Melting Dead 最弱の科学者が紡ぐ世界

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2082年 1月20日 その1

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 国立科学院の入試から十日が経った。正の人生は、晴海のことを除けば、悲哀と自虐にまみれた日々だった。そんな正に間もなく、一筋の光が注がれようとしていた。各大学から各高校へ、生徒の合格が通知される日。教室は、いつも以上に騒々しかった。無理もない。皆、この日のために生きてきたわけだから。そして、このまま生き続けることが出来るのか、それとも、無能というレッテルを張られ、価値のない人間として扱われるのか……。

 正もこの日ばかりは、顔をしかめることなく、静かに、相川がやってくるのを待っていた。

 相川が、いつになく厳かな面持ちで入室したのは、普段ならば、とっくに一時間目が始まっている頃だった。情報の収集に時間がかかったのだろうか。

 相川は一度咳払いをした。
「それでは、今から合格の通知を行う」
 正は、分かり切った答えを早く耳にして落ち着きたかった。

「今年の入試は例年に増して、厳しいものだった。そのため、本校の合格者は例年に比べ少なかった。そんな中、狭き門を突破した学生諸君の栄誉をみんなで讃えよう。まず、国立科学院に出願した伊能正。おめでとう。合格だ」
 相川は、合格通知を手渡した。
「ありがとうございます」
 正は丁重に受け取った。級友たちは、正の合格を耳にして亢奮した。自分が合格したかのような幻想に取りつかれただけのことであったが、正は、教壇の前に立って、一同に向かって頭を下げた。数人から始まった拍手がクラス全体に広がり、相川も惜しみない拍手を正に送った。
「おめでとう。正」
「俺たちのためにいい社会を作ってくれよ。期待してるぞ」
 正はもう一度、軽くお辞儀をした。

 その後、相川は、合格した生徒の名前を順に読み上げていった。結局、通知を受け取ったのは、全体の一割ほどだった。残りの九割は、来年に向けての勉強をスタートさせる日になった。しかしながら、誰しもが、雨の降り止んだ空のように、晴れ渡っていた。

 正は教室を後にする前、相川の元に歩み寄った。握手を求めると、相川は、
「どうしたんだ。らしくないじゃないか」
 と言った。
「いや、おっしゃる通りです。でも、すごく嬉しくて。思わず先生に感謝したくなっちゃって」
 相川は、にこりと微笑んだ。
「まあ、生徒に好かれて悪い気はしないがな」
 そう言って、正の二倍はある、非常に太い腕を伸ばした。
「改めておめでとう」
 正と相川は、熱い握手を交わした。
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