ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

東雲一

文字の大きさ
上 下
21 / 51
新たな日常編

10_残酷な現実

しおりを挟む
 瓶の中にいる白蛇が無邪気に舌を出しながら、こちらに赤眼を向けていた。白蛇が、僕の右腕に噛みつき、半獣になったのだとばかり思っていたが、どうやら違うようだ。自分が、半獣になってしまった答えが、このタイムベルにあると思っていたけれど、見当外れだったのだろうか。

「どういうことですか?白蛇に半獣にする力がないとは」

 僕は、蛇女ムグリに、真っ先に浮かんだ疑問をぶつけた。

「前にも言ったと思うけれど、白蛇の牙には、猛毒があるの。像一匹を殺傷するほどの猛毒がね。だから、もしあなたを白蛇が噛んでいたなら、あなたは、すでにあの世に行ってるわよ」

 さらっと、恐ろしいことを蛇女ムグリが言った。

 確かに、最初に彼女と出会った時、蛇の牙には猛毒があると言っていたような気がする。像一匹を殺傷するほどの猛毒。そんな猛毒を持つ白蛇が、自分の部屋で身を潜んでいたと思うと、戦慄が走った。

「それなら、僕はなぜ......半獣になってしまったのでしょうか?」

 謎は、残ったままだ。白蛇でないのだとしたら、一体、何が原因で、僕は半獣になっているのかなんとしても知りたい。せめて、平凡な日常を漆黒に染め上げた者の正体を特定する糸口ぐらいは、見つけなければならない。

「さーな、自分の頭で考えるんだな。ただ、その右腕の噛み傷から、コウモリの匂いがするとだけ言っておいてやる」

 狼男アウルフが相変わらず顔を背けながら、言った。恥ずかしいのか顔を合わせてはくれないが、どこか、優しさのようなものを感じた。少しでも、有力な情報を話してもらえたことに感謝の念が湧く。

 たまに空を見上げた時、コウモリが飛んでいるのを見たことがあった。だけど、コウモリなんかに噛まれた記憶なんか一切なかったし、遠くで飛んでいるのを見たことがあるだけで、身近に見たことすらなかった。

「コウモリ......」

 ライオン男ライアンは、そう呟くと、何か考えているようだった。特に何かを話し出すことはなく、黙り込む。すると、蛇女が、何の前触れもなく残酷な事実を告げる。

「ところで、あなた、これから、どうするの?半獣になったら、もう人間には戻れないわよ」

 蛇女ムグリの言葉が胸にぐさりと突き刺さり、風穴が空いたのかと思うほどの衝撃を受けた。心が残酷に抉られ、止めどない悲しみにそっと抱かれる。

 蛇女は、何て言ったんだ......。

 人間に戻れない、そう言ったのか。

 両腕の力が抜け、瓶が重力に誘われて、床で粉々に砕け散る。

「そ、そんな......。僕は、人間には戻れないなんて。ずっと......ずっと、僕は、半獣として生きなければならないのか」

  動揺が言葉となる。心のどこかで、人間に戻れる術があるんじゃないかと思っていた。その希望がこうもあっけなく消し去られてしまうなんて、あんまりだ。血を食らう化け物としてずっと生きるしかないのか。

 超人的な力も。

 血を欲する欲望も。

 いらないから、だから。

 奪われた日常を返してくれよ。

 頼むから、誰かーー。

「残念ながら、あなたは人間には戻れないわ。半獣から、人間に戻る方法は今のところは見つかっていないの。まだ、あなたは、完全に半獣になりきれてはいないわ。少しずつ、人間との生活が難しくなってくるはずよ」

 蛇女ムグリから告げられた残酷な事実を受け入れられる訳がなかった。心に皹が入り爛れ悲鳴を上げる。顔をしわくちゃになりながら、僕は彼女に呟いた。

「優しい言葉をかけてはくれないんですね」

 蛇女ムグリは、軽く頷いた。

「ええ。だって、世界は、理不尽で残酷なものだもの。あなたに寄り添って、甘やかしてはくれないし、情けをかけてはくれないわ。一度、失ってしまったものを、取り戻せるというのは、幻想よ。その事実を受け入れて、どう生きるのか考える必要があるわね」

 僕には、冷静に考えることができるほどの精神状態ではなかった。当たり前の日常が、当たり前でなくなる。

 今まで通りに生きることが許されない。

 この先の未来、どうなるか、どう歩んで行けばよいのか分からない。

 誰も、歩むべき道を教えてくれない。

 否定的な言の葉が、頭の中で舞い散り、幾度も循環して離れない。

 ーーただ、僕は。

 拳をぎゅっと握った。

「僕は、人間として生きたい、例え、それがどんなに苦しいことであったとしても」
 
「そう......人間と暮らす選択をするのね。だけど、もしかしたら、後悔することになるかもしれないわね。私がかつて、そうだったように。もし、どうしても、辛くなって、居場所がないと感じたなら、ここに来るといいわ」

 蛇女ムグリの言葉に反応して、狼男アウルフが一瞬、彼女の方を見たが、何も言わずに、顔を逸らした。

 粉々になった瓶から白蛇が、地下室の床を這っていた。不安定に揺れる心が、白蛇の存在を覆い隠していた。この白蛇にはあらぬ疑いをかけてしまった。乱暴に、胴体を握りしめ、瓶の中に閉じ込めて連れて来たことを、どうか許してほしい。

 蛇女ムグリに白蛇のことで謝罪の言葉を述べた。

「あなたの白蛇を疑ったりしてすみませんでした。無下に扱ってしまいました。白蛇はお返しします」

「あら、いいの。でも、その子は、あなたのそばにいたいみたいよ」

 僕は、床にいる白蛇を見た。白蛇は、落ち込んだ僕を慰めてくれているかのように、僕の足にすり寄っていた。僕に敵意を持って猛毒を宿した牙で襲いかかるそぶりもなかった。

 白蛇の純粋無垢な目が合い、自分の中で、迷いが生じた。完全になつかれてしまっている。どうしよう......。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

僕の大好きなあの人

始動甘言
ホラー
 少年には何もない。あるのは明確な親への反抗心。  それゆえに家を飛び出し、逃げた先はとある喫茶店。  彼はそこで一目ぼれをする。  この出会いは彼にとって素晴らしいものなのか、それとも・・・

朧《おぼろ》怪談【恐怖体験見聞録】

その子四十路
ホラー
しょっちゅう死にかけているせいか、作者はときどき、奇妙な体験をする。 幽霊・妖怪・オカルト・ヒトコワ・不思議な話…… 日常に潜む、胸をざわめかせる怪異── 作者の実体験と、体験者から取材した実話をもとに執筆した怪談短編集。

処理中です...