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第6章 世界のピンチも救っちゃいます

第83話 成長(前半)

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「どーーーっも! お兄ちゃんお姉ちゃん、元気にしてる!? 今日もがみんなを楽しませてあげるからね☆」


 配信カメラに向かって、蓮が勢いよく語りかける。
 ナイトライセンスを取って1年。

 身長は30cmも伸びたし、オシャレの重要性も理解した。
 目にはカラコン、前髪にはゴールドのメッシュを入れた、この姿が今のスタンダードだ。

 もうリスナー相手に緊張することも、まったくなくなった。

「うわ、コメント速すぎじゃん? そんなに俺に会いたかったワケ? あ、ギフチャあざっす!」

 軽いノリこそダンジョン配信の醍醐味だ。
 目も合わせず、チャットも読まないなんて言語道断。

 蓮がこんなふうになれたのも――

「――ん?【ゆの】はどうしたって? すぐに来るよ。ちょっと遅れてる。ハハ、先に始めてて、怒られるかもな」

 リスナーに肩をすくめてみせる。
 背が伸びたことで専用装備【黒翼】も丈が合わなくなり、今は長いマントの形状にグレードアップされている。そして蓮の【創造の炎プロメテウス】にも耐えられるようになった、ロングソードを帯びた姿。

 蓮はチャットに目をさっと通すと、爽やかに笑って、

「えっ? 本気でキレられてされるかも――だって? そんなことないって。俺たち毎日ラブラブだからさ。お、来た来た。結乃、こっちだ。おいで――――」



 ・ ・ ・



「――――っ、うぁああああッッッ!?!?」

 蓮は汗だくで跳び起きた。

「?……っ???」

 今は夜。
 ここはベッドの上だ。
 女子寮の2人部屋。自分のベッドで。

 自分の体をペタペタ触って確認する。
 Tシャツとハーフパンツ。身長は……たぶん変わってない。暗くて分かりづらいが、前髪もメッシュではないようだ。

 デジタル時計が示す時間は、深夜の2時。

「……ゆ、夢??」

 どうやら夢の中でダンジョン配信していたらしい。
 それも、成長した姿で。
 悪夢だった。
  
「あ、あんなのが願望……? なわけないじゃん……!」

 アレは憧れの姿というより、『配信者なんだから明るくなきゃ』という強迫観念が生み出した恐ろしい幻影というべきだろう。

 さすがにあんな薄ら寒い配信はしたくない――。

「願望……、結乃……」

 ただ、夢の中ではどうやら結乃は『婚約者』だったらしく。たとえ中学2年生になったとしても婚約なんてできないが。
 けれど……あれが自分の願望?

「…………ん、どしたの? 蓮くん」
「っっっっ!?」

 通路を挟んだ隣のベッドで、結乃が目を覚ました。

「眠れなかった? 大丈夫?」

 寝起きでふにゃっとしているが、とても優しい声。

「ご、ごめん、起こしちゃって――」
「ううん。……悪い夢でも見ちゃった?」
「――――っ」

 悪い夢だし、変な夢だし。
 結乃には言えない。

 でも蓮が押し黙っているせいで、結乃を心配させてしまったらしい。
 
「……蓮くん。そっち行っていい?」
「えっ!?」
「怖い夢、見たんだね。汗も掻いてる。拭いたげるね、待ってて」
「あ、いや」

 それはそうなんだが、そこまで心配されると気まずい。
 結乃は常夜灯をつけると、タンスから自分のタオルを持って来て蓮の肌をぬぐってくれる。

「もう大丈夫だよ。ここには怖いものなんてないから」

 もしかしたら結乃は、蓮が『あの頃』の夢を見たと思っているのかもしれない。
 御殿場ダンジョンに閉じ込められて、あの地獄のような日々のことを。

 ――しかし実態は大きく異なって、単に、本当に変な夢を見ただけなのだ。

「いや別にそんな――」

 言いかけて、ぼんやりした薄明かりの中で結乃と目が合う。

「うん?」

 とても落ち着くのに、蓮をドキドキさせる柔らかなまなざし。タオルを持つ手はどこまでも優しくて、結乃からはほのかに甘い香りもする。

「っっっ……!」

 視線を逸らしても、結乃はパジャマ姿が目に入る。
 半袖に、太ももがほとんど見えてしまっている短かいズボン。彼女の白い肌。

 ――『婚約者』

 さっきの夢がリフレインする。
 結婚したらどうなるんだろう?

 一緒に暮らして、一緒に食べて、一緒に寝て……いつも通りだ。でも夫婦なんだから、ただ一緒に眠るだけじゃないだろう。もちろんああいう――

「っっ!?」
「蓮くん?」
「な、なんでもないっ!」

 煩悩を振り払うように、壁のほうを向いて寝転がり、薄い布団をかぶる。
 けれどそれが、結乃を余計に心配させてしまったらしい。

「…………うん。私、ここにいるからね」
「――えっ」

 結乃も寝そべると、同じ布団に入ってきた。 
 衣擦れの音。スルスルと伸びてくる結乃の腕。蓮を背後からギュッと抱きしめる結乃の唇が、うしろ髪に触れた。安らかな吐息。

 蓮の背中に押しつけられる柔らかな感触。

(まずい、誤解とかないと――!?)

 蓮のメンタルはそんなに弱っていない。夢のダメージは違う意味で深刻だけれど。
 これじゃあ、結乃を騙して役得にあやかっているようなものだ。

(……うぐ、でもこれは……ッ)

 幸せすぎる体勢。
 さっきの『婚約者』を意識し過ぎてしまっているせいもあって、ドキドキするのが止まらない。

 申し訳なさに小さく丸々と、さらに誤解が深まり、結乃の抱擁はすっぽり蓮の全身を包むようになる。

 抱きしめられる恥ずかしさと、それを大きく上回る心地よさと、男子としての興奮と。

(あ、頭が……! おかしくなる……!!)

 当然、眠れるはずもない。

 今は5月。
 昼はだいぶ気温も上がってきたが、夜は少し気温が落ちる。それでも2人分の体温を包んだ布団の中は、じんわりと熱せられてくる。

 結乃の吐息、胸の感触、柔らかく回された腕、足もぴったりと。

(し、しぬ……! 僕は、ここで死ぬっ……!!!!)

 結局2時間ほど、深夜4時を過ぎるまで蓮は意識を保ったまま、天国と地獄の狭間をさまよった。
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