Melting Dead 最弱の科学者が紡ぐ世界

tartan321

文字の大きさ
上 下
4 / 16

2081年 12月31日 その1

しおりを挟む
 伊能正は、高校最後の冬休みを全て、勉強に費やしていた。去年、一昨年はと言うと、コタツにこもって漫画を読むといった具合だった。不運にも男子校通いが長いため、年頃の恋話は縁遠かった。しかしながら、今年だけは勝手が違う。どれほど嘆いても無駄。著しく少子化の進んだ社会。親の操り人形となった子供達は、節目の度、ただ黙々と受験勉強に励む日々を送ることになる。


 正は元々、大の勉強嫌いで、風来坊だった。中学の頃は、家出と称して、日本全国を訪ね歩いた。東京を離れれば、どこも同じく一面緑。過度な一極集中のおかげで、地方の自然は、見事に生き返った。正は、草木の息吹、鳥のさえずり、虫の音色を求めに旅をした。案内役をかって出るのは、空、太陽、星のどれかであり、正は時折、彼らと対話した。

「今晩の夜会はどんな感じだい?」
「とっておきの演目があるの。シベリウスなんてどうかしら?演奏家たちはすでに揃っているわ。あとはあなただけよ。さあ、森の木立を抜けて行きましょう」
「僕が指揮していいの?」
「あなた以外、他にはいないでしょう」

 正は、勢いよく木立を駆け下りた。閉ざされた視界が一気に開けると、そこは一面、まるでサッカー場のように手入れの行き届いた草原だった。正はその場に立ち尽くしてしまった。身体が言うことを聞くようになって、
「これも君たちの仕業かい」
 と問いかけた。
「さあ、どうでしょう」
 星は答えた。
「そんなことより早く始めましょうよ」
「………………まあ、そうだな」

 正は一晩中、演奏会に興じた。人差し指を天に立てて、拍子を刻む。月、星、草木、そして虫のみんなが正を中心として音を奏で始めた。正はうっすらと目をつぶる。皆それぞれ音は違えど、大した問題ではない。こうして人を愉しませてくれる。指揮者たる人間が偉いのではない。正も、自然の奏でるハーモニーに新たな音を加えていく。そう、みんな、宇宙を作る仲間なのだから。

 正の奏でるメロディーを受け入れてくれるのは彼らだけ。だから思いっきり歌うことが出来る。星々は正を、普遍のアルト、と呼ぶ。

 「今日は僕のバースデーソングを歌います」
 「あら、今日が誕生日なの?」
 「ええ、正確に言うと、毎日が誕生日なのです」
 「まあ、可笑しい!」
 一同笑いの渦に飲み込まれてしまう。しかしながら、正の歌を耳にすると、その笑いはいつしか、悠久の天の川へ変わっていく。

            授けられた命を
            僕は受け入れた
            旅の果てはどこ
            一筋の光と涙
            神様に導かれ
            夜をあゆむ

            

            尊さを思い出し
            気付けば終わり
            消えゆく魂よ
            その光に救いを
            もとめたい
            お赦し下さい



            星の汽車が
            汽笛を響かす
            片隅に身を置き
            天の川を渡る
            涙はとっくに
            涸れはてた

            




     決して夢絵巻ではない。それは遥か遠くの近い記憶である。



            のはずなのだが……。

「正! 正はいないか?」
 そう大声を上げて教室に飛び込んできたのは、担任の相川だった。今年で70とは思えない迫力。本当に元気だと思う。
「はいはい。何ですか」
 だるそうに返事を返す。
「何ですか、じゃないだろう。何だこの成績は?」
 この前に受けた模試のことを言っているのだろうか。自分なりには良く出来た気がしていたんだけど。そんなに怒らなくてもいいじゃん。

 相川は、正の成績表を勢いよく、机に叩きつけた。
「穴が開くまで見ろ!」
 はいはい、その短気な性格をブラックホールにでも突っ込みたいですよ。

 正は言われた通り、穴が開くほどじっくりと成績表を眺めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。

タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。

夜空に瞬く星に向かって

松由 実行
SF
 地球人が星間航行を手に入れて数百年。地球は否も応も無く、汎銀河戦争に巻き込まれていた。しかしそれは地球政府とその軍隊の話だ。銀河を股にかけて活躍する民間の船乗り達にはそんなことは関係ない。金を払ってくれるなら、非同盟国にだって荷物を運ぶ。しかし時にはヤバイ仕事が転がり込むこともある。  船を失くした地球人パイロット、マサシに怪しげな依頼が舞い込む。「私たちの星を救って欲しい。」  従軍経験も無ければ、ウデに覚えも無い、誰かから頼られるような英雄的行動をした覚えも無い。そもそも今、自分の船さえ無い。あまりに胡散臭い話だったが、報酬額に釣られてついついその話に乗ってしまった・・・ 第一章 危険に見合った報酬 第二章 インターミッション ~ Dancing with Moonlight 第三章 キュメルニア・ローレライ (Cjumelneer Loreley) 第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues) 第五章 インターミッション ~ミスラのだいぼうけん 第六章 泥沼のプリンセス ※本作品は「小説家になろう」にも投稿しております。

銀河英雄戦艦アトランテスノヴァ

マサノブ
SF
日本が地球の盟主となった世界に 宇宙から強力な侵略者が攻めてきた、 此は一隻の宇宙戦艦がやがて銀河の英雄戦艦と 呼ばれる迄の奇跡の物語である。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スペースランナー

晴間あお
SF
電子レンジで異世界転移したけどそこはファンタジーではなくSF世界で出会った美少女は借金まみれだった。 <掲載情報> この作品は 『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n5141gh/)』 『アルファポリス(https://www.alphapolis.co.jp/novel/29807204/318383609)』 『エブリスタ(https://estar.jp/novels/25657313)』 『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054898475017)』 に掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

処理中です...