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09 夏の夜に慰めて ☆

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――――――――――――――――
 涼介の家から帰ってからキリエは、普段通りの日課をこなした。

 家族と夕食をとって、入浴して、自室へ。

 あんなことが――初めてのキスを奪われたのに、自分でも驚くほど平常で、変わらない心持ちで過ごした。連絡なく門限をやや過ぎていたことで軽く母親から叱られはしたが、変化といえばそれくらいだった。

「ふう……」

 スマホを片手にベッドに腰掛け、軽く息を吐く。

 風呂あがりのさらさらした肌に部屋着姿。ほどよく冷房が効いた自分の部屋。外の雨は小降りになってきているようだ。

 ――そうして、改めて今日のことを振り返っていた。

 下校時に真凜と行き会ったこと。彼女の家に上がり込んだこと。涼介に会って、彼の部屋に入って、それから……。

(……忘れよう)

 そう思うことにした。
 全部忘れて、なかったことにする。今日の出来事も、涼介とのことも。彼は諦めないと言っていたが、もう一度正式に断って、忘れてもらおう。

「…………」

 でも、本当にそれでいいのだろうか?
 いくら考えても堂々巡り。

 ため息をついてキリエは、ベッドにどさっと横たわる。
 そして、今日の出来事を頭から追い出そうとして、ギュッと強く目をつむってみる。

 ――しばらく目を閉じたままでも、眠くならない。
 どれだけいつも通りの日常を送ってみても、身体の芯は昂ぶっているのだ。

 まぶたの裏には、あのときの光景が鮮明によみがえってくる。

 涼介の部屋。ゲームに興じる子供っぽい横顔。制服の肩。腕。指先。彼の声も、頭の中で鳴り響く。ずっと流れていたゲーム画面の音楽も。

 部屋のにおい。彼の肌のにおい。髪のにおい。ぎゅっと抱きしめてくる腕の力強さ。そして唇の――。
 
「ッ……!!」

 ベッドの上で、もぞもぞっと身をよじる。

 自分の肌と肌が――ふくらはぎ同士が擦れて、腕と腕が擦れて、その感覚に神経がうずく。

 こんなことは初めてだった。

 なにか特別なことをしているでもないのに、じわじわと身体の奥から疼熱がせり上がってくる。

 インナーが肌に擦れる。
 髪が、頬や首筋をくすぐる。

「ん――っ」

 そんな声が漏れたことに、自分で驚いた。
 切なく、か細い声。
 涼介に触れられたときに漏れたのと、同種の声音。

 快感が、肌の上を這い回っている。けれど心地よいばかりではなく、確かな箇所にまで届かないもどかしさに、歯がゆさを感じる。

「――――ッ」

 今度は意識的に、太ももをもじもじと擦り合わせる。下腹部が、ぎゅっと締まる。

「んぅ――……ッ」

 これ以上はいけない、と理性が告げる。
 キリエには、自慰の経験は無い。必要性を感じなかったし、やってみたいという好奇心も持たなかった。

 その存在や方法は知っている。
 友人たちが、同性しかいない場で話題にしていたこともある。興味半分の者もいれば、実際に体験したことのある友人もいた。

 具体的な方法が話題にのぼることもあったが、キリエは話し半分に聞き流していた。

 自慰行為を蔑んで忌避していたわけではないが、進んで身につけるようなことではないと断じていたからだ。

(自分で触って気持ち良くなるなんて)

 単純に不思議だった。
 自分の体なんていつも見ているし、触っている。自分の手で性的快感を得られるなんて、そんなことがあるものなのだろうか――。

 冷静ぶっていたわけではない。清楚を気取っていたわけでもない。

 ただただ、疑問でしかなかったのだ。
 それなのに――
 いま、こうして、性感帯でもない部位に肌が擦れるだけで、キリエは快感を覚えてしまっている。

(あんな……あんなことくらいで……)

 これが、涼介によってもたらされたことだなんて、思いたくない。
 2人きりで。強引に抱き寄せられて。唇を奪われたくらいで――。

「ッ、……――ぅ」

 腿(もも)の間がジンジンと痺れてくる。今まで感じたことのない種類の感覚だ。

 ――いや。
 今日、涼介の部屋で味わわされたのが最初。彼に触れられたときにも、この感覚は味わっている。

(違うから……これは違うから……)

 頭の中で誰に向けるでもなく言い訳を唱えながら、そっと左手を自分の胸に添える。

 Tシャツとインナーだけに包まれた自分の乳房。ついさっき浴場で裸になり、自分で触れたばかりの箇所。

 ――だというのに、いま感じる刺激は、さっきとまったく違う。

 ぐにぐにと揉みしだいてみる。胸を揉まれることの快感は、まだよく分からない。

 代わりに、手のひらが布越しに先端の突起を擦るだけで、

「あッ――」

 思わず甲高い声が漏れる。
 慌ててキリエはハッと首を回して部屋を見回す。

 もちろん、他に誰がいるはずもない。ドアも閉まっている。両親も階下で過ごしているので、この程度の声が届くはずもない。

 ごくり、と息を呑み込む。喉がやけに乾いていて、息苦しい。
 
「……――」

 そう、これは違う。
 涼介とのことを思い返して自慰に耽るのではない。健全な生理現象としての快感を、試しに味わってみるだけのことだ。

 キリエは、親指の先で、そっと左の乳首を弾いてみる。
 服越しでも分かるほどに尖った敏感な突起。ツン、と電流のような刺激が走って、背筋まで震えた。

 心臓が、バクバクと高鳴っている。

 続けて、人差し指で今度は右を。

「――あッ、く……ンっ」

 堪えがたいほどの甘い刺激。キリエは顔をベッドに強く押しつけ、自身の声を封じる。

 けれど、何かが足りない。まだ足りない――。
 やはり自分の指では足りないのだ。キリエは目を閉じたまま、別の人間の手を幻視する。

 ……けっして涼介のものではない。
 だが、キリエが鮮明に想像できる〝異性の手〟が、彼のものがモデルになってしまうのは致し方ないこと。

 長い腕、がっしりした骨格。大きな手のひらに、長く力強いのに、繊細な十本の指。

「あっ、あ――ッ」

 その〝異性の手〟によって、キリエはがんじ搦めにされる。
 ベッドに横たわっているキリエの背後から、二本の腕に拘束される。

〝彼〟の右手はキリエの顔に添えられる。手のひらで頬を撫でられ、親指で鼻先や、そして唇に触れる。

 逃げたくなるようなくすぐったさに、イヤイヤと首を振ろうとするが、〝彼〟の手はそれを許してくれない。優しく拘束され、声も上げられず、皮膚の薄いところを何度もくすぐられてしまう。

 唇。
 繊細な粘膜が体外に表れているその敏感部位は、指先で、触れるか触れないか程度の刺激を与えられると、むず痒い快感が発生する。

 指は、耳を愛撫し、横髪をかき分け、首筋を往復する。
 くすぐったくて、心地よくて、気持ちがいい。触られるのはイヤなはずなのに、いつまでも身を委ねていたくなる。

 
 ――そして左手は、キリエの乳房を弄んだ。

 身をよじっても抵抗できない。当然だ。キリエは、この手に触られたくて仕方がないのだから。

 指は、望みどおりの場所を触ってくれる。
 尖った先端を、つんつんと一定のリズムで叩く。尖りが強くなると、今度はこねるように転がす。

「――ッあ、ぁうっ、ん」

 これまでにない激しい快感の波に襲われる。
 強く強く目を閉じて、その波に呑まれないように、けれど、けっして快感を逃すことのないように体内に留める。

「はっ、ぁっ、あッ――……」

 息が荒くなる。もっとムチャクチャにされたい。乱暴にされたい。自分の理性を吹き飛ばしてくれるような、吹き荒れるような快楽に切り裂かれたい。

 願望は、過たずその〝手〟に伝わる。
 左手が、荒々しくキリエの乳房を揉みしだく。先ほど、〝自分〟で触れたときとは別物の感覚だ。

 胸がドキドキして止まらない。
〝彼〟の手によって乱暴されることに、全身が悦んでしまっている。

「ふっ、く――んぅッ、やぁっ……」

 自分の声が、甘ったるく、熱っぽくなっているのが分かる。同時に、自身ではもうコントロールできないわめきだということも、思い知らされている。

 服の上からでも確かに分かるほど尖った乳首を、指でつまみ、シュッシュッとしごく。
 のけ反りそうなほどの性感。自分の体が、こんなにも気持ち良くなれるだなんて信じられない。

 ――ああ、でも。

 これで十分でないことは、本能で気づいてしまっている。

 もっと触れて欲しいところがある。優しく蹂躙して欲しい場所がある。
 怖い。とても怖いけれど……〝彼〟に触れて欲しい。

 けれど、それこそは禁忌だ。
 そこに触れてしまったら、もう戻れなくなってしまう気がする。

(でも……、だって……!)

 なけなしの理性と、はしたない情動とが衝突して、頭の中がぐちゃぐちゃになる。泣きそうになる。

 誰かに決めて欲しい。自分で踏み越えるのは恐ろしい――

 誰かに叱ってもらえたら、今すぐにでもやめるのに。
 誰かがそそのかしてくれたら、喜んで飛びつくのに。

「ぁ……、うっ、ん――ッ」

 その間も、〝両手〟はキリエの身体を這い回っていた。もっと気持ちのいいところを求めてさまよっている。どこに触られても気持ちいいのに。

「――ぁっ、駄目っ――」
 
〝左手〟が、Tシャツとインナーの裾から侵入する。するすると肌をのぼってきて、直接乳房に触れる。

「んッ、んッ――」

 信じられないほど勃起した乳首。柔らかい肉の感触。〝左手〟は、キリエの弱いところを見つけると、喜んだように愛撫を激しくする。

「そんなところっ、駄目っ……駄目って、言ってるのにっ……!!」

 押し殺した声で泣き叫ぶ。

「あッ、あっ、あっ――」

 事実、あまりの快感に涙が浮かんでいた。もう駄目だ。この手には逆らえない。どれだけ許されないことだろうと、はしたない行いであろうとも。

「やっ、そっちは、本当に駄目だからっ――」

 キリエのたわわなバストをひとしきり堪能したあと、その〝左手〟は、今度は下半身に向けて肌の上を滑っていく。

 キリエは、腰をくねらせて抵抗する。だがその実、その腰の動きは〝左手〟の侵入を助けていた。

 ショートパンツの中へと滑り込む〝左手〟――

「やぁっ、んんっ――」

 すべすべした触感のショーツ。だが、その薄布に包まれたキリエの恥部は、疼熱に炙られてすっかり火照りきっていた。

 太ももの隙間に、中指が入ってくる。ショーツ越しに触れた恥ずかしい割れ目は、ひと押しされただけで、じゅくっと蜜を溢れさせた。

「――――ッ、んぅッ!?」

 少女の肉体が歓喜に震える。ようやく求めていたものに近づいた。近づいてくれた。

「違うの――、これは、違うからっ――」

 キリエの拒絶をあざ笑うように、指は、濡れて肉に張り付いたショーツを嬲り尽くす。
 ぬち、ぬちと、湿った肉の感触が伝わってくる。

 これは、明らかに自分の指だ。そして間違いなく自分の性器の感触なのに……どちらも自分のものなのに、どちらともが、まったく他人のモノのようにも感じられる。

 性器を嬲る感覚。嬲られる感覚。

 触れる感覚。触れられる感覚。

 女としての悦楽を教えてくれるこの指が、とてつもなく愛おしくて、同時に、憎らしくも思える。

 触れられなければ知らずに済んだのに。知らなければ、こんなに苦しまなくて良かったのに。

 でも――

「んっ、ぐ――、やぁあっ……あっ、あっ、腰、動いちゃう、からぁっ――」

 ひくひくと痙攣する下腹部を、自分の意思では止められない。もっともっと激しい嵐に揉まれたい。この指に、犯して欲しい。

 ――ぐちゅり。
 いつしか〝左手〟は、ショーツの中に入っていた。

 直接触れる、熱い濡れ肉の感触。
 ぬるぬるしていて気持ちが良い――滅茶苦茶にかき回されると、あまりの悦びに、悶え死にそうになる。

「あっ、はッ――ぃッ、んグっ――」

 陰唇の端に、小さく、しかし敏感な突起を見つけた。乳首にするのと同じ要領で、しかしより慎重に、その性感帯を転がしてやる。

「――ッッあ!? やっ、やぁあッ……!!」

 顔をベッドに押しつけていなかったら、大声で叫んで両親に気づかれていたかもしれない。

 だが、もうそれでもいいと思っていた。
 誰に気づかれてもいい。それよりも、今はこの快楽を逃さないことのほうが大事だ。

「いい、からぁっ……触っても、いいからっ――、あッ?!」

 中指で、その敏感な陰核と、濡れそぼった陰唇とを同時に擦り上げる。
 愛液にまみれた肉が、にぢっ、にぢっと音を立てる。

 自分の体が、こんなことになるなんて。
 こんなに淫らに快感を貪る、はしたないケダモノだったなんて。

「あッ、ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいッ――」

 涙を流して懺悔する。誰かに対して、自分に対して。
 けれどその悔恨に近い感情とは裏腹に、左手はいやらしい牝の裂け目を、右手は尖りきった乳首をいじめ抜いていく。

「いっ、いぅッ――んっ、ふぅッ!?」

 そうして、キリエは初めての快感を全身に浴びた。
 性器を慰めることで到達した境地。〝彼の手〟によって導いてもらえた、背徳と快楽にまみれた、とびきりの高みに。

「あッ――、あッ――……ぁっ!?」

 陰唇が、そしてまだ触れてもいない膣内が、ギュゥっと強く締まる。恐ろしいほど高いところまで意識が駆けあがっていって――そこから、一気に墜落する。

「んッ、~~~っ、んぅッッ……!?」

 ビクビクっと腰が跳ねて、キリエは初絶頂に見舞われた。

「ぁっ、くッ……はっ、ぁあっ……、あっ」

 自分がだらしない顔をしているのが分かる。涙もよだれもこぼして、ベッドを汚している。

 左手はべとべとだし、右手で触れる乳房は熱く蕩けていて、心臓の高鳴りはとどまるところを知らない。

 ――だが、キリエは不幸だった。
 彼女は、その絶頂快楽の余韻を愉しんでいる最中、陶酔を中断させられたのだから。

 絶頂の直後に、スマホが振動したのだ。

「えっ」

 顔のすぐ近くに置いたままになっていたスマートフォン。表向きにしていた画面は、涼介からの着信を表示していた。

 冷静な思考ができていれば、当然、無視をするという選択肢を選んでいただろう。

 けれど興奮の熱に浮かされていたキリエは、まるで今までの行為を咎められたかのような錯覚に陥り、つい、その電話に応答してしまった。

 ぱっと身を起こして、スマートフォンを右耳に押し当てて、

「な、なに?」

 声が不自然にうわずっている。が、取り繕う余裕もない。

 電話の相手――涼介は、やや不審がってはいたものの、すぐに要件に移った。
 
「今日はごめんな」
「う、ううん……」

 後ろめたさに混乱しきっているキリエは、ついそう返してしまう。

「き、気にしてないから……」
「そっか」

 涼介の声は、至って平静だ。
 
「無理に迫ったのは悪かったとは思うけど……でも、本当に本気だから。答えは、また今度聞かせて欲しい」
「うん――」

 自分の声が、弱々しく、ともすれば甘えるような響きになっている。
 それが、背徳行為の直後で弱っているせいなのか、それとも、キリエの本心――涼介に対する自然な反応だったのかは、彼女自身も分からない。

 けれど、ともかくキリエはこう応えた。

「また、今度……ね」

 電話を切ってキリエはベッドに倒れ込む。
 頭の中は、ぐちゃぐちゃに乱れていた。


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