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2082年 4月8日 その2

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 講堂に詰め寄せたのは、今年入学する百名と、その家族だった。講堂のキャパシティーが大きいので、彼らは非常に小さな点のようだった。実際問題、先輩科学者に言わせれば、学生たちはみな原石だった。

 科学院院長の式辞を読み上げるだけの簡素な式典であった。しかしながら、正は、院長の式辞があまりにも短く感じられ、願わくば、もう少し聞いていたいと思った。

「皆さんの入学を心より祝福申し上げます」
 と型通りに始まった式辞。その内容はやがて、科学技術の未来に発展した。
「科学技術の発展は目覚ましいものであります。昨日、アメリカのサイエンスアカデミージャーナルを拝読したところ、スーパーコンピューター“バーンズ”が、グリア細胞のシナプス伝達を司る遺伝子解析に成功したと書かれていました。人類の業績にして、百年分の成果です。バーンズは、これを三日でやってのけてしまうんです。時代はまさにコンピューターです。物理、化学、数学、工学、そして医学。すべての分野において、力を発揮してくれる。しかしながら、コンピューターの上に存在するのは、我々人間です。そうでなければいけません」

 典型的な科学者だ。こういう人がやっぱり重しになっていた方がいいのか……。コンピューターが破壊者になるのを防ぐ最後の砦……。

 院長は、机から身を乗り出さんばかりの勢いだった。
 「人類は今、新世界の到来を求めています。既成の価値観は通用しません。君たちに求められることは、新しい科学技術の担い手になり、新世界を創造することにあります。一人の力では無理です。しかしながら、ここには、高い志を持った百人の仲間がいます。皆さんが、それぞれの専門性を発揮し、協力することにより、それは実現すると信じています。知のネットワークを育んでください」

 後になって父から聞かされたことだが、院長は、父の同期であり、同じく医学を学んだ。アポトーシスに関する遺伝子制御技術を開発したことで、一躍有名になった。後に、正が大きく関わることになる、“エターナルライフ”の生みの親であった。
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