最年少ダンジョン配信者の僕が、JKお姉さんと同棲カップル配信をはじめたから

タイフーンの目

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第6章 世界のピンチも救っちゃいます

第87話『お姉ちゃん』

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『やったね蓮くん!』

 20階層のエリアボス、レッド・コカトリスの死骸が光の粒子に変わっていく。
 ……ほんの少し、そこに違和感を覚えて蓮は振り返る。
 
『どうしたの?』
「いや――」

 リスポーンの現象自体に不審な点はない。
 しかし、なにか『異物』が紛れていたような、そんな魔力の気配がした。
 
「――なんでもないよ」

 配信画面を見ている結乃やリスナーも、特に異変は感じなかったようだ。
 
・爆速すぎん?
・20階層のボスだろ、普通は装備ガチガチに対策してパーティー組んでやるやつ……
・蓮くん、恐怖とかないんかな
・そりゃ格下にビビったりせんやろ
・目を閉じても戦えそうw

「…………」

 怖くない?――そんなことはない。蓮は、
 恐怖を感じるからこそ気配をつぶさに察知できる。怖いからこそ最小限の動作で、瞬く間に制圧する。
 
 恐怖を忘れたら生きてはいけない。
 ダンジョンの中で、ひたすら生き残ることだけを続けた蓮の――生きることを諦めなかった蓮の、本能との付き合い方。恐怖心との共存。
 
 ただし、怖がってすくみ上がったりはしない。そんなものはとうに乗り越えている。恐怖心を飼い慣らした。自分の肉体を、寸分のズレもなく操れるまで感覚を研ぎ澄ませた。
 
 それは、ダンジョン配信でも【痛覚】の感度を落とさずにいるのと似ている。痛みがなければ、恐れがなければ鈍くなる。苦痛も恐怖も引き受けて乗り越える――
 
 ひたすら格上の相手と、血みどろの死闘を演じてたどり着いた。それが蓮のスタイルだ。
 今日手にしている日本刀のように、無駄をそぎ落として切れ味を高めた一振りの刃だ。
 
『次は21階層だね』
 
 ――結乃の声は、すさんだ蓮の心を潤してくれる。
 結乃にはたぶんバレている。蓮がいつだって恐怖と戦っていることが。まだあのに立って、戦い続けていることを。
 
 もしも。
 蓮が死地に赴くとなったら彼女はどうするだろう? 例えばあの御殿場ダンジョンに、まだ配信環境も整っていない危険な場所に向かうとしたら。
 
(結乃は……)

 止めるだろうか。それとも――。

(……なに考えてるんだ僕は)

 少なくとも、いま考えることではない。
 
 蓮は、右手に握った刀をヒュンと振った。
 付着していたレッド・コカトリスの体液が、残らず飛散する。刃は、新品同様だ。
 
・お? 新機能?
・最近売り出し中のやつか
 
「そう。あらかじめ水魔法で薄くコーティングされてて」
『柄のところにある小さなボタンを押すとパージされるんだよね』
「血のりを気にせず戦闘を続けられるから……オススメ」
 
・ダイレクトマーケティング!w
・さすが企業案件!
・慣れてきたな蓮くんw
・普通に欲しいわ
・でもお高いんでしょう?
 
 なんて、きっちり広報もしてから上の階層へと進んでいった。
 
 
 ■ ■ ■
 

 蓮が去り、誰もいなくなった空間に2つの人影が現れた。それは、ダンジョンの壁面から音もなく――
 
 1人は背の低い少女だ。
 黒い着物姿で、真紅の椿があしらわれた、どこか不吉さを孕んだ色をしている。長い髪は光さえ吸い込んでしまいそうなほど黒い。その一方で、肌には生気を感じさせない白さだ。
 
 ――実際。
 彼女は生物ではなかった。
 
荒巾木あらはばき様。周囲に脅威はありません」
「そりゃどうも」

 フラリ、と無防備な足取りであとからのは、白衣のポケットに両手を突っ込んだ長身の女性だった。
 燃えさかるような赤い髪に、左目には眼帯――顔のつくりは獰猛さを感じさせる。
 
 しかし、本人はいたって飄々ひょうひょうとしていた。
 
「でもねぇ……驚いたな。私の可愛い。感づいてたっぽくない?」
「あり得ません。レッド・コカトリスの体内に混ぜた荒巾木様の魔力は、ごく微量でした。それに――」

 和服の少女は虚空を見つめたまま、
 
「――可愛くなどありません、アレは」
「可愛いよ。なにせ、私のの可愛い義理の息子なんだ。つまり、私の『超超超可愛い自慢の甥っ子』だよ。こんなダンジョンで、実験中に出会えるなんて奇跡だ。私の『観察用』の魔力すら察知する――あれは、あの少年はひとつの完成品だね」
「…………」

 押し黙る少女を見て、白衣の女――荒巾木は、
 
「ああ、なんだ嫉妬してるのかな、鬼姫キキ
「――いいえ」
「そんなの比べるまでもないじゃないか」

 変わらぬ声音のまま荒巾木は、
 
「私の造ったただの人形でしかない鬼姫キキと義理の甥っ子――甥っ子のほうが可愛いに決まってるだろう? 鬼姫キキ、人間に嫉妬の感情を持つなんてそれは傲慢だよ」

 ポケットから手を出し、少女の頭部をガシッと掴む。
 
「私は人間が大好きだ。壊してしまいたいほど愛している。人形は所詮、人間を模しただけのオモチャだ。人形は人形らしく――ね? 分かったかな?」
「……はい。申し訳ありません」
「よろしい。さて――」

 レッド・コカトリスが消え去った跡を確かめようと歩み出したとき、
 
「あれ、ここで目撃情報があったんだけどな~」
「――あ。さっき討伐されちゃったみたい。例のほら、最年少配信者くん」
「マジかよ。せっかく装備揃えてきたのによ」

 向こうの通路から、若い3人組の男女が。
 どうやら、レッド・コカトリスを狙った配信者パーティーのようだ。

「お? 他にもいるじゃん」
「2人組? あの人たちも討伐に来たのかな」
「おーい、お姉さんたち!」

 背の高い男が手を振ってこちらに呼びかけてくる。配信者仲間だと思ったのだろう。
 それも当然だ。
 こんな場所に配信者以外の者がいるなどと、誰も考えまい。無邪気な様子の男女3人。
 
 ——やはり人間はいい。
 
 自然と、親しみに満ちた笑顔が浮かぶ。だから、左手をヒラヒラと振って応えた。

 彼らが駆け寄ってくる。情報交換をするつもりか、あるいは即席のパーティーを組もうとでも言い出すのかもしれない。
 
 それもいい。
 
 けれど、やっぱり人間は——人間を楽しむのなら。
 
鬼姫キキ解体バラしておいで」
 
 変わらぬ笑顔のまま告げた。変わる理由などない。さっきも今も、愛しくてしょうがないのだから。人間が。
 
「はい荒巾木様」
 
 事もなげに頷いた鬼姫が、足音もなく3人組へと肉薄した。着物姿とは思えぬ俊敏さに、彼らは反応できないまま、
 
「えっ」
「なに」
「——ぎゃッ⁉︎」
 
 血飛沫が舞った。
 悲鳴が上がった。
 
 それは攻撃などという生ぬるいものではなかった。手刀で腕を斬り飛ばし、胴をえぐった。武器も使わぬ無情な殺戮。

 ――解体される彼らにとって、痛覚遮断があったのは幸いでもあり、不幸でもあった。痛みは薄い。
 
 けれど。それ故に意識を失うこともできず我が身を引き裂かれていくのを知覚し続ける。
 
「やめッ――」
「待って、置いてかないで――っ」
「うぎッ!?」

 20階層まで到達できる実力者たちだったが、そんなものは相手にならなかった。荒巾木の造りだした戦闘人形の前では。
 
「うん、やはりいいねぇ人間は」

 恍惚の声が漏れる。
 
「苦痛と恐怖の前で本性をさらす――肉体からだの内側までさらしてくれる。可愛くて可愛くてたまらないね」
 
 やがて、少女による解体作業は終わった。
 リスポーン。
 配信者たちの身体が消えていく。
 
「――――」

 興ざめだ。
 こればかりはつまらない。
 
「早くひとつにしなくちゃね。迷宮と人間の世界を。もっとたくさんの本性が見たい。――そう思わないかい、鬼姫キキ?」
「はい荒巾木様」

 機械的に、ではなく、まさしく造られた少女は首肯する。
 が、
 
「…………先ほどの」
「ん?」
「『遠野蓮』にも苦痛と恐怖を」
「きみが?」

 先ほどからの執着具合。これは珍しいことだった。
 この鬼姫キキは、人間を模したとはいえ、人間的な感情は最小限にしか再現していないはずだった。
 
 けれど、いま彼女は遠野蓮に対して特別な感情を抱いている。
 荒巾木の興味が彼に向いているからだろうか。
 
「ふぅん。……いいよ。やれるものならね」
「――――はい」

 平坦ながら、底冷えのする声音で鬼姫キキは応え、白い肌に返り血の赤をこびりつかせたまま、迷宮の奥へと進んでいった。

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