10 / 46
その10
しおりを挟む
「どうしたの?最近顔を出さないと思ったんだけど」
社交界を離れるにあたって、名前は知らないが、どこかの伯爵婦人に声をかけられました。顔はなんとなく見覚えのある人でした。ものすごく上品そうで、貴族らしからぬ、逆を言えば、正統派の貴族だったのかもしれません。今の私たちには到底及ばない気品あふれる女性でした。
「ああ、いえ、そんな事はありませんでしたよ。ただ、どうしてもと言いますと、私の方で自粛していたわけでございます」
伯爵夫人は、怪訝そうな顔をして、
「一体、それはどうしてだろう?」
と、質問されました。私はなかなかうまく答えることができませんでした。
「そうですね。強いて言えば……私は社交界があまり好きではなかったのです」
「あら、そうなの。それは非常に残念ね。何かつまらない事でもあったのかしら?」
そもそも貴族をやっていると言うこと自体が、私にとっては全てつまらないことなのです。ですが、そんなことを言えませんでした。言ったら……余計に軋轢が生まれることになると思いましたから。
「いえいえ、これは完全に私が悪いわけでありますから、皆様が気にすることではありません」
こう言って、私は完全に社交界から抜け出しました。
「でも、あなたが心配することではないのよ。私たちに何か不備があると言うんだったら、ぜひ言って欲しいの。これからの主役はあなたたちなんだから、あなたのようなご令嬢が縮こまる必要は無いのよ?」
この伯爵夫人は、まるで、私の境遇を全て把握しているようでした。そんなわけありませんのに。
「何か困ったことがあったらいつでも言ってね。きっと力になれることがあると思うから!」
歪んだ貴族社会の中に、少しくらいは優しさと言うものがあったのかもしれません。ひょっとすると、彼女もまた、若い頃は私と同じような境遇だったのかもしれません。
少なからず、私と同じような貴族がいるのです。それは少し嬉しいことでした。ただし、婚約破棄された運命を大きく修正することはもう出来ないとわかっておりました。
おばあちゃん、と胸の中で言っていました。そうです、両親にも見捨てられてしまう可能性が高い状況では、こういった人に本来頼ればよかったのです。でも、こういう優しさに触れて、私はやっぱりここに留まってはならない、このまま甘えてはならないと思いました。
そんな不器用な私が、どういうわけだか愛おしかったのです。自分から傷つくことを欲していたのです。助けを求めても、その声の届かない奈落の底で生活したいと思ったのです。そんな惨めな私が、案外好きなのです。
歪んでいると思いますか?それはどうも。この状況で思考停止になるのは、仕方のないことだと思います。未来のない、かといっていまさらバックすることもできない崖の上に、私は佇んでいるのです。
社交界を離れるにあたって、名前は知らないが、どこかの伯爵婦人に声をかけられました。顔はなんとなく見覚えのある人でした。ものすごく上品そうで、貴族らしからぬ、逆を言えば、正統派の貴族だったのかもしれません。今の私たちには到底及ばない気品あふれる女性でした。
「ああ、いえ、そんな事はありませんでしたよ。ただ、どうしてもと言いますと、私の方で自粛していたわけでございます」
伯爵夫人は、怪訝そうな顔をして、
「一体、それはどうしてだろう?」
と、質問されました。私はなかなかうまく答えることができませんでした。
「そうですね。強いて言えば……私は社交界があまり好きではなかったのです」
「あら、そうなの。それは非常に残念ね。何かつまらない事でもあったのかしら?」
そもそも貴族をやっていると言うこと自体が、私にとっては全てつまらないことなのです。ですが、そんなことを言えませんでした。言ったら……余計に軋轢が生まれることになると思いましたから。
「いえいえ、これは完全に私が悪いわけでありますから、皆様が気にすることではありません」
こう言って、私は完全に社交界から抜け出しました。
「でも、あなたが心配することではないのよ。私たちに何か不備があると言うんだったら、ぜひ言って欲しいの。これからの主役はあなたたちなんだから、あなたのようなご令嬢が縮こまる必要は無いのよ?」
この伯爵夫人は、まるで、私の境遇を全て把握しているようでした。そんなわけありませんのに。
「何か困ったことがあったらいつでも言ってね。きっと力になれることがあると思うから!」
歪んだ貴族社会の中に、少しくらいは優しさと言うものがあったのかもしれません。ひょっとすると、彼女もまた、若い頃は私と同じような境遇だったのかもしれません。
少なからず、私と同じような貴族がいるのです。それは少し嬉しいことでした。ただし、婚約破棄された運命を大きく修正することはもう出来ないとわかっておりました。
おばあちゃん、と胸の中で言っていました。そうです、両親にも見捨てられてしまう可能性が高い状況では、こういった人に本来頼ればよかったのです。でも、こういう優しさに触れて、私はやっぱりここに留まってはならない、このまま甘えてはならないと思いました。
そんな不器用な私が、どういうわけだか愛おしかったのです。自分から傷つくことを欲していたのです。助けを求めても、その声の届かない奈落の底で生活したいと思ったのです。そんな惨めな私が、案外好きなのです。
歪んでいると思いますか?それはどうも。この状況で思考停止になるのは、仕方のないことだと思います。未来のない、かといっていまさらバックすることもできない崖の上に、私は佇んでいるのです。
0
お気に入りに追加
575
あなたにおすすめの小説
穏やかな田舎町。僕は親友に裏切られて幼馴染(彼女)を寝取られた。僕たちは自然豊かな場所で何をそんなに飢えているのだろうか。
ねんごろ
恋愛
穏やかなのは、いつも自然だけで。
心穏やかでないのは、いつも心なわけで。
そんなふうな世界なようです。
わがまま妹、自爆する
四季
恋愛
資産を有する家に長女として生まれたニナは、五つ年下の妹レーナが生まれてからというもの、ずっと明らかな差別を受けてきた。父親はレーナにばかり手をかけ可愛がり、ニナにはほとんど見向きもしない。それでも、いつかは元に戻るかもしれないと信じて、ニナは慎ましく生き続けてきた。
そんなある日のこと、レーナに婚約の話が舞い込んできたのだが……?
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
家に代々伝わる髪色を受け継いでいないからとずっと虐げられてきていたのですが……。
四季
恋愛
メリア・オフトレスは三姉妹の真ん中。
しかしオフトレス家に代々伝わる緑髪を受け継がず生まれたために母や姉妹らから虐げられていた。
だがある時、トレットという青年が現れて……?
高校デビューを果たした幼馴染みが俺を裏切り、親友に全てを奪われるまで
みっちゃん
恋愛
小さい頃、僕は虐められていた幼馴染みの女の子、サユが好きだった
勇気を持って助けるとサユは僕に懐くようになり、次第に仲が良くなっていった
中学生になったある日、
サユから俺は告白される、俺は勿論OKした、その日から俺達は恋人同士になったんだ
しかし高校生になり彼女が所謂高校生デビューをはたしてから、俺の大切な人は変わっていき
そして
俺は彼女が陽キャグループのリーダーとホテルに向かうの見てしまった、しかも俺といるよりも随分と嬉しそうに…
そんな絶望の中、元いじめっ子のチサトが俺に話しかけてくる
そして俺はチサトと共にサユを忘れ立ち直る為に前を向く
巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~
アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる