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第6章 世界のピンチも救っちゃいます

第102話 反響:四者面談

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「はじめまして。結乃の母、柊美里です」
「荒巾木アーカーシャ、蓮の母親だ」

 聖華女子校の一室で、蓮と結乃、そしてそれぞれの母親が一堂に会していた。

 応接用のソファに腰掛けているのに蓮は落ち着かない。

(なんでこんなことに……)

 きっかけは、旅行の許可を取るためそれぞれの保護者に連絡したことだった。

 アーカーシャは即答でOK。
 美里も許可をくれたが「せっかくなので蓮の母にも会ってみたい」とのリクエストを受け、会合の場を持つことになった。

「しっかし、寮の前で会ったときにはどこの綺麗なお姉さんかと思ったら、結乃ちゃんのママとはなぁ!」
「お上手でいらっしゃいますね。私も――蓮くんのお母さんがこんなにお若いとは」
「義理だしな、義理!」

 上機嫌のアーカーシャと、いつもどおりクールで淑女な美里。
 親同士の会話は結乃も照れくさいらしく、目が合うとはにかんで苦笑する。

 蓮にしても、美里に対しても常にタメ口なアーカーシャの振る舞いは恥ずかしい。言って直せる性格でもなければ、そんな年齢でもないのでもう放置しているが。美里も結乃もまったく気にしてないようだし。

「いやぁ、なかなか心開かない蓮がここまで心許す相手ができるなんて嬉しくてなぁ!」
「それを言うなら結乃もです。男の子と仲良くなるなんて私が知る限り初めてで、最近は蓮くんのことばっかり――」
「お、お母さん……!」
「あの――」

 話が変な方向に膨らまないうちに、蓮は口を挟むことにした。

「あらためて、旅行のことなんだけど」

 すでに承諾はもらっているが、流れを変えるにはちょうどいい話題だ。

「おう、事務所のマネージャーも一緒なんだろ、問題はゼロだぜ! 結乃ちゃんもいるんだしな!」
「旅行に連れていってあげる余裕もなかったから。結乃のこと、よろしくお願いします」
「は、はい」

 美里は蓮の顔を見るとにっこりと笑う。

(やっぱり綺麗な人だな……)

 アーカーシャと話しているあいだはピシッとして『立派な大人』といった雰囲気だったが、こうして笑うと結乃とそっくりだ。

「ごめんなさいね、蓮くん」
「?」

 いきなり謝られてしまったが、心当たりがない。

「今回のクエスト。結乃がワガママ言ったみたいで」
「ワガママなんてそんな――」

 自分が囮になるという結乃の提案。そのことに美里は言及しているらしい。

「結乃……さんの作戦のおかげで犯人をおびき出せたし。それより……結乃さんを危険な目に遭わせて、僕のほうこそごめんなさい」
「そ、そんな蓮くん、いいのよ!?」
「そうだよ蓮くん……!」

 頭を下げた蓮に、母娘はうろたえて腰を浮かす。

「蓮くんがいなかったら今回のこと、絶対に解決してないし! それに私がもっと強くならないと……蓮くんの足を引っ張ってばっかりだよ」
「結乃ちゃんなら心配ねぇよ」

 蓮が否定する前に、アーカーシャが、

「その度胸……精神力があればすぐに強くなれる。っつーか、アタシが見る限り、水魔法の才能は抜群だぜ結乃ちゃんは」
「――そうですか?」
「おう! アタシが太鼓判を押すぜ!」

(へえ……)

 蓮は素直に感心する。
 アーカーシャは良くも悪くもストレートな性格で、お世辞で機嫌を取るタイプでは絶対にない。そして魔法に関しては彼女の専門分野の1つだ。蓮も気づけていない結乃の才能があるのかもしれない――

(あとで聞き出しておこうか)

 結乃の『師匠』としても知っておくべきだろう。
 普段はやかましさが前面に出ている義理の母だが、こういう分野に関しては蓮も信頼している。

「それに今回の件はよぉ、結乃ちゃんたちに悪いとこなんか、何ひとつねぇし! そもそも悪ぃのはウチのお姉ちゃんだ! 止められなかったアタシももちろんだがな! 詫びが遅れちまって……本当に申し訳ないッッ!」

 社会常識のないアーカーシャが全力で謝罪するのなんて初めて見た――もしかしたら、彼女の人生でも初めてなのかもしれない。

「すまねぇッ!!」
「ごめんなさい、僕の身内が――」
「ですからそれは……っ!」
「私たちこそ……!」

 土下座しかける蓮親子と必死で止める結乃親子で、しばらくワチャワチャと揉み合った。

「――で、では、お互い様ということで」

 最後は美里のひとことで場は収められた。
 そして結乃が言葉を継ぐ。

「でもやっぱり、一番頑張ってくれたのは間違いなく蓮くんだよ。みんなを助けて、私のことも守ってくれて、犯人も捕まえて」
「そうね」
「おう! 最高の息子だな!――おっ、そうだ」

 アーカーシャが何を思いついたのか、ぽんと手を打つ。立ち上がったかと思うと、ソファに座った蓮の背後に回り、肩に両手を置く。
 嫌な予感……。

「うちの息子をねぎらってやってくんねーか? 2人でヨシヨシしてやって欲しい!」
「は!?」
「アタシはそんなキャラじゃねーからな、第一こいつが喜ばなねぇ!」

 それはそうだが。
 アーカーシャに甘やかされたら頭がバグってしまうこと間違いない。

「い、いや、でも……っ!?」
「そういうことでしたら」
「もちろんです」

 美里と結乃がソファの左右に座ってくる。

(ち、近い……!?)

「蓮くん、ありがとうございました。娘のことをこれからもよろしくお願いします」
「いつもありがとう。今回も凄く格好良かったよ」

 母娘の手の平が、蓮の頭を優しく撫でる。

「~~~~っっ!?」

 身体はガチガチに緊張してしまうのに、撫でられる頭部はトロトロにとろけるようで……

「……可愛い、連れて帰りたい……」
「お母さん? ダメだよ?」

(こ、壊れる!? 情緒が壊れるっ!?)

 目が回る。汗がドバドバ出る。
 スタンピードよりよっぽど処しがたい事態だ。

「ゆっくり休んでね。して欲しいことがあったら結乃になんでも言ってください」
「うん。なんでもしたげるからね」

 耳元で囁かれ、2人分の体温と甘いにおいに包まれて――蓮は意識を保つので精一杯だった。

 
  + + +


 幸福すぎて苦しさすらあったヨシヨシタイムが終わったあと、アーカーシャが声を張り上げた。

「よーし! そんじゃ美里さんよぉ、これから飲みに行かねぇか? 今日は仕事はないんだろ!?」
「そうですね。ぜひゆっくりと蓮くんのお話も聞きたいですし」
「ぼ、僕の……?」

 アーカーシャとは同居していたわけでもないのでそんなにプライベートを知られていない。しかし何を口走るかも分からない人間なので監視していたい気持ちもある。

 とはいえ、『飲みに』と言われてしまっては同行するのも具合が悪い。 

「そうだ、落ち着いたら家族旅行っつーのもいいかもな!? ウチとおたくとで!」
「4人で? それは素敵ですね――」 

 意外にも意気投合している2人は、そうやって寮を出て街へと消えていってしまった。

 蓮は疲れからガックリと肩を落として、

「……はあ。なんかゴメン、うちのアレが……」
「ふふ、蓮くんのお母さん元気だよね。それに、私のお母さんも珍しくはしゃいでたな」
「そうなんだ?」

 確かに以前ホログラムで会話したときよりもリラックスしていたようだったが。

「お母さんも蓮くんのこと大好きだから、アーカーシャさんに会うっていうより蓮くんに会いたかったんだと思うな」
「ふぅん――」

 結乃の母に気に入られるのはまったく悪いことではない。普通なら慣れない他人に会うのは気疲れするが、美里が蓮に向ける柔らかい視線は結乃といるようで心地がいいし――

「……ん?」

 結乃の言葉を反芻すると、何かが引っかかった。
 ――お母さん『も』?

「も……?」
「…………っ!? そ、そうだ蓮くん! まだ早いけど旅行の準備しちゃおっか? 旅行用のカバン持ってる!? 私の貸したげよっか!?」
「? うん。ちょうどいいのないから助かるけど……」
「そっか、お部屋戻ろう! ね?」

 何かを誤魔化すようにまくし立てる結乃と一緒に部屋に戻り、荷造りを進めた。

 配信者としての荷物は衛藤がまとめて手配してくれるし、女性陣と違って蓮自身の持ち物はそう多くない。寮に来る前はホテル住まいしていたので巨大なキャリーバッグは持っているのだが、大きすぎて身動きが取りにくい。結乃に貸してもらったリュックサックでちょうどいいサイズだ。

 旅行は2泊3日と決まっていた。
 ちなみに、行き先はまだ検討中。

「みんなリクエストいっぱいだからね」

 グループチャットで旅行案の打合せをしているが、それぞれ希望が多くてなかなかまとまらないでいる。

「蓮くんはリクエスト出さないよね?」
「まあ……別に行きたいトコとかないし」

 もともと旅行に興味がない。わざわざ遠くにいって風景を見たり、名物を食べるというのも、あまりピンと来ない。ただ今回は、

「結乃と行けるなら、別にどこでも」
「え」
「あっ、いや」

 つい心の声が出てしまって焦る。

「……いつか」
「?」

 結乃がポツリと言う。

「いつか2人きりでも行けるといいね、旅行」
「…………っ」

 ほんの2、3秒ほど見つめ合ったあと、結乃の顔がかあっと赤くなる。たぶん自分もそうなっている。蓮は慌てて背中を向けて、

「か、カップル配信のためにも……、仕事にもなるし!」
「そ、そうだね」

 結乃も上ずった声で荷造りに戻って、この話題はおしまいになってしまった。

(けど――)

 旅行を楽しみにする――なんて、そんな初めての感覚に見舞われる蓮だった。

 

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