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番外編03 絡みはじめる

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 師藤家のリビングはやはり広く、大画面テレビの前にローテーブル。ダイニングを背にL字のソファが並べられてある。

 そこに真凛がちょこんと行儀良く座っており、離れて隅に涼介。
 拓真はというと、

「こんちは、真凛ちゃん久しぶり!」
「お久しぶりです拓真さん」

 会釈する真凛に笑顔を向けつつ、涼介の隣にあぐらを掻いて座る。

「ちょっと拓真、人んちのソファでいきなり――」
「いやだって、こっちのほうが落ち着くじゃん。大丈夫、練習終わってもちろんシャワーも浴びてるし」
「そりゃそうだろうけど――」

 前に住んでいたアパートなら気にしなかったけれど、まだ真南可ですらくつろげていない新居の、高そうなソファなのだ。
 しかし、家主の子である涼介はまったく気に留めず、

「別に構わないんじゃない? 土足ならさすがに怒るけど」
「そりゃそうだよな、いやこれでも俺、緊張してるんだぜ?」
「見えませんね」
「よく言われる。つーか、涼介くんも全然緊張してないっぽいな」
「いいえ。姉さんの恋人がどんな人か心配で、いちおう緊張してるんですよ、これでも」

 バツの悪そうな顔で苦笑する涼介。

(いやだから、本当に誰……!?)

 家族には見せたことのないリアクションに、いちいち驚愕してしまう。

「おー。『姉さん』の恋人は、敵?」
「まさか。姉さんを傷つけない人ならいいんじゃないですか」
「言うねぇ。涼介くんは……あ。やっぱさ。オレ、堅苦しいのとか苦手で。涼介って呼んでもいい?」
「いいですよ」

 当初の心配は何だったのか。
 図々しいけれど持ち前の愛嬌で許されてしまう拓真と、その圧にも怯まず応じる物腰の柔らかな涼介――。
 異常なほどに話が弾んでいる。

「じゃあ俺も、拓真さんのこと『兄さん』って呼んでいいですか?」
「うぉ。ガチ?」

 むしろ拓真がたじろぐほどに。

「どう思う、真南可?」
「ど、どうって――」
「んじゃ決定。いいよ、今日からオレが兄貴ってことで」
「ちょ、ちょっと拓真!?」
「オレが長男で、その下が真南可で……涼介、真凛ちゃん。四兄妹だな!」
「そうっすね。……あれ? 姉さん、なに赤くなってるの?」
「なッ――!?」

 拓真と涼介がニヤニヤとこっちを振り返ってくる。
 もう真南可はパニックで頭がうまく回らない。逃げるように目線を横にやると――真凛も、

「~~~~……っ!?」

 目をぱちくりさせて、じつに珍しいことに動揺している。それだけ涼介の豹変ぷりが驚異だということだ。

「早く座れよ。ゲームするんだろ?」

 拓真に促されてギクシャクしながらソファに座り、セッティングして置いたテレビゲームを起動させる。
 けっきょく並び順は、ソファの長辺の右から涼介、拓真、真南可、横のソファに真凛となった。


 結論から言うと、大いに盛り上がった。
 おもに遊びにも真剣な拓真のおかげだったので、彼を呼んだのは正解だったろう。そのテンションを自然とフォローする涼介は、いい対戦相手になっていた。

 真凛は最低限しか会話に加わらないが――妹は、つまらないときや嫌なときには一切遠慮せずに席を立つタイプなので、少なくともこの時間を楽しんではいるようだ。

 そんな空気に当てられて、いつの間にか真南可も心配事や違和感など忘れてゲームに熱中していた。

 4人がそれぞれ操作するキャラは、互いを場外に落とすべく画面の中で暴れまわっている。最初に脱落するのはたいてい真南可だった。ゲームはそんなに得意じゃない。楽しいけれど。

 そして拓真と涼介がいい勝負を繰り広げる。

「うっわ、ガチか!? そこで来る!?」
「残念。兄さんも脱落っすね」
「くっそ~」

 悔しがる拓真の向こうに、勝ち誇った涼介の横顔。――彼の楽しそうな姿を見るのは悪い気分じゃなかった。

「まだラスボスが残ってるけどね」

 涼介の視線はまだテレビに注がれたままだ。

「いけ真凛ちゃん! 涼介を倒せ!」

 3人が乱闘を繰り広げていたあいだにも、真凛は自分のキャラクターをしれっと生存させていた。

「――もちろんです。ぽっと出には負けません」

 至極冷静に、もはや冷徹とすらいえる無表情で画面を見つめる真凛。コントローラーを操る小さな手は、迷いなどまったく見せない滑らかさで動く。

「2人とも上手すぎだろ、これじゃさっさと退場した真南可が可哀想じゃん」
「拓真ぁ~」
「にひひ。事実じゃん」

 ニカっと笑う拓真に恨めしげな視線を向ける。
 でも胸の中では、

(……やっぱ、拓真に来てもらって良かった)

 頼りがいのある恋人への思いをさらに募らせていた。
 彼はまた画面に顔を戻してしまうが、真南可は横目で盗み見つづけていた。

(どうしよう、やばい……)

 なんだか急に、身体をすり寄らせたい衝動に駆られる。左右には真凛と涼介がいるのだからそんなことはできないけれど……でもできないと分かると、なおさら感情がたかぶってくる。

 彼に触れたい。彼ともっと近づきたい。
 気持ちが溢れて、つい真南可は指を伸ばした。

 ソファで隣に座る拓真の、その長くてゴツゴツした指に自分を絡ませる。

「――――」
「…………」

 気づいた拓真がピクッと反応するが、顔にも声にも出さないでいてくれたのが嬉しい。

 2人の死角。自分たちだけの空間で。
 指と指をもつれ合わせ、真南可は拓真と交わった。節くれ立った男の子の指で求められるのは、なんとも甘美な感覚だった。

 汗が出る。血液が沸騰するようだ。表情を取り繕うのに苦労して胸がバクバク鳴っているけれど――いつまでも終わらないで欲しい、濃密な時間。

 しかし、

「――はい、勝った」

 白熱していた2人の対戦は、最後はあっさりと涼介が勝利した。
 真凛はそこで本当に悔しそうに顔を歪めて、

「貴方なんかに負けるのは、屈辱です……!」
「じゃあもう1回やる? いいよ、挑戦なら受けて立ってあげるよ。1対1のほうがいい? ハンデ設定しようか」
「舐めないでください、貴方なんかより拓真さんのほうがずっと……! 今日は運気が貴方に向いているだけです!」
「運も実力のうち、か。ごめんね、強くて」
「~~~~ッ!?」

 こんなにムキになる妹は初めてで、なんだかちょっと可笑しかった。年相応なところがあるんだなと、妙に安心もした。

「――ってわけで、俺と真凛でやってもいい?」

 涼介がふいにこちらを向く。
 見られているわけではないのに、反射的にパッと繋いでいた手を解いた。指のあいだも手のひらも、ジットリと汗ばんで火照っている。

「い、いいよ。私は1回パスするから」

 なるべく平静を装ったつもりだが、声には少し出てしまっていたかもしれない。

「そんじゃさ、真南可」

 拓真のほうがまだ上手うわてだ。さっきまで手と手で睦み合っていたなんておくびにも出さずに、

「オレら邪魔になりそうだしさ。――せっかくだし真南可の部屋、案内してよ」
「え」

 これは想定外だった。
 確かに今日の目的は、険悪な雰囲気だった涼介と真凛の仲を取り持つことだった。刺々しいが2人の会話もすっかり弾んでいるので、その意味では役目を終えたと言える。

 この・・涼介なら、真凛を任せても大丈夫そうだし――。

「でも……」

 今のこの気持ちで。
 昂揚して、ほのかに欲情すらしかけているこんな状態で、拓真を自室に招くなんて。

「――あ、姉さん」

 逡巡していると、涼介が見透かすような目で、

「見られたくないものでもある? 部屋が片付いてないとか」
「そ、そんなことないし!?」
「あー大丈夫。真南可が片づけ苦手なの、嫌と言うほど知ってるから」

 拓真も追い打ちをかけてくる。

「だ、だからぁ~……!」
「それなら問題ないか。いいよ、真凛のことは俺が面倒みてあげとくから。ゆっくりしてきたら?」
「「~~~~~っっ!?」」

 姉妹そろって感情をかき乱される。
 真凛はその挑発に乗ってさらに瞳を燃やしているし、自分は自分で混乱していた。

「だってさ。んじゃ行こうぜ真南可」

 さらりと言って立ち上がる拓真に押し負けて、けっきょく真南可もリビングをあとにすることになった。

(あー、もう、変。顔熱くなってるし……! 変な感じ、足下がフワフワする)

 文字どおり浮かれた気分。
 すでに涼介と真凛を氷解させている達成感と――そしてそんなきょうだいたちを置いて恋人と自室に向かおうとしている、ほの暗い背徳感のせいだろう。

 何だか今日は凄い日だ。
 まだまだいいことがたくさん起こりそうな予感のする日。
 真南可は火照った頬でうつむきながら、リビングのドアに手を掛け拓真を案内していった。 


 ――その背中に、涼介の静かな視線が注がれているとも知らずに。


 
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