかね?」
ライオン男ライアンに聞かれて、彼女とのやり取りを思い返してみた。彼女自身は、特殊な力を使わなかったが、彼女に導かれ、僕が河川敷で奇妙な力を使ったことを思い出した。
「バエナ自身は、特殊な力を使っていませんでしたが、とても奇妙なことが起きました。僕の手が、大砲のような形に変わったんです。彼女は、それを心象擬態と言っていました」
「なんと、確かにそれはかなり奇妙だな。私たちに、そんな力はない」
象男ファントムは、驚きの表情を見せる。続いて、ライオン男ライアンが話をした。
「なるほど。ぼうやは、バエナの力を使えるのかもしれない。バエナもまた、あらゆるものに擬態する能力を持っていた」
「へえー、見てみたいな。その能力とやらを。ガキ、俺たちに見せてみろよ。お前の話が本当だという証拠にもなる」
狼男アウルフが、僕を指差し、あの時の力を見せるように言ってきた。
「分かりました。出来るかどうか分かりませんが、力を使ってみます」
僕は、右手が大砲になるイメージをした。あの時のことを思い出しながら、右手に意識を集中し再現する。
(変われ、変われ、変われ)
何度も念じ、右手を大砲の形にするように試みるが、前のようにはすんなり行かない。
「変わらない......」
前回は、右手がぐちゃぐちゃと変形し、大砲の形に変わった。でも、今回はなぜか変わらなかった。
「どうした?使えないのか」
狼男アウルフが、僕に向かって言った。
「なぜか今は使えません。前回は、一時的に、使えただけかもしれません」
僕は、なんの変哲もない手を見ながら言った。すると、アウルフの残念そうな声がした。
「ちっ、面白いものが見れると思ったのによ。これじゃあ、お前の話が本当かどうか分からないぞ」
「そんなことを言わないで、信じましょう。私は、この子が嘘をついているとは思えないわ」
蛇女ムグリが優しい口調で話した。
「何はともあれ、ぼうやには、半獣の力の制御が必要だ。ぼうやの話が、本当かどうかに関わらずな。ファントム、ぼうやに半獣の力を教えてやってくれ」
ライオン男ライアンは、僕のことを完全に信じた訳ではなさそうだが、力になろうとしてくれている。突き放すのではなく、親身に対応してくれるのは、嬉しかった。
「ふむ、分かった。半獣の力の扱いを教える時間を作ろう」
象男ファントムは、快く受け入れてくれた。今まで、掃除の仕方しか教わらなかった僕だけど、やっと、半獣の力について教えてもらえることになった。
半獣の力を扱えるようになったら、彼女の束縛から抜け出すことができるかもしれない。いや、きっと、彼女を克服できるはずだ。
以降、象男ファントムから人間の姿から、半獣の姿に、逆に半獣から人間の姿になる方法を教わることになった。ファントムは、彼らの中では、一番、半獣の力の扱いがうまいとのことだ。確かに、人間の姿の時は、細身なのに、象男に姿を変えると、かなりの巨体になる。最も、繊細なコントロールが必要そうなので力の扱いがうまいというのも納得できた。
まずは、人間の姿から半獣の姿になる方法からだ。以前、半獣の姿になってしまったことがあったが、偶発的に起こっただけだった。自発的に、半獣の姿に変わった訳ではない。
いつ半獣化してもおかしくない状況が不安ではあった。
「自分の中にある憎悪を燃やせ。半獣の力は、憎悪が強まれば、強まる。半獣の力になれば、人間の姿だった時より数段、身体能力が上がる。何でもいい、小僧、心の憎悪を燃やすような出来事を思い出してみろ」
突然、象男ファントムから、そんなことを言われた。僕は、頷くと目を閉じた。
(僕の憎悪を燃やすような出来事......いくらでもある。頭がおかしくなるほどに)
タイムベルの一室に置かれた、ろうそくの火が揺れる。
次々と、自分の頭の中に、今まで体験した悲惨な記憶が甦る。その血塗られた記憶に、意識を集中し、その世界に心も身体も委ね沈ませていく。
半獣となり、ごく平凡の日常を失った喪失感。
罪のない人を傷つけてしまった罪悪感。
今まで育ててくれた親や大切な友と別れてしまった悲しみ。
全部、全部。僕を半獣にした奴のせいだ......。
許せない。殺してしまいたい。
溢れでる憎悪に呼応して、僕の顔には、獣の毛が生え始めた。歯も鋭くなり、自ずと涎が零れる。
「よし、今日はそこまででいい。小僧、気を落ち着かせるといい」
ある程度、半獣化が進んだところで、象男ファントムは、気を落ち着かせるように言ってきた。
だけど、止まらない。
この憎悪を止める手段を僕は知らない。
「う、うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」
僕は、いつのまにか、奇声を発していた。溢れでる憎悪に飲まれ、理性が薄れていく。憎悪は鎮まるどころか、さらに異常なほどに膨れ上がっていった。薄れていく意識の中、今まで以上に、半獣化が進んでいく。
「まずい!小僧、小僧、落ち着け!」
必死に、象男ファントムは、止めようとするも、見る見るうちに、異形の形へと僕は姿を変えて行く。顔だけでなく、全身に、獣の毛が生える。体のサイズも、次第に大きくなり、爪も鋭く伸びていく。腕と脇腹を繋ぐように、羽も生えてきた。ちらっと、鏡に映る僕は、巨大なコウモリのようだ。
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