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第5章 夜も激しくなりそうです
第62話 女子キャプテン(後編)
しおりを挟む(そんな……)
蓮の強烈な打球に、有紗だけでなくコートの周りが黙り込んだ。
唯一、羽美だけがまるで予見していたかのように表情を変えずにじっと見守っている。
あこがれの羽美の前でこんな無様なところを見せるなんて――
「ま、まだっ……!」
有紗《ありさ》のサーブ。
蓮はそれをお手本のようなフォームで返す。有紗の――そして羽美のようなフォームで。
ムキになってきて有紗は『簡単なラリー』の範疇を超えて、ボレーやロブショットも交えて応じる。もはや仮入部員の体験メニューなどではない、ほとんど試合と同じだ。
初見の球種に蓮は、対応できずに失点する。だが2発目にはラケットに当ててきて、3発目には完全に返してくる。
そして――
次には、彼は有紗のボレーやロブをマスターしてしまうのだ。
(嘘でしょ――!?)
羽美に聞いたことがある。
スポーツとは、ある面を突き詰めれば『動作の最適化』だと。理想の姿を思い浮かべて、その通りに身体を動かせるか――遠野蓮はいま、有紗という理想を明確にイメージして、そのすべてを寸分違わず再現している。
そしてある種目を極めたアスリートは、自分の身体操作の加減をよく理解しているから、別の種目でも常人以上に早くなじめるのだと。
……だが、彼の場合はそんなレベルじゃない。
そもそも、12歳の少年がそんなプロアスリートのような努力を重ねてるなんて信じられなかった。どれだけ濃密な努力を積めば、こんなふうになれるのか――?
ダンジョン配信者なんて、身の丈に合わない強大な力を手に入れて威張っているだけの人種だと思っていたのに。
「こ、こんなのっ……!」
プレイしながら彼は、こちらのことをつぶさに観察している。
ラケットを握る手首の角度、腕の振り方、踏み出した足のつま先が向く方向。脚に込めた力や、視線の行方、息づかい、心臓の鼓動まで――その一挙手一投足を五感で観察されている。
まるで、丸裸にされている気分だ。
「はっ、はっ……!」
これが試合なら、さすがに有紗が勝っている。蓮はところどころルールを無視しているし、リーチの差や体力差で有紗が得点を重ねている。
だが、さっき初めてラケットの握り方を知った素人に、ここまで追い詰められているのは――明確に敗北だ。
――バシンッッ!
蓮の1球が決まって――ラリーはそこで終わった。
わずかな沈黙のあと、ギャラリーが一斉に沸く。いつの間にかソフトテニス部だけでなく、フェンスの周りには他の部活動生まで集まっていた。
「なんだあの1年!?」
「経験者でしょ?」
「いやド素人だったんだってマジで!」
「早川キャプテンと互角なんて……!」
「早川先輩、本気だったよね!?」
「あれ『遠野蓮』だろダンジョン配信者の……!」
「スポーツもできんのかよ」
「えー、カッコ良くない!?」
「ソフトテニス部入ったら一緒に居られる……?」
悔しいが、恥ずかしさはない。清々しい気分とまでは流石に言えないが――ここまでされたら、彼のことは認めざるを得なかった。
ネットまで歩み寄ると、彼も自然と真似してきた。
さすがに、体力は1年生だ。蓮は肩で息をして汗も掻いているが、目つきはラリー前のオドオドした男の子とは違っていた。
「……あんま興味なかったけど」
「?」
「ソフトテニス……楽しかった」
意外な感想だった。
でも確かにかなり変則的だったが、白熱したゲームだった。そういう意味で興奮していたのは有紗も同じだ。
図らずも、仮入部生にソフトテニスの楽しさを教えるという目的は達成できたことになる。見学者の様子だと、入部希望者はさらに増えそうでもある。
「早川キャプテンのおかげ、だと思う。……ありがとう……ございます」
「っっっっっ!?」
人見知りのはずなのに、感謝の意を伝えるときには恥じらいながらも真っ直ぐに目を見て伝えてくる。この態度、もしかしたら彼の身近にいる、親しい誰かの影響なのかもしれない。
ラリー中は凜々しさというか不敵さすらあったのに、最後の最後に上目遣いではにかむなんて――卑怯だ。
胸の奥が、キュッと締めつけられるような感覚。
(な、なにこれ――っ?)
動悸が激しくなるのは、ラリーに熱中しすぎた後遺症だろう。そうに決まっている……というか、それ以外にあり得ない。
「ま、まあ、テニスの奥深さはこんなものじゃないから――。お疲れさま、他の1年生と一緒に集合してて」
言ってから、スタスタとコートを後にする。
相変わらず笑顔の羽美の前まで行って、
「……すみません、騒ぎになってしまって」
有紗と蓮のラリーを見物しに、大勢のギャラリーが集まってしまっている。肝心の蓮は取り合っていないようだが、これでは部活に集中できない。
「すぐに解散してもらいますから――って、先生?」
ニコニコしたままの羽美は、何も言わない。
もしかして怒っているのかも? 3年生なのに、キャプテンなのに、職責を放り出してゲームに没頭するなんて。
「すみませんでした、今後はこんなことがないように――……」
反応がない。
「先生?」
二の腕にそっと手を添えて、揺らしてみる。
反応がない。
「せ、先生――!?」
そのまま、ふらーっとコートに倒れ込む羽美。
「先生っっっ!?!? 誰か救急車を……、保健室に連れて行くの手伝って!!」
有紗は思いもしなかった。
あこがれの先生が――『最推しの配信者が自分の大好きなスポーツに熱中して活躍する姿をナマで見られて尊死』して、意識を失う人種だったなんて――ほんの少しだって想像できなかった。
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