2 / 4
忘れた記憶、忘れられない記憶
(1)
しおりを挟む
朝焼けが、美しい。
トラブルで深夜までかかった残業を終えて、一度自宅のマンションに帰りシャワーを浴びてから朝イチの電車に乗って出勤。目覚ましのブラックコーヒーを社内の自動販売機で買ってビルの屋上で、飲む。先週も似たような朝を迎えたような気がしたが、さほど記憶には残っていない。
国内大手のキッチン用品メーカーであるここ「Handy Studio」の本社。そのビルの屋上で、この日も優美に朝焼けに染まっていく空を眺めていた。
コーヒーが苦くて美味しくて。少しだけ疲れていて見える景色が違う。あの日と、今の自分の違っているのは、『それくらい』だろうか。彼女は今頃どうしているだろう。どんな大人になったかな。甘酸っぱい青春の1ページになる筈だったあの頃の自分の思い出。彼女が私に見せた最後の言葉は、そんな私の意識を粉々に粉砕した。別段嫌悪感にまみれた訳じゃない。ただ、ただ———。
「よっ!」と言う明るい声が聞こえたのと、ドン、という衝撃が身体に当たったのは同時だった。驚いて振り返ると、同僚の松柳里奈こと里奈が、笑顔ですぐ横に立っていた。彼女は私と同じ商品企画課のメンバーで、ひとつ年上のチームリーダーである。前髪が大きく上から右下に流れる綺麗な黒髪のそれを、彼女はよく後ろへとかき上げる。美しい彼女の顔立ちは本社内では有名で、よく男性社員に食事に誘われているのを見かけるが、その度に断っている、と噂に聞く。メイクも着るものにも気合や女子力を感じるのに、どうしてか彼氏を作ろうという気配を感じない。ひとつとは言え年下の私が、その理由を聞くのも失礼かと思い、その件を訊いたことはないが。少し気になるところではあった。
「おはよ!悠佑、昨日また残業したでしょ」
彼女はため息を吐くと、そう責めるように私に尋ねた。
「ちょいミスしててな…」
そう答えるも、彼女は既に何か知っている様な口調で言った。
「どうせ瀬畑君……でしょ?」
瀬畑とは、同じ商品企画課のメンバー内のドンケツである。熱意だけは買うが、いつも何かしらミスをしては他のメンバーに叱責を喰らう男性社員だった。今回も、また。
20代と30代の顧客モニター向けに実施した商品の使い心地についての感想データ。それを資料化したものを今日の会議で発表する為、彼に整理するよう別の同僚である彼の先輩社員がメモリーを手渡していたが。何をどうやったらそうなるのか。深夜2時過ぎになった頃、マンションの自宅寝室で寝ていた私は、駒崎莉緒という穏やかで何かと日頃から彼にアドバイスしているらしい女性社員から連絡を貰って起こされて。連絡によると、どうやらデータを紛失したという。日中、同僚や上司から渡された残業をこなし、つい深夜1時頃まで掛かって終えた頃、肝心のデータが入ったメモリーを紛失したことに気づいたとか。半ばパニックになった彼から連絡が来て、その連絡を受けた彼女から私にLINEで連絡が来たというわけである。急いで深夜2時半過ぎに会社に戻ると、駒崎は顔面蒼白な顔をし、瀬畑同様にパニックになりかけていた。
「先輩!どうしましょう…!完成したデータはともかく、あのメモリースティックには顧客の個人情報もまるごと入ってたみたいで…!」
トラブルで深夜までかかった残業を終えて、一度自宅のマンションに帰りシャワーを浴びてから朝イチの電車に乗って出勤。目覚ましのブラックコーヒーを社内の自動販売機で買ってビルの屋上で、飲む。先週も似たような朝を迎えたような気がしたが、さほど記憶には残っていない。
国内大手のキッチン用品メーカーであるここ「Handy Studio」の本社。そのビルの屋上で、この日も優美に朝焼けに染まっていく空を眺めていた。
コーヒーが苦くて美味しくて。少しだけ疲れていて見える景色が違う。あの日と、今の自分の違っているのは、『それくらい』だろうか。彼女は今頃どうしているだろう。どんな大人になったかな。甘酸っぱい青春の1ページになる筈だったあの頃の自分の思い出。彼女が私に見せた最後の言葉は、そんな私の意識を粉々に粉砕した。別段嫌悪感にまみれた訳じゃない。ただ、ただ———。
「よっ!」と言う明るい声が聞こえたのと、ドン、という衝撃が身体に当たったのは同時だった。驚いて振り返ると、同僚の松柳里奈こと里奈が、笑顔ですぐ横に立っていた。彼女は私と同じ商品企画課のメンバーで、ひとつ年上のチームリーダーである。前髪が大きく上から右下に流れる綺麗な黒髪のそれを、彼女はよく後ろへとかき上げる。美しい彼女の顔立ちは本社内では有名で、よく男性社員に食事に誘われているのを見かけるが、その度に断っている、と噂に聞く。メイクも着るものにも気合や女子力を感じるのに、どうしてか彼氏を作ろうという気配を感じない。ひとつとは言え年下の私が、その理由を聞くのも失礼かと思い、その件を訊いたことはないが。少し気になるところではあった。
「おはよ!悠佑、昨日また残業したでしょ」
彼女はため息を吐くと、そう責めるように私に尋ねた。
「ちょいミスしててな…」
そう答えるも、彼女は既に何か知っている様な口調で言った。
「どうせ瀬畑君……でしょ?」
瀬畑とは、同じ商品企画課のメンバー内のドンケツである。熱意だけは買うが、いつも何かしらミスをしては他のメンバーに叱責を喰らう男性社員だった。今回も、また。
20代と30代の顧客モニター向けに実施した商品の使い心地についての感想データ。それを資料化したものを今日の会議で発表する為、彼に整理するよう別の同僚である彼の先輩社員がメモリーを手渡していたが。何をどうやったらそうなるのか。深夜2時過ぎになった頃、マンションの自宅寝室で寝ていた私は、駒崎莉緒という穏やかで何かと日頃から彼にアドバイスしているらしい女性社員から連絡を貰って起こされて。連絡によると、どうやらデータを紛失したという。日中、同僚や上司から渡された残業をこなし、つい深夜1時頃まで掛かって終えた頃、肝心のデータが入ったメモリーを紛失したことに気づいたとか。半ばパニックになった彼から連絡が来て、その連絡を受けた彼女から私にLINEで連絡が来たというわけである。急いで深夜2時半過ぎに会社に戻ると、駒崎は顔面蒼白な顔をし、瀬畑同様にパニックになりかけていた。
「先輩!どうしましょう…!完成したデータはともかく、あのメモリースティックには顧客の個人情報もまるごと入ってたみたいで…!」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
カラダから、はじまる。
佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある……
そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう……
わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。
※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ねこの戸籍
沼津平成
現代文学
路地裏にある野良猫の群れ。そのなかでカニカンは数少ないのご主人様がいる猫。カニカンとその仲間たちの愉快な冒険は、語らないと損をしてしまうようで、くすぐったいのです。新時代の現代ネコ文学、待望の作品化。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる