73 / 116
第5章 夜も激しくなりそうです
第73話 試験①
しおりを挟む20階層は、通称【奈落の底】と呼ばれる。
広大な洞窟なのだが、天井を見上げてもどこまでも暗闇。洞窟の柱も、その暗黒に向かってどこまでも伸びている。
その有り様が奈落の底に落とされたようだと言われているのだ。
試験会場は、その一角に設けられている。とはいっても周辺のモンスターを排除しただけで、リングがあるわけでも何でもない。
「さあ、お待たせしました! こちらナイトライセンスの試験会場です」
試験の運営による公式配信が始まった。
「司会は私、神部太一と、解説は――」
「どもども! 配信者のキューゴでござる!」
真面目そうなポロシャツの男性は30代くらいで、ダンジョン装備を着けた巨漢の男は20代前半といったところ。
2人の姿はここにはない。
撮影機材だけが20階層にあり、司会と実況者は1階層の専用ブースからの中継だ。
公式配信にもリスナーようのチャット欄が設定されていて、
・はじまた!
・解説キューゴかよw
・動けるデブ界のラスボス!
・重戦車さんじゃん
「いやー、キューゴさん大人気ですね」
「ははは、拙者は男性人気が高いですからな~……って、誰が女子人気ゼロじゃい! いや誰もそこまで言うとらんわ!!」
・ノリ突っ込み下手かよw
・エセ関西弁定期
・滑ってますよキューゴさん
・司会者も愛想笑いやんw
・この人は滑るまでがセットだから
・蓮くんまだ?
・シイナ様と蓮くんの対戦に全裸待機
「リスナーさん、多いですね。開始直後でもう3万人も見てくださってます」
「おっ、拙者の女性ファンかな?」
「遠野蓮さんは男女ともにファンが多いと聞いてますね」
「ファッ!? そんなやつもう失格や失格!」
蓮の注目度は高く、ナイトライセンス試験配信では近年にない同接数になっていた。それもそうだろう、本来なら蓮よりずっとレベルの低い配信者が挑むのがナイトライセンス試験だ。そして対戦相手も大物のシイナ。
しかし、アイビス同士で行われる試験ということで――
・アイビスって運営にいくら詰んだんだろうな
・八百長試験を見に来た
・どっちも見てないから知らんわ、つまらんかったらすぐ消える
アンチリスナーや、冷やかし目的の者も多い。
そしてカメラが、対峙する2人へと画角を移す。
・もう居るじゃん!
・蓮くんマントが違う?
・シイナ様ぁああああああ!
・ブヒィイイイイイ!
蓮は、マキの工房で受け取ったブロードソードと、専用装備【黒翼】を装備。
対するシイナは、アーカイブで見たとおりのドレス姿。彼女の風魔法を十全に活用するための専用装備【夜嵐】だ。
ただ彼女は、試験を受ける蓮よりずっと殺気立っていて……
「……ろす、……殺す、コロス……」
背中からドス黒いオーラを放ちながら、両手に愛用の拳銃を握っている。試験開始の合図を待たず、すぐにでも『暴発』しそうな雰囲気だ。
理由はなんとなく分かっている。
「わー、ガンバレ~☆」
会場の隅で手を振って蓮を応援している梨々香。
そんな彼女の様子を目にして耳にするたびシイナが、ボルテージを上げていくのを肌で感じる……。梨々香に悪気はなさそうなのがさらに厄介だ。
カメラに映らない位置に陣取っているのはさすがだ。ただ試験が始まるとカメラも激しく動くので、
「梨々香、退避します! レンレン、ぜったい合格できるよ~☆」
と、転移魔法陣から1階層へと去っていった。
――蓮は、まだ音声が乗っていないことを確認してから、
「あの、シイナ先輩? 梨々香先輩のこと――」
「梨々香ちゃんの名前を呼んだ…………!!」
(えー、それでアウト?)
衛藤に『似ている』と評されたのは、やっぱり過剰だった気がしてきた。
(僕はそんなこと……)
例えば別の男が、馴れ馴れしく『結乃ちゃん、結乃ちゃん』と呼んでいたとしても――
(………………。ムカつく)
剣を握る手に力が籠もる……。
前言撤回。
ちょっと似ていることは認めよう。
「さあさあ、いよいよ時間となりました! ここからは受験者の『遠野蓮』、試験官の『シイナ』の音声も配信に乗せていきます!」
ちょうど司会者がそんなアナウンスをしたところで、
「分かったよシイナ先輩。試験だけど、本気で戦おう」
「――――。そう、いい覚悟ね……」
蓮は切っ先をシイナに向け、シイナも二丁拳銃を握り直した。
・おおおおお
・本気モードだ!
・これも演技だろ? 八百長の
・アンチは無視無視! 試験バトルを楽しむぞぉおおおおお!
・女王さま分からせてやってください!
・蓮くんはお姉さんキラーやぞ! わからせ返しだ!
「拙者もワクワクしてきたでござる! シイナ殿の御御足が露わになると思うと――……って、それセクハラや!!」
・氷魔法やめい
・キューゴよ……
・セクハラ通報しました
・もはや犯罪
・せっかく盛り上がってきたところでw
蓮とシイナ、2人のイヤホンから試合開始のブザーが鳴る。
「――――――っ」
次の瞬間、蓮が飛び出した。蓮のスタイルは本来、相手の動きを見て、あるいは読んでから致命的なカウンターを決めるものだ。
だが今は、シイナの反応を見たかった。
重力魔法を応用した最速の飛び込みで10mほどの距離を一気に詰めるが、その突進はシイナによって阻まれた。
――ガインッッ!
それまでダラリと下げられていたシイナの右腕が跳ね上がり、銃口が火を噴いた――いや、風魔法の銃弾を放ったのだ。受け止めた刃が、衝撃で震えて鈍い音をあげた。
(この威力……!)
ノータイムで放った風魔法なのに、蓮の魔力を込めた剣が押された。やはりあの拳銃は、風魔法を強化する効果を持つのだろう。
思考している刹那に、2発目、3発目の銃撃が放たれる。
――ガインッ、ガインッッッ
いずれも蓮の急所を狙ったものだ。試験でありながらもシイナは、腕試しや手加減をするつもりはないようだ。
(……いいね)
容赦のない相手は嫌いじゃない。
自分の能力を見せびらかすでもなく、最小限の攻撃で息の根を止めようとしてきた。
あんなに怒りで震えていたのに、ビタリとこちらの眉間に照準を定めるシイナの銃口は、冷徹なほど微動だにしない。
・蓮くんの攻撃が押し返された!?
・そういや蓮くんと互角に戦えてる相手って初めてじゃない?
・対等な戦闘でどこまでやれるか見物だね。ここで経験のなさが露呈するかもしれない。
・誰の経験が無いんだよw 蓮くんのバトル見たことないだろw
「ルーキー遠野蓮の開幕アタック! しかしシイナの早撃ちが難なく防ぎきりました!」
「蓮殿は魔法も強力でござるが、本人は接近戦のほうが好きそうでござるからなぁ……、そこにいきなりカウンターを浴びせたのは、さすがはシイナ殿といったところでしょうかな」
・武器がショボいな、もっとマシなのなかったのか
・装備選びから勝負は始まってるんだぞ
「まだ風の結界――夜嵐も発動させていませんしね」
「うむうむ。まず蓮殿は、夜嵐を引き出させるところからスタートですな」
・しかしシイナ様おとなしいな
・やっぱ手加減してるんじゃね? 後輩相手だし
・いやこれはガチ
・ガチモードやね間違いなく
「……もう来ないの? それなら……撃ち殺す」
シイナの二丁拳銃が蓮を標的に、乱射される。
――ダガンッッ
――ガンガンガンガンッ、ダガガガガッッ!
「…………っ!」
・撃ちすぎィ!?!?
・マシンガンかよ怖すぎw
・あれって弾切れしないの?
・風魔法やぞ
無数の弾丸を迎撃しながら、蓮は後退する。距離を取らねば躱せない速度。弾いた弾丸が、洞窟の地面や柱を削り取っていく。一撃ずつが致命の威力だ。
「――――っ!」
「殺す、殺す、悪い虫は――――、殺すッッッ!」
・うわこりゃ無理だw
・新人くんもここまでだな
・ひぇえええええ!
――ズガガガガガガンッッ
「1発ずつが削岩機の如く! 遠野蓮、押されています! 一歩も前に出させないシイナ!」
「剣1本でこれは防ぎきれないでござ――――、んっ!?」
蓮の顔面に飛来する銃弾。それも4発。殺意の怒濤。
しかし衝突の寸前――蓮の背中から黒い影がおどり出て風弾を防ぎきった。
「…………っ!?」
「な、なんだこれは!? イージスマント!? シイナも眉をひそめます!」
「イージスマントに違いはなさそうでござるが……あの形状は……天使のような!?」
左の片翼。3枚の黒い翼が、精密な動作で銃弾をはたき落とした。
「それは……?」
「――――【黒翼】」
蓮は、翼の隙間からシイナを睨んで、自身の専用装備の名を告げた。
113
お気に入りに追加
588
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる