アポクリファの黄昏

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第一章

命の選別 その2

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「あなたの言うとおり、本心から戦争を望む人間なんていませんよ。面白いのは、国という大きな箱物が誕生した時、人々は比較と差別を憶える。つまり、他の民族よりも優れていることを望むんです。私も、そんな箱物の人間として、今、その役目を終えようとしているわけですが……」

 終えようとする。
 個人で決められることなのか?
 そんなことはない。あの意地悪な神様が決めることだろう。

「何か変だ……そうお思いなのですね?」
「……終えなくていいじゃないですか?」
「どうして?」
「あなたは人間なのですから……。人間っていうのは神様がもういいよって言うまで生きるのが仕事なのでしょう?」
「だとすれば、私は天国に行けるわけだ……。数多の人間を殺戮した過去が全て清算されて……」

 そこまでして殺人を肯定したいのか?
 ならばいっそ、この場で私を殺せばいいじゃないか!市民だろうと軍人だろうと関係ないさ!

「ならば私を殺すことだってできるんですか?」
 西洋人は備え付けのピストルを見せびらかした。銃口を私の頭にぴたりと宛てた。
「あなたが軍人だとしたら……このまま引き金を引くでしょうね……」
 しかしながら西洋人は銃を上手く支えることができない。銃口が大いにふらついている。どこか大きな筋肉を傷つけたのだろう。これでは私を殺すことなどできないじゃないか。
「あなたは一般市民だから殺す理由がない」
「軍人と市民の違いって何ですか?」
「国に守られた人間か、国に見捨てられた人間、とでもいったところでしょうか?」

 なるほど。いい例えだ。すると、私はわけもなく無惨に守られているわけだ。国のために戦った西洋人は無惨に見捨てられるわけだ……。

「これまで何人も殺してきました。酷いときは村ごと……。あなたのような、善良な市民もたくさん死んだでしょう。戦いを終わらせるには……一番手っ取り早いわけです……」

「そんな都合いいわけないだろう!」
 私は無性にこの西洋人を殴りたくなった。非常に理性的で誰もが考えることである。一切の反論を許さないほどに。そんなことくらい、分かっている。

 わけもなく涙が溢れ出した。どこか遠くの世界で人間が……私の同胞たちが死んでいく。私は……何もしないで生きている……。
「人を殺しておいて……そんな……」
「そうしないと私の命が無くなるんだ。やられる前に攻撃しないと。あなたも同じですよ」
 西洋人は苦笑いを浮かべて、
「あぁ……しかし、本当に綺麗な空だ」
 と、天を見上げながら言った。
「間もなく本土総攻撃が始まる。あなたはこのまま何事もなかったかのように生き続けるか、あるいは、戦禍に巻き込まれて、国土の灰になるか……どちらかです」
 西洋人は自分の命が長くはもたないことを悟っているようだった。毅然と戦争論を唱えるのは軍人気質から来るものなのか、それとも……?
「最も、理想という揺り籠で育ったあなたには分からないことだと思いますがね」

 西洋人は言いたいことを全て言い尽くしたようで満足げだった。しばらくすると、静かに目を閉じた。
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