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その10

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「どうしたの?最近顔を出さないと思ったんだけど」

社交界を離れるにあたって、名前は知らないが、どこかの伯爵婦人に声をかけられました。顔はなんとなく見覚えのある人でした。ものすごく上品そうで、貴族らしからぬ、逆を言えば、正統派の貴族だったのかもしれません。今の私たちには到底及ばない気品あふれる女性でした。

「ああ、いえ、そんな事はありませんでしたよ。ただ、どうしてもと言いますと、私の方で自粛していたわけでございます」

伯爵夫人は、怪訝そうな顔をして、

「一体、それはどうしてだろう?」

と、質問されました。私はなかなかうまく答えることができませんでした。

「そうですね。強いて言えば……私は社交界があまり好きではなかったのです」

「あら、そうなの。それは非常に残念ね。何かつまらない事でもあったのかしら?」

そもそも貴族をやっていると言うこと自体が、私にとっては全てつまらないことなのです。ですが、そんなことを言えませんでした。言ったら……余計に軋轢が生まれることになると思いましたから。

「いえいえ、これは完全に私が悪いわけでありますから、皆様が気にすることではありません」

こう言って、私は完全に社交界から抜け出しました。

「でも、あなたが心配することではないのよ。私たちに何か不備があると言うんだったら、ぜひ言って欲しいの。これからの主役はあなたたちなんだから、あなたのようなご令嬢が縮こまる必要は無いのよ?」

この伯爵夫人は、まるで、私の境遇を全て把握しているようでした。そんなわけありませんのに。

「何か困ったことがあったらいつでも言ってね。きっと力になれることがあると思うから!」

歪んだ貴族社会の中に、少しくらいは優しさと言うものがあったのかもしれません。ひょっとすると、彼女もまた、若い頃は私と同じような境遇だったのかもしれません。

少なからず、私と同じような貴族がいるのです。それは少し嬉しいことでした。ただし、婚約破棄された運命を大きく修正することはもう出来ないとわかっておりました。

おばあちゃん、と胸の中で言っていました。そうです、両親にも見捨てられてしまう可能性が高い状況では、こういった人に本来頼ればよかったのです。でも、こういう優しさに触れて、私はやっぱりここに留まってはならない、このまま甘えてはならないと思いました。

そんな不器用な私が、どういうわけだか愛おしかったのです。自分から傷つくことを欲していたのです。助けを求めても、その声の届かない奈落の底で生活したいと思ったのです。そんな惨めな私が、案外好きなのです。

歪んでいると思いますか?それはどうも。この状況で思考停止になるのは、仕方のないことだと思います。未来のない、かといっていまさらバックすることもできない崖の上に、私は佇んでいるのです。

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