あなたを忘れたい

さりゅん

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忘れた記憶、忘れられない記憶

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 朝焼けが、美しい。

 トラブルで深夜までかかった残業を終えて、一度自宅のマンションに帰りシャワーを浴びてから朝イチの電車に乗って出勤。目覚ましのブラックコーヒーを社内の自動販売機で買ってビルの屋上で、飲む。先週も似たような朝を迎えたような気がしたが、さほど記憶には残っていない。
 国内大手のキッチン用品メーカーであるここ「Handyハンディ Studioスタジオ」の本社。そのビルの屋上で、この日も優美に朝焼けに染まっていく空を眺めていた。
 コーヒーが苦くて美味しくて。少しだけ疲れていて見える景色が違う。あの日と、今の自分の違っているのは、『それくらい』だろうか。彼女は今頃どうしているだろう。どんな大人になったかな。甘酸っぱい青春の1ページになる筈だったあの頃の自分の思い出。彼女が私に見せた最後の言葉は、そんな私の意識を粉々に粉砕した。別段嫌悪感にまみれた訳じゃない。ただ、ただ———。
 「よっ!」と言う明るい声が聞こえたのと、ドン、という衝撃が身体に当たったのは同時だった。驚いて振り返ると、同僚の松柳まつやなぎ里奈りなこと里奈が、笑顔ですぐ横に立っていた。彼女は私と同じ商品企画課のメンバーで、ひとつ年上のチームリーダーである。前髪が大きく上から右下に流れる綺麗な黒髪のそれを、彼女はよく後ろへとかき上げる。美しい彼女の顔立ちは本社内では有名で、よく男性社員に食事に誘われているのを見かけるが、その度に断っている、と噂に聞く。メイクも着るものにも気合や女子力を感じるのに、どうしてか彼氏を作ろうという気配を感じない。ひとつとは言え年下の私が、その理由を聞くのも失礼かと思い、その件を訊いたことはないが。少し気になるところではあった。
「おはよ!悠佑、昨日また残業したでしょ」
彼女はため息を吐くと、そう責めるように私に尋ねた。
「ちょいミスしててな…」
そう答えるも、彼女は既に何か知っている様な口調で言った。
「どうせ瀬畑君……でしょ?」
瀬畑とは、同じ商品企画課のメンバー内のドンケツである。熱意だけは買うが、いつも何かしらミスをしては他のメンバーに叱責を喰らう男性社員だった。今回も、また。
 20代と30代の顧客モニター向けに実施した商品の使い心地についての感想データ。それを資料化したものを今日の会議で発表する為、彼に整理するよう別の同僚である彼の先輩社員がメモリーを手渡していたが。何をどうやったらそうなるのか。深夜2時過ぎになった頃、マンションの自宅寝室で寝ていた私は、駒崎こまざき莉緒りおという穏やかで何かと日頃から彼にアドバイスしているらしい女性社員から連絡を貰って起こされて。連絡によると、どうやらデータを紛失したという。日中、同僚や上司から渡された残業をこなし、つい深夜1時頃まで掛かって終えた頃、肝心のデータが入ったメモリーを紛失したことに気づいたとか。半ばパニックになった彼から連絡が来て、その連絡を受けた彼女から私にLINEで連絡が来たというわけである。急いで深夜2時半過ぎに会社に戻ると、駒崎は顔面蒼白な顔をし、瀬畑同様にパニックになりかけていた。
「先輩!どうしましょう…!完成したデータはともかく、あのメモリースティックには顧客の個人情報もまるごと入ってたみたいで…!」
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