ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

東雲一

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新たな日常編

04_異変③

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「くそっ、かっこつけてんじゃねー!」 

 大柄の男は、そう叫び、僕の掴んだ手を振り解こうとするが、僕が強く握っていて、ぴくりとも動かすことができないようだった。

 男は、信じられないとばかりに目を大きく見開き、握られた腕を二度見する。

「なんだこの力は!?こんな貧弱そうな奴に力負けするなんて......」

「もうこの男性から、お金を取らないことを約束するなら、手を離す」

 僕は、落ち着いた口調で男に向かって言った。

「ふざけるな!従うわけねーだろ!」

 僕の言葉に男は、さらに苛立ちを募らせ、頭に血管が浮き出た。いつもの僕なら、男の圧に負けて、一目散に逃げ出しているところだけれど、今は違った。自分より一回り大きな男が怒り狂っても、恐怖を感じなかった。恐怖に対する耐性も、いつの間にか、上がっている。まるで自分が自分でないみたいだ。

 男が、今度は、膝を上げ、僕の腹に向かって蹴りを入れようとしてきたので、僕は少しばかり手に力を入れ男の腕を握ってみた。

 すると、男は、顔を歪め、悶絶し、蹴りを入れる余裕すらなくなった。

「い、痛い。止めてくれ」

 大柄の男は、あまりの痛みに、先ほどの横柄な態度を改め、涙目で懇願してきた。

「ごめん、強くやり過ぎてしまった」
 
 さすがに、やり過ぎたと思った僕は、すぐに男の腕から手を離した。手を離した後も、男は赤く腫れ上がった腕を掴み、痛そうにしている。自分ではあまり力を入れたつもりではなかったけれど、男にとってはかなりの力だったらしい。もしかしたら、手を離さなければ、男の腕の骨を折っていたかもしれない。

「お前、よくも俺たちの兄貴を......。許さねー!」
 
 リーダーの男を目の前で、痛めつけられ、周りの男たち三人も黙ってはいなかった。拳を握り、殺意に満ちた形相で僕に一斉に襲いかかってきた。

 一斉とはいえ、結局は、一人ずつ順番に攻撃してくる。一人一人の攻撃をよく観察し、回避した後、カウンターで攻撃を入れよう。

 このような状況においても、僕は冷静だった。やはり、昨日までの僕とは明らかに違う。

「これでも食らえ!」

 そう叫んで、男たちの一人が顔面に向かって殴りかかってくるが、動体視力が向上した僕の目には、拳がとてもゆっくりと近づいて来ているように見えた。クリケットのボールが飛んできて、掴んだ時と同じ現象だ。集中すれば、ものや人の動きを、ゆっくり観察することができるようだ。

 軽々と、僕は男の拳を避け、脇腹のあたりを手のひらで叩いた。その瞬間、男はトラックにでもひかれたかのように、背後に飛んでいき自転車置き場の柱に身体をぶつけた。

 まずは、一人......。

 二人目の男が、間髪入れずに、膝を上げ横蹴りを入れてきたが、紙一重のところでしゃがんで回避し、地面についた男の片足を足で横から薙ぎ払い、転ばせた。

 これで、二人目......。

 三人目の男は、バールのようなものを手に持ち、振り回してきた。バールのようなものも、手足同様、ゆっくりと時間が進む。僕は、男が振る勢いを残したまま、男の顔面に行くようにその軌道を手で弾いて変えた。すると、見事に、バールのようなものが男の顔面にぶつかる。

 よし、これで、全員だ。

 大勢相手に、対抗できるか分からなかったが、意外と、乗り越えることができた。自分の思っている以上に、身体能力が飛躍的に向上していることを実感した。

 僕は、男たちに絡まれていた男子生徒に近づいて声をかけた。

「大丈夫?怪我してない?」

 心配して話しかけると、男子生徒が、怯えた声で答えた。

「怖い......」

「えっ!?」

 男子生徒に絡んでいた男たちは、全員、動けなくなっている。彼に襲いかかるものはいないのに、何をそんなに怯えているのだろう。

「どうしたの、男たちは襲ってこないよ」

「近づかないで......ば、化け物....」

 男子生徒は、僕から顔を背け震えた声で言った。

 化け物。それって、僕のことを言っているのか。

「いや、僕は、君を助けようとして......」

 僕が、歩み寄ると、男子生徒は、恐怖でひきつった顔を浮かべ、悲鳴を上げて逃げ出した。やはり、彼は僕に怯えていたのだ。ただ、助けようとしただけなのに。世界の理不尽が僕の心を無惨に抉った。

 ポタッ、ポタッ、ポタッ。

 地面に、水滴が忙しなく落ちる。汗か。いや、赤い。これは血だ。僕は、そっと、自分の顔を手で触れると、指が紅に染まった。

 僕の顔は、血で真っ赤に覆われていた。
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