65 / 116
第5章 夜も激しくなりそうです
第65話 夜嵐(前編)
しおりを挟むシイナとナイトライセンス試験で戦うことになる――
ナイトライセンスを取るための試験で、もっとも重要なのは戦闘力だ。そのための試験官は他の配信者が務めることが一般的だ。試験官には当然、一定以上の戦闘力が求められるので、ナイトライセンス持ち、クラスの称号を与えられた者が選ばれる。
『同じ事務所の配信者は試験官になれない』――という明確なルールはないが、通常、忖度が生じないよう関係者は選ばれにくい。
今回のように、蓮の試験官としてシイナが選ばれるというのは異例だ。衛藤が困惑するのも、そういった事情かららしい。
「……蓮さんなら、試験なんて軽々とパスしてくれるとは思いますが」
浮かない顔の衛藤。
「最年少の――中学生の蓮さんが配信者になること自体に反対する人たちは、いまだに居ます。そんな人たちにとっては、ナイトライセンスなんてもっての外でしょう」
「シイナ……先輩が選ばれたのも、そういう理由?」
「かもしれません。蓮さんが勝っても『試験官から手加減をされていたから』なんて、理不尽なイチャモンを付けてくる気かも」
これはマズい事態だ。
試験に通る、通らないじゃなくて――問題は、衛藤のこと。
(そんなことになったらこの人、関係者全員を抹殺するかも――)
社会的に。
あるいは、修羅《しゅら》を使って物理的に。
もうすでに彼女は、全身からただならぬ殺気を放ち始めている……。
そんな事態を防ぐためにも、蓮は何がなんでも試験に通らなくてはならなくなった。
「シイナ先輩は手加減しそうなタイプ?」
「あ、それは絶対にあり得ません。むしろ出来ないタイプです」
「それなら大丈夫なんじゃない?」
「ところが、シイナさんは試験のような――『型にハマった場』には、まったく向かない戦闘スタイルなんです。なので、評議員が試験そのものに難癖を付けてライセンス取得を渋る気かも……って、蓮さん。シイナさんのアーカイブ見てませんね?」
「……う」
コラボ相手について研究するよう言われていたが、コラボ自体がおっくうでスルーしていた。
「仕方ありませんね。ではこれから見てみましょうか、事務所で」
■ ■ ■
衛藤の提案で、四ツ谷ダンジョンから3駅のところにあるアイビスの事務所を訪ねていった。
人気配信者を多く擁するアイビスだが、事務所はこぢんまりとしている。一応、ビルの1フロアを丸ごと独占してはいるが、賃貸だし、面積もそんなに広くない。
社長の二ノ宮が1人で起業した際には、そもそも事務所なんてなくて、自宅やレンタルルームで仕事をしていたらしい――その時代と比べれば、これでもかなり拡大したほうだ。
蓮も何度か訪れたことがあるが、そのたびに社員や先輩配信者と顔を合わせることになるので、ちょっと気が重くなる。
そして今日も――
「お! ウワサの蓮くんか!」
男性の先輩配信者に捕まってしまった。スポーツマンっぽい、背の高い爽やか系な配信者だ。
「俺は堂間信二、同じ『本名フルネーム配信者』だし、仲良くやれそうだなって思ってたんだ。よろしくな!」
「は、はあ……」
共通点があったところで親しくなれそうな気はまったくしないが……先輩なので邪険にはできない。
「堂間さん、今日はミーティングですか?」
衛藤が尋ねる。
「いえ、サイン書きの缶詰っす! さっきまでそこの会議室で。いや~、マジで肩こりそうっすよ」
げんなりした顔で腕を回してみせる堂間。
「もう終わったんですか?」
「うす」
「――それじゃあ蓮さん、会議室使いましょうか」
「? 蓮くんもサイン書き?」
「いいえ私たちはシイナさんのアーカイブ視聴を」
「おっ!? シイナちゃんの? 俺も一緒に見ていーっすか?」
衛藤は少し考え込んでいたが、
「蓮さん、どうでしょう。堂間さんも上位クラスの配信者です。解説してもらうなら、私より適任かもしれません」
「僕はいいけど――」
「私と蓮さんの蜜月を邪魔されてしまいますが、よろしいですか?」
「……いいよ、別に」
「本当に本当ですか!? 後悔しませんか!?!?」
「絶対しないからいいよ」
謎なテンションの衛藤を横目に、蓮はさっさと会議室に入る。
「あ、ちょっ、蓮さん? 先に行かないでください!?」
「……衛藤さん、今日も絶好調っすね」
と、堂間も付いてきて試聴会は始まった。
アイビスの会議室には、特大の中空ウィンドウで映像を映し出せる機材がそろっている。
衛藤、蓮、堂間と横一列に並んで、シイナの戦闘配信を再生する。生配信のアーカイブ動画で、チャット欄も当時と同じように流れるものだ。
蓮は、シイナの姿を初めて見る。
「……ドレス?」
ダークネイビーのナイトドレスに身を包んだ、銀髪ロングヘアーの18歳。前髪も長く、ヘアピンで片目だけを露出させている。スレンダーな美女だ。
薄紫のピンヒールで石畳の床をカツンと叩き、
『――こんばんは』
カメラに向かって語りかける。
『今夜も豚どもがうるさいわね――気持ち悪い』
冷たい声で言い放つと、配信のチャット欄が、
・ブヒイイイイイイイイイイイ
・ぶひぃいいいい!
・シイナ様ぁあああああああああ!
・そうです我々は豚です!!!
・もっと罵ってください!
・ありがとうございます!ありがとうございます!!
「…………。なにこれ?」
「蓮さん、これがシイナさんと愉快な仲間たちです」
「自称『豚ども』なんだよな」
衛藤と堂間に説明されても、ぜんぜん理解が及ばない。
「でも蓮くんも目が行っちゃうだろ? あの脚線美」
ドレスの左足には深いスリットが入っており、シイナの白い脚が惜しげもなく晒されている。
「男なら、絶対釘付けになるよな!」
「……うん」
蓮は画面を見たまま首肯する。
「蹴りが主体のスタイルかな? ハイヒール履いてるけど、あれも武器になる――? ドレスって邪魔そうだけど。魔法の属性は――」
「…………」
なぜか、隣で堂間が呆れていた。
「……衛藤さん、蓮くんってもしかして結構な大物《おおもの》?」
「今はちょっと戦闘スイッチ入っちゃってますからね。……それでも、特定の女の子の前だと惚気《のろけ》まくるんですよ?」
「えっ何それ、オモシロそうじゃん! ああ、あの『ゆのちゃん』か!」
「――2人とも?」
蓮を挟んで左右の2人が横道にそれたトークを始めている。
「ですが蓮さん、そういうところもシイナさんと蓮さんは似てるんですよ?」
「?」
「シイナさんも極度の『あがり症』で。人と話すのが苦手――カメラの前に立つと、簡単に許容量をオーバーしちゃうらしくて」
「んで、女王様キャラになっちゃうってワケ」
「……似てないけど?」
「『敵』を目の前にしたときの蓮さん、似たようなものですよ?」
そうは言われても――
『ハァ……こんなマゾ豚だらけの配信、今すぐにでも終わりたいけれど』
・いやだああああああああああ!
・もっと冷たく! もっと冷たく言ってください!!
・それはそれで、アリ!!!
…………。
こんなのと一緒にはされたくないが。
『本当、八つ裂きにしてやりたい。仕方ないから私の狩りを見せてあげるけど――』
と、蔑んだ眼差しを向けてくるシイナの背後から、見覚えのある顔が映り込んできた。
『あーシイナちゃーん! やっほー☆』
『り、梨々香ちゃん――!?!?』
こちらもアイビス所属、配信者の梨々香だ。
それまで氷の美貌を保っていたシイナの表情が一瞬で崩れる。
『ふぇえええっ!? ど、どうしてここにぃっ!?』
『梨々香も配信なんだー☆ あ、私もあいさつしていーい? 豚どものみなさーん、梨々香でーっす』
相変わらずフランクな人だ。
シイナとまったく違うタイプだが、チャット欄は盛り上がる。
・梨々香ちゃーーーん!
・ギャルだぶひぃいいいいい!
・うわ可愛い!
・豚ですブヒィイイイイイイっっ!
・太陽と月って感じだな2人
・シイナ様、素が出てますよww
・梨々香ちゃんのこと大好きだからなぁw
『ふ、ふわっ……、梨々香ちゃん、ど、ども……』
急に猫背になり、ペコリと頭を下げる。
『えーシイナちゃん今日も綺麗すぎない? 目の保養なんだけどー?』
「そっ、そんなぁ……ふ、ふへへっ……、り、梨々香ちゃんこそ……、か、かわっ、かわ……ふひゅっ』
・シイナ様キモいですw
・陰キャ漏れてますよ?
・もう目がハートじゃんw
・シイナ様も豚化してますねぇ!
・俺たちは豚仲間だった?
大人っぽいナイトドレスを纏った18歳のお姉さんが、見るも恥ずかしいほど表情を引きつらせて恥ずかしがっている様子――
「…………。僕、似てないよね?」
「ま、まあここは流石に……」
「シイナちゃん、基本はひきニートだからなぁ。俺が事務所であいさつしても目も合わせてくれないし、小声でなんか言ってすぐ逃げるし」
「…………」
そこだけはちょっと共感。
『り、梨々香ちゃん、今日って――』
と、動画の中のシイナが言いかけたところで、第三者の声が割り込んでくる。
『梨々香ーっ? どこいんのー?』
『あっ朔だ』
・りりさくの朔か
・カップル配信者だもんな
『お、いたいた。梨々香はやく行こうぜ~』
『は~い。そんじゃね、シイナちゃん。バイバーイ☆』
『……………………』
・シイナ様、殺気が!
・メッチャ睨んでおります!
・オレらにも向けてくれないほどの殺意が朔を襲う……!
・梨々香ちゃん取られたからかw
・脳が破壊されちゃうねぇ
「――睨みすぎじゃない、この人。殺気のコントロールが下手だね」
「……蓮さん。想像してみてください」
「?」
衛藤が、なにやら諭すような口調で、
「動画の中の梨々香さんのことを、結乃さんだと思って。そして朔さんは――そこの堂間さんでいいでしょう。2人はカップルです」
「……は?」
「そしてシイナさんの立場が蓮さんだとして……配信中に結乃さんとバッタリ会うも、堂間さんにかっさらわれてしまう――なんてイメージしてみましょう。どうですか?」
「――――――。は?」
「ちょ、ちょっと衛藤さん!? 蓮くんが、蓮くんが死ぬほど睨んでくるんだけど!?」
右隣に座っている先輩配信者の堂間を見上げる。
この男が、結乃に馴れ馴れしく話しかけて、連れ去って――
「――――――――」
「怖い、怖いって!? なにこの子!? 俺、鳥肌立ってるんだけど!?!? チビリそう! チビリそうだから!!!」
画面の中のシイナとよく似た形相で、蓮はしばらく堂間に殺気を送り続けた。
113
お気に入りに追加
588
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる