婚約破棄のその先に

tartan321

文字の大きさ
上 下
1 / 1

夜汽車

しおりを挟む
 無数の儚い星々を列車は忙しく運んでいた。間もなく終点……旅の終わりを告げるアナウンスが車内に響きわたった。はあっ、とため息を一つついてみる。明日からまた働かなければならない。私の仕事は無数の星を生産すること。誰の目も届かない闇夜の中に美しい鶴の声を響かせてみる。

「よう、今日も盛っているね!」

 目をぱっと見開いて、旅人が通り過ぎていく。どうせならお金を恵んでもらうとありがたいんだけど……。

「あなたとの婚約を破棄します!」

 最近よくある小説ネタ……ではなく、私の隣に座っている茶髪ギラギラな非処女(と解釈)がその隣に座っている男に向かって放った言葉である。

「そんな、どうして?」

 よく見るといい男である。勿論、金づるとしてね。私だって、あなたの隣人ほどではないけれど、今ここで脱げば、そりゃ、童貞をついさっき卒業したばかりの君には刺激が強いかな?

「どうしてもこうしても、あなたと一緒にいたってつまらないから!」

 なんとなく分かる。彼は、きっとそういうタイプだ。大体、最初からお似合いじゃないんだよ。処女をあげまくっている女の子と宝物を守る騎士見習いの恋なんて、叶うはずがない。

「何が不満なんだ?」

 今度は男の子が怒り出した。でもね、勝敗は最初から分かっている。

「うるさいんだったら!」

 女の子が男の子の頬を平手打ちしてノックアウト。女の子は男の子の財布を抜き取って、金を巻き上げていった。

 こういうシチュエーションは燃える。無一文になった男の子から、更に搾り取るという……あっ、私悪女だ。

 とりあえず、アプローチしてみよう。

「すみません!」

「はいっ?」

 女の子がいなくなったことで生まれた空間をなんとか埋めてみた。

「ああっ、少し酔っちゃったみたいなんですぅっ……よかったら泊めてもらえませんか?」

 因みに、この車内には二人しかいない。オブザーバーや審判の一切いない密室である。だから……。

「止めてくださいったら!」

「あれっ?でも君のココは素直だよぉ…………」

 こんなことして楽しむなんて、やっぱり問題かしら?どのみち最初から終わった人生なのだから、とことん楽しんだって悪くないでしょう?これが私のやり方なの。













「ほらっ、ハンカチ……」

「へえっ?」

 列車はとっくに終着を過ぎていた。私は慌てて列車から飛び降りようとした。

「危ないですよ!」

 男の子が必死に私を止めた。分かっている。このまま飛び下りたら、本当に終わってしまう。でも引き返さないと、明日が終わってしまう。

「ほら、これで顔を拭いてください……」

 白く曇った鏡に浮かび上がった私の顔は遠い空を見ていた。瞳には満点の星空が悲しく映っていた。

「ありがとう……」

 私はハンカチを受け取り、顔を拭いた。

「この列車、どこまで行くんでしょうね?」

 男の子は問うた。

「知らない」

 私は答えてみた。

「そうですね。分かるはずないか……」

 男の子は私の方にちらっと視線を向けた。

「でも、とりあえず明日に向かっているみたいですね……」

 男の子の頬から血が滲んでいた。女の子の平手打ちは随分と強烈だったようだ。

「これ、使えば?」

 私は男の子が渡してくれたハンカチを返そうとした。

「これを?あなたが使ったので拭けというんですか?」

 男の子はぷすっと笑った。

「ああっ、ごめん……」

 私は相当無神経だった。

「いや、いいんですよ。ああっ、久しぶりに心の底から笑った気がした」

 男の子は私の手からハンカチをとった。

「あなたの……涙の味がする……」

 男の子は一つずつ、私の雫を指にのせて楽しんでいるようだった。

「少しヒリヒリするけれど、おかげで治りました。ありがとうございます」

 そう言って、男の子は列車の外に出ようとした。

「ちょっと!」

 私は男の子の手を無理やり引っ張った。

「これでもういいんです。婚約は1回までと決まっているのですから……」

「誰がそんなこと決めたのさ!」

「私は騎士見習いですから……」

「死ぬことはないでしょう!」

「死んだも同然なんです……」

 男の子は私の元を本気で離れようとした。



 ならば



 決まっている



 次の列車がやってくるまで、何十年、何百年かかるのか、私には分からない。一度レールを外れてしまえば、一生闇夜の中を彷徨うのかもしれない。それでも私は生き続ける。

「本当に、君はバカな人だ」

 だって、バカになる覚悟が出来ちゃったから。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

処理中です...