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軋轢と乖離
07_軋轢
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僕は、見ないふりをしていた。
自分がもう人間ではなくなっていることを。
触れれば、今まで築き上げてきた大切なものが簡単に崩れ去ってしまうことを。
アルバートは、僕の方を見て動揺し、恐怖すら覚えているように見えた。彼の体からは、軽傷とはいえ、擦りむけてできた傷口から赤い血液が流れ出ていた。
先ほど、突飛ばした時に、力を入れすぎて、彼を傷つけてしまった。半獣の力を僕は、まだ制御できていない。半獣と化している僕は、自分の体そのものが、簡単に、人を傷つけてしまう凶器のようなものだ。
「ごめん、アルバート。君を傷つけてしまった。大丈夫?」
そう話しかけても、アルバートは、地面についた手を震わせたままだ。彼の表情は、動揺と不安で満ち、硬直している。僕の目の前で、あまり、こういった表情を見せることはないが、今回ばかりは、沸き上がる感情を隠すことができないようだった。
「鬼山、その姿、半獣か......。どうして、お前が」
アルバートは、僕が半獣になっていることが分かったのだろうか。僕は彼に半獣になってしまっていることを話してはいない。
彼は、まっすぐ、僕の顔を見ていた。確かめるように、自分の顔を、そっと、両手で触れてみる。
すると、獣の毛のようなものが、手に当たった。
(嘘だ、嘘だ、嘘だ。半獣化がここまで進んでいるなんて......。どこまで、僕は、人間性を失っていくんだ)
今まで、力が強まったり、食欲の変化はあったりしたが、見た目は、変わっていなかった。獣の毛が生え、見た目も人間ではなくなるのは、初めてのことだった。
不運なことに、親友の眼前で見た目に変化が起きてしまった。半獣となり、僕の醜く変わり果てた姿を見て、アルバートの心は揺れていたのだ。
「アルバート、こんなはずではなかった。恐れなくていい。僕は、君を襲ったりしないよ」
僕は、恐怖するアルバートを落ち着かせようと声をかけると、手を差しのべ、地面に倒れこんだ彼を起こそうとした。だけど、彼は僕の手を掴もうとはしなかった。
「なぜ、俺は、半獣になることを拒絶されたのに、お前が半獣になっている」
アルバートは鋭い眼光を輝かせ、僕を睨み付ける。
「分からないんだ。朝起きたら、いつの間にか、半獣になってたんだよ」
必死に、僕は半獣になった経緯を説明するが、彼の心には響かなかった。
「どうして、俺に黙っていた。自分だけ、半獣の力を独り占めか。俺を食料としか見ていないという顔だな」
「そんなことないよ!そんなこと.......」
ふと、自分の口元から、涎が垂れているのに気づいた。僕の意思とは無関係に、体は、彼の血肉を求めていた。
動揺している隙をついて、アルバートは、僕の上半身にのし掛かって、地面に押し付けた。そして、僕に向かって叫んだ。
「もういい、十分に理解した。ずっと、鬼山、お前だけは俺の味方だと、信じていた。お前が初めて親友と言ってくれた時、とても嬉しかったんだ。なのに......なのに、どうしてだよ......」
一滴の雫がこぼれ落ちた。
彼は泣いていた。目元から溢れ出た涙が頬を伝って、こぼれ落ちている。こぼれ落ちた彼の涙が、やたらと僕の肌に染みて、悲しくなった。
「違う、違うんだよ!アルバートは、誤解をしている」
僕が、彼に誤解だと、訴えかけても、聞く耳を持たなかった。彼は、僕の服の襟を思いっきり掴むと、顔を寄せながら、言った。
「今すぐ、俺の眼前から消えろ!俺は、お前が憎く妬ましい。このままだと、俺はお前を絞め殺してしまいそうだ」
僕は、彼の憎悪に満ちた言の葉に圧倒されて、返事を返せなかった。僕と彼の間には、完全に軋轢が生じてしまった。もう、僕がどんな言葉をかけたとしても、彼の心には、響かないのだろう。
彼はとても遠い場所へ行ってしまった。こんなはずではなかった。何年か築いてきた彼との絆は、ほんの一瞬で崩れ落ちてしまった。
自分がもう人間ではなくなっていることを。
触れれば、今まで築き上げてきた大切なものが簡単に崩れ去ってしまうことを。
アルバートは、僕の方を見て動揺し、恐怖すら覚えているように見えた。彼の体からは、軽傷とはいえ、擦りむけてできた傷口から赤い血液が流れ出ていた。
先ほど、突飛ばした時に、力を入れすぎて、彼を傷つけてしまった。半獣の力を僕は、まだ制御できていない。半獣と化している僕は、自分の体そのものが、簡単に、人を傷つけてしまう凶器のようなものだ。
「ごめん、アルバート。君を傷つけてしまった。大丈夫?」
そう話しかけても、アルバートは、地面についた手を震わせたままだ。彼の表情は、動揺と不安で満ち、硬直している。僕の目の前で、あまり、こういった表情を見せることはないが、今回ばかりは、沸き上がる感情を隠すことができないようだった。
「鬼山、その姿、半獣か......。どうして、お前が」
アルバートは、僕が半獣になっていることが分かったのだろうか。僕は彼に半獣になってしまっていることを話してはいない。
彼は、まっすぐ、僕の顔を見ていた。確かめるように、自分の顔を、そっと、両手で触れてみる。
すると、獣の毛のようなものが、手に当たった。
(嘘だ、嘘だ、嘘だ。半獣化がここまで進んでいるなんて......。どこまで、僕は、人間性を失っていくんだ)
今まで、力が強まったり、食欲の変化はあったりしたが、見た目は、変わっていなかった。獣の毛が生え、見た目も人間ではなくなるのは、初めてのことだった。
不運なことに、親友の眼前で見た目に変化が起きてしまった。半獣となり、僕の醜く変わり果てた姿を見て、アルバートの心は揺れていたのだ。
「アルバート、こんなはずではなかった。恐れなくていい。僕は、君を襲ったりしないよ」
僕は、恐怖するアルバートを落ち着かせようと声をかけると、手を差しのべ、地面に倒れこんだ彼を起こそうとした。だけど、彼は僕の手を掴もうとはしなかった。
「なぜ、俺は、半獣になることを拒絶されたのに、お前が半獣になっている」
アルバートは鋭い眼光を輝かせ、僕を睨み付ける。
「分からないんだ。朝起きたら、いつの間にか、半獣になってたんだよ」
必死に、僕は半獣になった経緯を説明するが、彼の心には響かなかった。
「どうして、俺に黙っていた。自分だけ、半獣の力を独り占めか。俺を食料としか見ていないという顔だな」
「そんなことないよ!そんなこと.......」
ふと、自分の口元から、涎が垂れているのに気づいた。僕の意思とは無関係に、体は、彼の血肉を求めていた。
動揺している隙をついて、アルバートは、僕の上半身にのし掛かって、地面に押し付けた。そして、僕に向かって叫んだ。
「もういい、十分に理解した。ずっと、鬼山、お前だけは俺の味方だと、信じていた。お前が初めて親友と言ってくれた時、とても嬉しかったんだ。なのに......なのに、どうしてだよ......」
一滴の雫がこぼれ落ちた。
彼は泣いていた。目元から溢れ出た涙が頬を伝って、こぼれ落ちている。こぼれ落ちた彼の涙が、やたらと僕の肌に染みて、悲しくなった。
「違う、違うんだよ!アルバートは、誤解をしている」
僕が、彼に誤解だと、訴えかけても、聞く耳を持たなかった。彼は、僕の服の襟を思いっきり掴むと、顔を寄せながら、言った。
「今すぐ、俺の眼前から消えろ!俺は、お前が憎く妬ましい。このままだと、俺はお前を絞め殺してしまいそうだ」
僕は、彼の憎悪に満ちた言の葉に圧倒されて、返事を返せなかった。僕と彼の間には、完全に軋轢が生じてしまった。もう、僕がどんな言葉をかけたとしても、彼の心には、響かないのだろう。
彼はとても遠い場所へ行ってしまった。こんなはずではなかった。何年か築いてきた彼との絆は、ほんの一瞬で崩れ落ちてしまった。
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