69 / 116
第5章 夜も激しくなりそうです
第69話 生徒会長(前編)
しおりを挟む『――生徒のみなさん、おはようございます。新入生のみなさんも、入学して3週間が過ぎて学校に慣れてきた頃だと思います。来週には……』
体育館での全校朝礼。
集団行動に興味のない蓮だが、ステージに立つその女子生徒のことは真っ直ぐに見ていた。
全校生徒と教師陣が勢揃いする集会で、まったく物怖じせずに堂々とスピーチをしているのは、生徒会長の早川有紗だ。
女子ソフトテニス部のキャプテンでもあり、仮入部では蓮もお世話になった。
(早川キャプテン……いや、もうキャプテンじゃないか)
仮入部が終わって『ただのダンジョン配信者』に戻った蓮が、彼女をキャプテンと呼ぶのは筋違いな気がした。
(早川会長、か)
いまだに配信のトークで緊張してしまう蓮からすると、ああして、人の視線を怖がらずに話せる同世代は尊敬に値する。
視聴者数は配信のほうが圧倒的に多いが、生でこれだけの人数の視線を浴びたら、どれだけ怯んでしまうだろうか……。
なにかコツでもあるのかもしれない。
部活を通してできた縁がある。タイミングがあったら尋ねてみようか。
――なんて思えるようになったあたり、蓮も、自分の人見知りが少しずつ改善しているような、そんな気がしていた。
『そしてゴールデンウィークが明けると、5月には中間テストもあります。1年生のみなさんにとっては、中学に入って初めての試験です――』
試験。
蓮が受けるナイトライセンスの試験は今週末だ。
シイナへの対策――というほど確たるものはないが、工房で制作中の専用装備と、あとは、試してみたい技がある。それは工房を訪れたときからボンヤリと考えてスキル。
ただ、それを実行するにはあるものが足りない――
(放課後、工房に行ってみようか)
朝礼中、そんなことを考える蓮だった。
■ ■ ■
早川有紗にとって、仮入部期間の2日間は嵐のようだった。
ソフトテニス部に体験入部してきた新入生、遠野蓮のせいだ。
いきなりテニスラケットを握って有紗と打ちのめしたこと。そのラリーが原因で、彼を目当てにしたギャラリーが追い払っても何度も集まってきたこと。
――彼が悪いわけではまったくないけれど、キャプテンとしては気苦労も多かった。
いつもは頼りになる羽美先生も、初日は倒れてしまって機能しなかった。2日目は体調が治った(?)のか、普段どおりに仕切ってくれたので負担は減ったけれど。
(はあ……、ようやく平穏が)
今日は水曜日で、部活が休み。
スーパーマーケットに寄って夕飯の買い出しだ。母はシングルマザーで、昼間は働きに出ているので部活がない日は有紗が買い物を進んで請け負っている。
本当は部活もせずに家事を手伝うつもりでいたが、離婚の際にも母は、有紗がテニスを辞めようとするのを反対していた。
有紗の『テニスが好き』という気持ちを最優先するよう説得されて、だから今も部活を続けられている。
スーパーの野菜売り場でタマネギを選びつつ、考えるのは彼のこと。
(彼、本入部はしないだろうな――)
あれだけテニスが出来るなら、普通はのめり込んで入部まで至るだろうけれど、遠野蓮はダンジョン配信者だ。
(ダンジョン配信、か……)
彼自身が有能であることは充分に理解したが、それでもダンジョン配信への好感度は変わらない。
――離別した父親が、かつてダンジョン配信をかじっていたことが一番の原因。
配信者としてまったく芽の出なかった父親は、リタイアして若かりし母と結婚、そして有紗が生まれた。もう父はダンジョン配信を見るのも嫌いになっていて、有紗にも絶対に見させようとはしなかった。
……それだけなら、ひとつの家庭の教育方針に過ぎない。
だが父は暴力を振るった。
他人には気弱で頼りない大人だったが、母に対しては強い態度で、特にアルコールが入ると拳を振るうことがあった。
そのときだけは、『ダンジョンでは敵無しだった』などと嘯いて、自分を大きく見せるのに必死になっていた。『力の弱い者は強い者に従うものだ』とも。
有紗はそんな父が大嫌いだった。
そして2年前のある日、父が、中学に上がったばかりの有紗にも手を上げたことが最後のきっかけとなり、母は離婚を決意。
(……配信者なんて)
有紗の中でも、決定的に配信者を嫌う原因になったのだった。
生き死にの価値を軽く考えて、痛覚遮断のおかげで人の痛みが分からなくて――父親の姿こそが、有紗にとってのダンジョン配信者そのものだった。
(彼も……このまま配信者を続けてたら同じようになるかも)
遠野蓮は今のところ、善良な中学1年生だと思うけれど。
(そうだ、配信者を辞めるよう説得して、テニス部に入ってもらえば――)
もっと丁寧にテニスを教えて、腕を競い合うライバルになって。きっと部活にもっと張りが出るだろう。それがいい――
と、そこまで考えてから、自己嫌悪に陥る。
(……これじゃ、あの男と同じだ)
自分の嗜好ばかりを押しつけて、無理やりに言うことを聞かせようとする。大嫌いなあの父親と。
「はあ……」
ため息を漏らす。
そんなふうにならないために、勉強もスポーツも、生徒会長の務めだって精一杯にやって自分を鍛えてきたのに。
小さく首を振って嫌な思考を追い出し、買い物を終える。
マイバッグに一杯の食材を詰めて家路に就く。
大きな通りから、自宅アパートへと向かう細い路地に入ったところで――
あの男が待ち伏せていた。
「なっ――――」
息が止まるかと思った。
面会拒否し、住所も教えていない男。
2年ぶりに会う、最低の父親が。
「――探したぞ、有紗」
虚ろな目と低い声に、全身が凍りつく。あれから2年、背だって伸びて、自分では強くなったと思っていたけれど。
身動きもできず、声も上げられなかった。
「なんて顔してるんだ? 久しぶりに会いに来てやったんだぞ、探偵まで使って――」
無遠慮に距離を詰めてくる。有紗は知らぬ間に後じさっていて、冷たい住宅のブロック塀に背中が当たる。
……まだ夕方だ。有紗が見ていた範囲で路地に人影はなかったが、大声を出せば誰かが駆けつけてくれるかもしれない。
でも無理だった。
どれだけ息を吸い込もうと思っても、吐き出そうと思っても。自分の思うようにならない。
「あんな女のところに居たって、楽しくないだろ? お父さんと暮らしたいよな、なぁ有紗」
「――――っっ」
「なァって!」
左腕を掴まれた。
信じられない力だ。有紗の細い二の腕が、男のガッチリとした手に締め上げられて、持っていた買い物バッグがどさりと地面に落ちる。
痛いのに、悲鳴も上げられない。
嫌いだ。か弱くて頼りない、こんな自分がいやだ。ルールを守らないこんな男に負けてしまいそうな自分がいやだ――悔しくて泣きたくなる。でも涙だけは流したくなくて、必死で眉根に力を込めて、にらみ上げる。
……怖くない、こんな男は。
そう自分に言い聞かせながら。
「……なんだよ、その目は。なあッ!?」
右手が振りかぶられる。手の甲で――というよりもはや、裏拳で有紗の顔をひっぱたく気だ。
身を固くする。
怖い――怖くない。怖い。
念じるように胸の中で繰り返して、けれど反射的に目を閉じた。
「い、いやっ――」
「有紗ぁっ――!」
ああ、殴られる。そう思った。けれど思ったような衝撃は来なかった。
「な、なんだっ……!?」
代わりに父親の戸惑った声。
そして、妙な気配。
「え――」
恐る恐る目を開けると、人影が2人のあいだに割って入っていた。小柄な人物だ。黒い学生服の。
「んだ、このガキっ……!?」
その少年は、振り下ろされた男の右手を前腕でかち上げ、有紗への殴打を防いでいた。
普段とはまったく違う、毅然とした口調で、
「会長、嫌がってるんだけど?」
遠野蓮は言い放った。
122
お気に入りに追加
588
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる