アポクリファの黄昏

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第一章

遠いふるさと その1

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 確かに私は何も知らない子供だった。このまま何も変わらないことを望んでいる。しかしながら、時の流れがそれを許してくれない。父のように熱狂的な愛国者をことはできる。きっと、誰もができることだ。西洋人のように軍人になることも……きっと可能だ。ただし、積極的になろうとは思わない。

「私は軍に入りません」
 志願制度ができたころ、父はいち早く私を入隊させようと考えた。私は一目散に拒否した。
「どうして軍に入らないんだ?貴様は非国民か?」
 恐らく、父の怒りがマックスに達した瞬間だった。ちゃぶ台をそっくりひっくり返して、皿を投げつけた。おかげで頬に傷ができた。しかしながら、あまりに呆れて、気力が完全に吸い取られてしまったのか、拳骨を食らうことはなかった。
「あぁ……鈴木さんの長男は志願しなかったんだ……なんて陰口をたたかれて……全く…どこで間違えたんだろうなぁ……」
「誰も間違っていませんよ」
「あぁ……何とでも言え……」
 父はその日と翌日、寝床から一度も起き上がらなかった。

 死ぬことを恐れてはいない。死に場所は碁石浜と決めている。今すぐここで命果てるとするならば何も思い残すことはない。西洋人の言う通り、国土の灰になるだけのことだ。しかしながら、何処か得体のしれない国の奥地で戦死することを考えると、なんとなくぞっとする。私という存在が完全に消えてしまうことが怖い。それだけは避けなければならない。

 碁石浜の青空に戦闘機の一団がやってくるのだとすれば上出来だ。死ぬ前に石ころでもぶん投げてやる。これは戦争ではない。私の魂である浜辺を汚した報復である……。

 
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