Melting Dead 最弱の科学者が紡ぐ世界

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手記 中編

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 記憶をさかのぼることが出来るのは、精々2080年くらいが限度である。確か、巷では七夕を愉しむ若者たちで賑わっていたと思う。恋というロマンチックな異世界に身を委ねることが出来る。

 少なくとも、今のように、毎晩血の雨を浴びることはなかった気がする。まあ、そんなことはどちらでも構わない。結局のところ、嘘をつかないのは、金だけ。だから、金儲けに走る。至ってシンプル。僕は、なにも自慢することではないと思うが、人殺しの素質があるようだ。それというのも、業界の古い知り合いは、大抵、フィジカル、あるいはメンタルを滅ぼしている。金になるのにどうしてやめるんだ、と尋ねると、彼らは決まって僕のことを哀れな目で見る。まるで、化け物を見るかのよう。確かに普通じゃないか。人の嘆きが、その赤に染まった肢体が単なる金にしか映らないのだから。

 花形の研究員にしては、随分とボロい住まいだった。都心の一軒家と言えば、聞こえがいいかもしれない。しかしながら、廃墟と言って、当たらずとも遠からず。小庭の草木は存分に生え渡り、人を寄せ付けない。人間にして人間に非ざるを匿っているよう。

 やっとの思いで玄関に辿り着く。呼び鈴を鳴らしても、チャイムの音だけが無造作に響く。未だ家に帰っていないのか、それとも、居留守をしているのか。
 辺りを見回す。似たような家屋が数軒ある。いずれも人の気配を感じない。たかだか、幹線から一本奥に入っただけである。この一区画だけ、神のみが知る世界ということなのだろう。



 ピィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
 ピィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
 ピィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
 ピィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


 突如発せられた警笛のような音。
 私は咄嗟に拳銃を宙に向けた。直感的に発信者は近くのビル屋上にいると感じた。実際、その通りだった。屋上に男の影。身長は私と同じくらいの中年。やや小太り。私の視線を感じたのか、男は素早く屋上から姿を消した。
 同業者だと私は確信した。単なる遊びの人間であれば、私のことなんか気にかけない。たまたま私と拳銃が視界に入ったとしたならば、大声をあげてその場に立ち尽くすだろう。男は至って冷静だった。
  
 追いかける必要があったのだろうか?恐らくなかっただろう。しかしながら、殺し屋の性とでも言えばいいのだろうか。完全に抹殺すべき人間とみた。いつか脅威になる。男を消さなければならない。強者だ。

 私は本来の目的を忘れ奔走した。まだ屋上にいる。弾は6発。5発で仕留めなければならない。最悪、ナイフを使って仕留めるという手もあるが、非常に手間がかかる。あくまでもターゲットの抹殺が目的なのだから、時間はかけられない。しかしながら、非常に美味しい狩である。

 腐りかかった扉を勢いよく開け放つと、屋上へ繋がる階段を発見。一目散に登ってもいいのだが、急いては事を仕損じる。男の罠かもしれない。他に登る手段がないことを確認。男が登った経路ならば問題はない。私は慎重に登った。足音が妙に響く。下手すればこのまま真っ逆さま。しかしながら、一度駆け出せば止まれない。運命が加速する。生と死の紙一重。どちらになってもきっと大満足だろう。金ではない。好奇心とスリルだ。叫びたくなる。きっと笑っているのだろう。これは勝負だ。

 男はいないか。男は……。私は血眼になって探した。引き金を引く準備は出来ている。いつでも大丈夫だ。殺し屋の隠れそうな場所といえば……。私は自分がこのフィールド上で居心地のいい場所を探した。敵に見つかることなく、確実に暗殺を遂行できる場所。それって結構限られている。








 私はこの時初めて、得体の知れない恐怖を薄っすらと覚えた。
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