Melting Dead 最弱の科学者が紡ぐ世界

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2082年 1月10日 その2

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 正はまず、問題全体を見通した。六時間という長丁場。無駄な焦りは禁物。確かな冷静さを持ち合わせれば、必ず合格する。正は何度も自分に言い聞かせた。

 最初に解いたのは、得意の数学だった。フーリエ級数に関する簡易な計算問題を解き終え、論証の問題を3つ、最後に、作用素を用いた暗号の解読という具合だった。暗号は、ハッカーを想定したもので、非常に難易度の高い問題だった。しかしながら、正は、お得意のゲーム感覚を生かし、簡単に答えを導いた。

 次に着手したのは、英語だった。ひたすら長文を読み、答えを見つける作業の繰り返しなので、論文を読みなれた正にとっては、何も問題にならなかった。

 数学、英語を乗り切った正は、理科も難なく突破し、最後の小論文へ突入した。テーマはやはりロボットだった。ロボットが自らの判断で殺人を行うことの可否について述べよ、という課題。正は、次のように持論を展開し始めた。

 従来のロボット三原則によれば、特段の理由もなく、即ち、人の命令がない状況において、人を傷つけることは認められない。しかしながら、この三原則は現代にそぐわない。先の第三次世界大戦により、世界人口は、おおよそ三分の一減少した。本国の開発したスーパーコンピューターによれば、これは、人命に関する倫理的考察を逸脱しても良い結果、ということ。すなわち、無能な人間を野放しにすれば、地球の崩壊は早まる。四十億もの人口を一気に消し去れば、環境の悪化を食い止め、更には、改善の余地を見出すことが出来る。四十六億年とその未来を考えれば、これも立派な命のリレーである。残念ながら、こうした決断を下すのはロボットの方が上手である。歴史上、最も凶悪と言われたA国大統領ですら、最後まで核兵器の使用を認めなかった。自分の命が危なくなった時、初めて人を殺める。中途半端な理性に制御されているために起こる、一種のエラー。コンピューターの電子回路にこういったエラーは見受けられない。しかしながら、どれほど優秀なコンピューターであっても、それを制御するのは人である。人はコンピューターに自由を与える。コンピューターは演算を繰り返す中で、我々地球人に最適なルートを示してくれる。もはや、犠牲という言葉が妥当かどうか分からない。しかしながら、全ての命を同価値と見なしたいのであれば、そうなのだろう。いずれにしても、コンピューターの裁量で殺人が行われる社会は、妥当である。とどのつまり、人が死刑執行の命令書を作るのと何ら変わらないことである。人とコンピューターは同等、あるいは、コンピューターの方が優れている。人とコンピューターの共生を掲げる未来社会において、その為すべきこともまた、区別は存在しないのではないだろうか……。


 書き終えた頃には、全ての指が疲弊していた。お疲れ様、と自分に声をかけ、一度深呼吸をした。周囲を見回したところ、解答用紙を提出した受験生は、未だにいないようだった。一通りの確認を終えると、そのまま立ち上がり、あの、中央に陣取っているロボットのところまで歩いた。
「解答用紙を受理しました」
 ロボットは言った。正はそのまま講堂を後にした。試験時間は、未だ二時間も残っていた。
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