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32 エピローグ~旅の終わりとこれからと~ ☆

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 ■ ■ ■

 これが夢だったらいいのに――

 幸野和樹はまぶしい水平線を遠くに眺めながら、ゆうべからずっと同じことを胸中でつぶやいていた。

 旅行は2日目。最終日だ。

 朝、ゆるゆると目覚めた一行は、朝食をとって宿をチェックアウトし、2度目の海水浴に繰り出していた。

 みんなは昨夜のうちに水着を室内干ししていたのでそれなりに乾いていたようだったが、和樹はそれどころではなく、だから今履いている水着もグッショリしていて気持ちが悪い。

 かといって、海に入る気分にもなれず、友人たちからは少し離れた浜辺の石段で、ボーっと皆がはしゃぐ姿を眺めているのだった。

「…………キリエ」

 友人たちとビーチボールに興じる幼馴染を見て、重いため息を吐く。

 昨日と同じく華やかな水着に身を包んだ彼女は、和樹とは対照的にとても明るい笑顔だ。

 キリエはどうやら、友人たちにも交際のことを打ち明けたらしい。
 ゆうべ、和樹が一人で布団にくるまっていたあいだに色々と経緯はあったらしいが――そのへんの事情も、呆然とした和樹の頭にはまったく入って来なかった。

 確かなことは。

 自分に惚れていると思っていた幼馴染は、別のクラスメイトと――よりにもよって、和樹とは正反対なタイプの男と付き合っているという事実。

「裏切り者……」

 八つ当たり以外の何でもない悪態をつく和樹の視界に、ふと白い影が舞い込んできた。

「――和樹くん」
「ひっ」

 思わず身を固くする和樹の隣に、〝悪夢〟が腰を下ろした。

「みんなと遊ばないの?」
「う、あ……」

 髪を下ろした愛花だ。
 昨日までの、どこか自信なさげな儚い表情はそこにはなく、今日の空にも負けないほどの晴れやかな顔。

 そして彼女は、今日は水着の上に白いパーカーを羽織って前を締め、ハーフパンツも履いている。まるで、和樹にもう肌は見せない、といった意思表示のように。

 けれど――

「…………っ!」
「あれ? どうしたの和樹くん。もしかして、また膨らんで来ちゃったの?」

 さらりと言ってのける愛花に、和樹はますます青ざめる。
 すると彼女はそっと耳打ちするように、

「……ねえ。ゆうべは何してたの? もしかして、1人で触って、気持ち良くなってたの?」
「あ、う……!」

 図星だった。
 情けない、悔しいと思いつつも和樹は、友人たちが盛り上がっている隣の部屋で、布団の中でマスターベーションに耽ってしまっていたのだ。

「ダメだよ」

 愛花は、世間話でもするような声音で、

「私のセックス想像するの、やめてね。勝手にそういうことしたら、許さないから」

 天使めいた微笑で釘を刺される。
 しかし、生理的反応は抑えられない。そして、愛花の〝相手〟は、あの友人たちの中にいるのだ――

「う、ううっ」
「……また興奮してるの? ふふ。その気持ちは、少し分かるよ」
「……っ?」
「うん、和樹くんには関係ない話」

 言って、愛花は視線を砂浜に向ける。

「そうだ。聞いた? 霧崎さんと師藤くんのこと」
「っ――」

 触れて欲しくない話題だった。が、愛花はむしろ喜々とした調子で、

「お似合いだよね。2人ともすごく幸せそうだったし」

 うっとりしたような声で囁くと、続けて、『真凛ちゃんにも早く見せてあげたいな』と、和樹の知らない名前を挙げて嬉しそうにしていた。

「霧崎さんも、変わったと思わない?」

 今日の愛花は饒舌だ。
 よほど上機嫌なのだろうか――和樹には、彼女が理解できない。

「きっと、セックスしたんだと思うな」
「なッ――!?」
「大好きな人と繋がるのって、すごく特別なことだから。女の子にとっては特に……ううん。きっと、男の子にとっても。あの2人は、そういう〝特別〟なんだと思うよ」
「あ、う、あ……!」

 その姿を想像してしまって、和樹の頭の中はグチャグチャにかき回される。と同時に、下腹部は和樹の意志とは無関係に膨れあがり、精を吐き出そうとすらしている。

 彼女たちが〝特別〟なら、自分はどうなんだろう……特殊、としか言いようのない、恐ろしいモノに絡め取られてしまったようだ。

 と、和樹はますます絶望を大きくさせる。


 ――なお。
 和樹は知る由もないが、ゆうべ和樹が自身を慰めているそのときに、キリエは涼介と繋がって、まさしく特別な行為に及んでいたのだ。
 


 やがてビーチバレーもひと段落して、友人たちの集団が和樹たちに合流する。

 楽しそうな笑顔が憎らしい。
 そしてこの中に愛花を自由にできる男が居るのだと思うと……またぞろ、腰が疼いてしまうのだった。

「和樹、大丈夫?」

 今度はキリエがたずねてくる。

 もう勘弁してくれ――!
 和樹は、自分の顔が引きつるのを止められなかった。

 だがそれも一瞬、

「――キリエ。ちょっと散歩しよう」

 向こうで涼介が呼ぶと、眼前の幼馴染は、

「う、うんっ」

 和樹に見せたことのない顔になって、すぐに身を翻す。さらにはその様子を、友人たちが囃し立てる。

「キリちゃん、いってらっしゃい! ゆっくりね~」
「や、やめってば萌! もう……っ」

 言いながらも、キリエは涼介と身を寄せ合いながら去って行く。和樹のことなど、まったく目もくれず。

 その表情も、仕草も、心なしか体つきも……すべてが、和樹の知っている彼女とは違っていた。変わってしまっていた。

「あぁ……」

 和樹は、もう取り返しが付かないのだと強く思い知らされ、幾度目とも知れないため息を漏らすのだった。



 ■ ■ ■



 思いがけず、多くのことがあった旅行だった。
 帰りの電車でキリエは、ふぅと小さくため息を漏らした。

「どうしたの? 疲れた?」

 隣の席で、涼介が優しくたずねてくる。

「う、ううん」

 彼の声で囁かれると、キリエはまだドキリとしてしまう。
 いや、彼と過ごすうちに、それはむしろ悪化していた。昨日までだって十二分にキリエの胸をときめかせていた彼の存在は、さらに大きくなっていた。

 彼自身の変化も影響しているのだろう。
 キリエを見つめるまなざしは、見透かすような、刺すような、どこかそんな恐ろしさがあったのだけれど――

 そしてそれは、まだあるのだけれど。
 涼介の視線には、それだけではない、慈しむような色も宿っているようだった。

 その目で見られると、

(は、恥ずかしい……)

 つい顔を逸らしてしまう。 

「疲れてないよ。……寝不足だけど」

 そう返すのが精一杯だった。
 涼介はくくっと小さく笑うと、キリエの耳元に顔を寄せてきて、

「奇遇だね。俺も寝不足」
「…………っ! ば、ばか!」

 周りに聞かれるかも、なんて思って涼介をにらみ返すが、友人たちは遊び疲れて、ほどよく冷房の効いた車内でほとんどが眠りに就いていた。

 短めの海水浴を終えての帰路。
 時刻は正午。
 特急電車の車窓を流れる郊外の景色はとても明るく、車両の中は静かだった。その揺れもゆりかごのようで、疲れた身体には心地がいい。


 そして、起きているのはキリエたちだけ。

 通路を挟んで座っている、愛花と和樹もうたた寝中だ。

 愛花の横顔は、天使のような安らかな寝顔で。その奥で和樹は……時々うなされたような声をあげているが。よほど疲れているからなのだろう。

(……良かった、和樹もうまく行ったんだ)

 別れるようなことを言っていたのに、どうやら仲直り出来たらしい。
 和樹は何だか、まったく浮かない顔をしているようだが――愛花のほうは、何か吹っ切れたような清々しい様子だ。


 友人たちは、前日まで彼らカップルのことをからかっていたのに、今日はもうずっとキリエと涼介のことばかり。

 祝福の声は、恥ずかしくて、照れくさ過ぎて、むずむずして仕方なかった。

 しかし一方でキリエは、自分で想像したよりずっと素直にそれを受け止めることが出来た。

 彼とのことを祝福されるのが嬉しい。

 少し怖くて、不思議で、強引なところもある人だけれど。
 脆くて、繊細で、寂しそうなところもあるけれど。

「…………」
「俺の顔に何か付いてる?」
「ううん。ただ――」
「ただ?」
「……この人が私の恋人なんだなぁって。すごく、嬉しいなって」

 ついつい、思ったままのことを口にしていた。


  + + +


「い、今のは――っ」

 キリエが両手を振って、慌てて弁解しようとする。しかし涼介は、至って真顔で返す。

「そうだな。キリエの恋人になれて、俺は嬉しいよ」
「りょ、涼くんって、いつもそうストレートに……っ!」
「最近は特に、キリエの前だと本音が漏れるんだよね」
「うぅ」

 照れて小さくなるキリエの頬に触れ、引き寄せる。

「りょ、涼くん……」

 唇の先で触れるだけのキスをすると、キリエの肩がピクッと震える。

「はむ、んんっ……」

 エスカレートしていく口づけに、彼女は喘ぎ声を我慢するのが精一杯のようだった。

 涼介は左手で、キリエの太腿に触れ、その奥へと入っていく。スカートの上から彼女の柔肉を擦ると、

「ッぁ、んぅ……ッ、み、みんな、居るのにッ――」

 前列、後列ともに友人たちが座っている。今は寝息を立てているが、いつ目を覚ましてこちらを覗き込んでくるか分からない。

「知ってる。でも、キリエだって」

 キリエの手も涼介に触れていた。涼介の興奮を確かめるかのように、スリスリと撫でつけてくる。

「触ってくれるんだ?」
「だ、だって」
「興奮してるんだよな。ここ、好きだもんな」
「やぁあ……も、もうっ……ぜ、ぜんぶ、涼くんのせいだから――っ、んっ、んっ」

 指先で感触を確かめ、キリエの敏感な部位を探し当てる。陰核を責められる感覚に、キリエはとうとう忍耐の限界が来たらしく、涼介の左肩に顔を押しつけ、熱い吐息を押し殺す。

「ん、ふぅっ……、フッ、ぅッ――!」

 彼女の全身に、ぐぐぐっと力が込められるのが分かる。キリエは背筋をこわばらせ、一度だけ大きく腰を跳ねさせた。

「ンぐッ!? ッ――、ぁ、あ、ぅ……」

 絶頂の痙攣を耐え抜いた彼女が顔を上げたときには、もうその顔は上気しきっていて、大きな眼には涙が溜められていた。

 恨みがましい表情をしているが、それでも、涼介が優しく髪を撫でてやるといっそう切なそうな顔になり、

「あ、ぅう……ッ、す、するね?」

 掠れた声で囁くと、体を折り曲げ、涼介の下半身に顔をうずめてきた。勃起を取り出し、熱い息そのままに亀頭を咥え込む。

「んぶ、んぷ……んぅ、ぅうっ……ぐぽッ」

 つい先ほどまで、涼介の言葉ひとつで照れて茹で上がっていたとは思えない大胆さで、そして愛おしそうな口づかいで愛撫してくれる。

 もちろん涼介は全方位に注意を向けて警戒はしていたが、友人たちが起きる気配も、他の客が通路にやって来ることもなかった。

 やがて、電車のわずかな揺れと、明るい車窓の景色の中で射精に至った。痺れるような快感の中、恋人の口内へと劣情を迸らせる。

「ッ!? は、ぶッ――んグ、んぐっ――、ぢゅ、ぢゅ、ぷ……ッ」

 キリエは白濁液をこぼしてしまわないよう、慎重に唇をすぼめ、根元から先端までを搾り上げるように拭ってくれた。

「ぁぶ、んぷんっ……、あ、ぅ……口の中、どろどろ……」
「ホント? 見せて」
「ん、ぁ……っ」

 彼女はこちらを見上げて、はしたなくも愛らしい、信頼しきった顔であんぐりと口を開いてみせる。

「ぁえ……、もう、いい?」

 涼介がうなずくと、彼女は恍惚と濡れた目をしながら、グチュグチュと小さい音を鳴らしてから飲み込んだ。

 そして、慎ましやかな手つきで涼介の衣服を正し、自分の髪も整えてから座席に背を預ける。

 今頃になって自分の大胆さを恥じているのか、フェラチオに励んでいたときより耳たぶが真っ赤になっている。さっきまでペニスを咥えていた唇は、今は恥じらいをぎゅっと凝縮したようにすぼめられていて――

 まったくアンバランスで、涼介にとってはいつまでも不思議で、魅力的な恋人だった。

 涼介は、彼女の手を握ってたずねる。

「旅行、楽しかった?」
「……うん。すごく。終わるのもったいないくらい……」

 潤んだ瞳で見つめ返されると、くらくら来てしまう。改めて涼介は、この少女に恋をしているのだと、強く実感した。

 彼女にとって涼介は、誰かの代わりじゃない。
 涼介にとってもそうだ。
 見つめ合うだけでそう確信できることが、何より嬉しかった。

「……涼くん、これからもよろしくね」
「こちらこそ」

 微笑み合って2人は、電車の揺れの中、そっと瞼を閉じた。



――――――――

これにて本編は完結です、お付き合いいただきありがとうございました!
お楽しみいただけましたら感想などいただけますと大変嬉しいです!


また後日、番外編を掲載予定ですのでよろしくお願いします!
(★追記:番外編、開始しました!よろしければ次話からご覧ください)
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