上 下
72 / 116
第5章 夜も激しくなりそうです

第72話 宣戦布告

しおりを挟む


 ■ ■ ■


「し、シイナさん……!! お、起きた……!」

 シイナがにマンションから出ると、ばったりとマネージャーと出くわした。どうやら自宅までシイナを起こしに来たらしい。

「朝なのに……朝の11時なのに!」
「う……、だって……こないだ死ぬほど怒られたし……」

 蓮とのコラボを延期にさせたとき、マネージャーからこれまでにない剣幕で怒られた。

「当たり前ですよ、新人に対して示しが付かないし……何より! あの衛藤先輩に謝るとき私がどれだけ緊張したと思います!? あの人が本気で怒ったら地獄が顕現するんですよ!?……まあ、『おかげで蓮さんとデートが出来たので良しとします』って上機嫌だったから助かったものの」
「ふ、ふぅん……」

 生返事でトボトボとダンジョンへ向かう。今日の仕事はナイトランセンス試験の試験官――それだけならまったく気が乗らないし、普通なら寝過ごしていたことだろう。

 ――シイナの心身は、嫌なことがあると自然と『起床を拒否』する。

 戦闘試験の試験官なんて受験生から恨まれる仕事だし、ロクなことにならない。

 けれど相手は、あの遠野蓮だ。
 ただのコラボでは『射殺』できないが、今日は本気でやっていい。

 おかげでシイナは、本当に珍しく目覚ましアラームのとおり午前中に起床できた。これはほとんど奇跡に近い。


 やがてダンジョンに到着する。

「遠野さんは午前中、ナイトライセンスの基本試験――各種数値の計測や、モンスターとの初歩的な戦闘をチェックされています。……彼なら、どれも問題なくクリアするでしょう。お昼を挟んで、20階層で戦闘試験です」

 ダンジョンには、20階層ごとに転移魔法陣が設置されている。1階層から直接その階層まで瞬間移動できるのだ。
 便利だが、不定期に起こるダンジョンの大変動があるとその魔法陣もかき消されてしまい、またイチからの設置作業が必要になる。

 可能なら各階に作りたいところだろうが、そういった事情もあってコストが掛かりすぎるため、20階層ごとの設置で落ち着いている。

 ただし、使用できるのはナイトライセンス持ちだけ。 ある程度の強さがなければ、20階層まで飛んだところで即死する。

 蓮は試験の運営とともに順に登っていき、シイナは転移魔法陣で一気に20階層へと進むのだ。


「では着替えてください」

 1階層で戦闘装束に着替える。
 ドレス型の装備【夜嵐】は、シイナにとっての鎧だ。配信者としての人格を纏う――そんなイメージ。

 ドレスとグローブを着け、ピンヒールを履いて拳銃を装着することで、【双銃の舞踏家】シイナは完成する。

 ――このドレスを作るとき、アドバイスをくれたのは梨々香だった。

 梨々香は、事務所に入ったばかりのシイナに気軽に声を掛けてくれた女の子だった。ルックスが良くて、明るくて、男女ともに友人が多い――

(同じ学校だったら絶対に仲良くなってないタイプ……)

 まあ、そもそも友達自体がいなかったシイナではあるが。
 全然違うタイプの梨々香は、学生時代はむしろ嫌いなタイプだったはずだ。

 けれど、実際に交流を持ってみないと分からないこともある。

 梨々香はシイナのことをまったく見下してなんていなかったし、最初にコラボに誘ってくれたし、配信のチャット欄に現れたシイナのアンチにも、彼女は自分のことのように怒って対処してくれた。 

(梨々香ちゃん……優しい……、最高……)

 あの笑顔を思い出すだけで胸がぽうっと温かくなる。
 そして、そんな梨々香とコラボしたという遠野蓮――

(……もしかして)

 梨々香が遠野蓮に構うのも彼女の優しさゆえなのかもしれない。

 マネージャーから『2人は親しい』みたいな話を聞いて彼への憎悪を募らせていたが、それはシイナの考え過ぎだったのかも。

(そう……、そうだよ……梨々香ちゃんはみんなに優しいから……)

 そう思うと、遠野蓮への殺意も和らいでいく。
 なにせ、相手はデビューしたての12歳。仲良くする気はまったくないが、梨々香がせっかくフォローしてあげている新人を、自分がいじめるのは大人げないかもしれない。

「転移魔法陣、準備できてますよ。いってらっしゃいシイナさん」

 マネージャーに見送られて、1階層の隔離地区にある転移魔法陣に立ち、リスポーン機能の原理で――20階層まで一瞬で到着。

(……そうだ、今日は適当にあしらって、あとで梨々香ちゃんに褒めてもらおう……)

 梨々香にヨシヨシされる妄想をしていると、口元がとろけそうになる。

「っっ、危ない危ない……」

 戦闘モードが解除されそうになるのをギリギリで留めてから、ピンヒールを鳴らして試験会場へと進む。

 そこには――
 遠野蓮が、試験の関係者とともにすでに20階層に到着していた。

 そして、その横に……

「レンレンさっすがー! 午前の試験、みんなビビってたよ~☆」

 蓮にすり寄っている梨々香の姿が。

「えっぐい数値たたき出したんでしょー!?」
「……てか、梨々香先輩なんでいるの?」
「『梨々香ちゃん』だってば~。今日はね、レンレンの活躍が見たくって試験のバイトに申し込んだんだよ! ぴーす☆ それにぃ――」

(………………、は?)

 2人はまだ何か会話をしていたが、もうシイナの耳には入っていなかった。

(梨々香ちゃんに……、遠野蓮が……!)

 どこからどう見ても梨々香が蓮に絡んでいるのだが、シイナの脳内にはそんな文字が浮かんでいた。もはや病気だった。

「遠野……、蓮…………っ!」

 と、2人がこちらに気づく。

「あーシイナちゃん来たー!」
「……よろしくお願いします、シイナ先輩」
「遠野……蓮……」
「「??」」

 口角を引きつらせながらシイナは宣戦布告する。

「八つ裂きにして豚のエサにしてあげる……!!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冒険がしたい創造スキル持ちの転生者

Gai
ファンタジー
死因がわからないまま神様に異世界に転生させられた久我蒼谷。 転生した世界はファンタジー好きの者なら心が躍る剣や魔法、冒険者ギルドにドラゴンが存在する世界。 そんな世界を転生した主人公が存分に楽しんでいく物語です。 祝書籍化!! 今月の下旬にアルファポリス文庫さんから冒険がしたい創造スキル持ちの転生者が単行本になって発売されました! 本日家に実物が届きましたが・・・本当に嬉しくて涙が出そうになりました。 ゼルートやゲイル達をみことあけみ様が書いてくれました!! 是非彼らの活躍を読んで頂けると幸いです。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

最低ランクの冒険者〜胃痛案件は何度目ですぞ!?〜

恋音
ファンタジー
『目的はただ1つ、1年間でその喋り方をどうにかすること』  辺境伯令嬢である主人公はそんな手紙を持たされ実家を追放された為、冒険者にならざるを得なかった。 「人生ってクソぞーーーーーー!!!」 「嬢ちゃんうるせぇよッ!」  隣の部屋の男が相棒になるとも知らず、現状を嘆いた。  リィンという偽名を名乗った少女はへっぽこ言語を駆使し、相棒のおっさんもといライアーと共に次々襲いかかる災厄に立ち向かう。  盗賊、スタンピード、敵国のスパイ。挙句の果てに心当たりが全くないのに王族誘拐疑惑!? 世界よ、私が一体何をした!?  最低ランクと舐めてかかる敵が居れば痛い目を見る。立ちはだかる敵を薙ぎ倒し、味方から「敵に同情する」と言われながらも、でこぼこ最凶コンビは我が道を進む。 「誰かあのFランク共の脅威度を上げろッッ!」  あいつら最低ランク詐欺だ。  とは、ライバルパーティーのリーダーのお言葉だ。  ────これは嘘つき達の物語 *毎日更新中*小説家になろうと重複投稿

抱かれたいの?

鬼龍院美沙子
恋愛
還暦過ぎた男と女。 それぞれの人生がある中弁護士 上田に友人山下を紹介してくれと依頼が三件くる。 分別がある女達が本気で最後の華を咲かせる。

初恋ガチ勢

あおみなみ
キャラ文芸
「ながいながい初恋の物語」を、毎日1~3話ずつ公開予定です。  

I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜 人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった 被害者から加害者への転落人生

某有名強盗殺人事件遺児【JIN】
エッセイ・ノンフィクション
1998年6月28日に実際に起きた強盗殺人事件。 僕は、その殺された両親の次男で、母が殺害される所を目の前で見ていた… そんな、僕が歩んできた人生は とある某テレビ局のプロデューサーさんに言わせると『映画の中を生きている様な人生であり、こんな平和と言われる日本では数少ない本物の生還者である』。 僕のずっと抱いている言葉がある。 ※I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜 ※人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった

責任取って!

鬼龍院美沙子
恋愛
未亡人になり身寄りがなくなり1人暮らしを続けてる女。 男との秘め事は何十年もない!アダルト動画に妄想が走る。

♡【クソ磨き】で生計を立てている篠田昭雄♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとエッチなショートショートをご覧いただきありがとうございます。作者の『x頭金x』と申します。運営についてのお知らせです。書かれたショートショートは一定の期間および閲覧者が誰もいなくなったと判断した時点で削除し、ちょっとエッチなアンソロジー〜〇〇編〜に編入いたします。なぜかと申しますと、そっちの方が見やすいしわかりやすいと判断したからです。しおり、お気に入り等して下さった方には申し訳ありませんが、どうかご理解のほどよろしくお願いしっま〜す♡

処理中です...