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第5章 夜も激しくなりそうです
第57話 博士(後編)
しおりを挟む「すみません、余計なことを聞きました」
新田は反省しつつ、本来の用件を告げることにした。
「本日は荒巾木博士の……アーカーシャ博士のご見解を伺いたくて参りました。先ごろ、四ツ谷ダンジョンにイレギュラーな事案が発生しました。D財団にも資料が提供されているはずです」
トークの主導権をこちらに取り戻そうと新田は気張って、なるべく冷静に話しかけた――だがその気負いが肩透かしを受けるほど、彼女はすんなりと聞き入れてくれた。
「あぁ、知ってるぜ。バンデット・オウガが2階層に出たっつー、アレだな。アタシの最愛の息子が関わってるんだ、誰より真剣に考えてるっつーの」
「息子……遠野蓮さん、ですね」
この荒巾木は、ダンジョン孤児だった遠野蓮を迎え入れた里親だ。彼の、いまの母親。
「ま! 最愛の息子の手にかかれば問題じゃなかったけどな! な!?」
「おっしゃるとおりです、博士」
「ご子息は無敵です、博士」
嬉しそうに自慢する荒巾木に、双子の助手も同意する。
「博士もご覧になられたんですね。私は、あの件について調査しています。10階層のモンスターが脅威というのではなく、別の階層にそのモンスターが出現したことが問題なのです」
これまでに観測されたことのない事例だ。たった1体が紛れ込んだだけならば、さして問題ではない。高レベルのモンスターに配信者が倒されても、1階層にリスポーンするだけだ。
だがもしこれが、現れたのが1階層だったとしたら? そして万が一、あのゲートから外に出てしまったとしたら……?
そういった危険を考えると、放っておけない事象なのだ。
通常、モンスターは他のフロアに移動しない。配信者は各階を繋ぐ階段を自由に行き来できるが、なぜかモンスターは、ダンジョンが用意したはずのその通路に近づこうとしない。
それぞれ隔離されたフロアで、それぞれの生態系を維持している。世界中、どこのダンジョンでも同じだ。
例のバンデット・オウガもが階層を上下したという目撃情報もない。一体、どんなルートで、どうやって2階層まで降りてきたのか。
「あの直後、現地に調査を入れたのですが何の痕跡も見つけられませんでした」
「新田ァ、テメーも入ったか?」
「いいえ私は……デスクワーカーでして」
「使えねェなぁ!」
「使えませんね、新田」
「使い物になりませんね、新田」
「――うぐ、仕方ないじゃないですか、人には向き不向きというものがあるんですよ」
「そういう意味じゃねェよ!」
荒巾木が否定する。
「テメーは立派にデスクワークをすりゃいいんだ! それが新田のいいところだろーがよ!?」
「長所を生かせて偉いですよ、新田」
「適度な運動も欠かしてはなりませんよ、新田」
いきなり褒められてしまった。それとも馬鹿にされてる? もう、どう反応していいやら……。
「そうじゃなくてアタシは、現地を見た人間の話が聞きたかったつってんだよ! 例えば、『外壁はどうなってたか?』とかなァ!」
「詳しくは調査していませんが、異常があれば何かしら報告があるはずですが――」
「それは『外から見た外壁』の話だろ? アタシは、『中から見た外壁』のことを言ってるんだ! なにか、魔力の痕跡は無かったかってなァ――こっちへ来い、新田ァ!」
ズカズカと大股で歩いていく荒巾木のことを、新田は慌てて追いかける。双子の助手も異様に足が速く、3人に置いて行かれないようにするのに苦労した。
やがて、壁に行き当たる。
御殿場ダンジョンを構成する外壁だ。
「コイツだよ、コイツ!」
握った拳の手の甲で、荒巾木が壁を叩く。
「それが、何か?」
「頭使え新田ァ!! 四ツ谷ダンジョンのここを通ったんだよ、ソイツはなァ!」
バンデット・オウガが通った? 壁を?
「コイツだけは、1階層からずーーーーっと上まで続いてんだろうがよォ!?」
「その内部を通った……と?」
「死んだモンスターは魔力に変換されるだろぉ!? 同じ原理を使えばいいだけだ! 一旦、モンスターを解体(バラ)して魔力に換えて、それから外壁を経由させて別の階層に『リスポーンさせる』、それで行けんだろうがよォ!」
「…………!? 待ってください!」
どうも彼女の言い振りからすると――誰かの手が加わっているように聞こえる。
「そう言ってんだよ! だからブッ潰さなきゃいけねーんだ、アタシの優等なお姉ちゃんをよォ!」
「えっ。まさか、博士のお姉さんがそれを……?」
「確証はねぇがなァ――そんな天才的所業をやってのけられるのは、ウチのお姉ちゃんしかいねぇよ! ガチで!」
荒巾木の姉が関わっている、というのはあまりに突拍子がなくて、彼女の言葉を鵜呑みにすることはできない。
彼女の言う『姉の野望』とやらと関係しているのだろうか? だとすれば、その本人を早く確保しなければならないが。
「野望、とおっしゃっていましたよね?」
「ああそうさ! お姉ちゃんは、世界をダンジョンにしてーんだ! 人間様とモンスター様が、仲良しこよしでブッ殺し合う世界を作りたくてウズウズしてんだよ、あの人は昔からなァ!!」
「そんな無茶苦茶な……」
今の世界がうまく回っているのは、人間世界とダンジョン世界、その2つが隔てられているからだ。だがもしその隔壁を壊そうという者がいたら。
10階層のモンスターを2階層に移動させることができるなら――モンスターをダンジョンの外に解き放つこともできる?
「……いやいや、我々の世界で魔力は使えません! だからモンスターだって存在できないはず。一体どうやって――」
「知らねぇよ! アタシのお姉ちゃんは天才だからなァ、とんでもない方法で『2つを1つ』にしようと考えてるかもしれねェ! モンスターの階層間移動は、そのための第一段階なんだろうよ!」
仮説に過ぎないが、もしそうだとしたら危険思想にも程がある。
「新田は知らねぇみたいだが、財団も政府のお偉方も、血眼になって行方知れずのお姉ちゃんを探してるんだ! パニックを避けるために秘密裏になァ!」
「……上も、知っている?」
今回の新田の仕事は、この荒巾木博士の見解を聞くこと。総合企画課長じきじきの命令だ。
課長からは、『彼女の意見の一言一句をすべて報告しろ』と言われている。荒巾木の姉が関わっていると、そう見当づけているからだろう。
――しかしどうやら。
新田もこれを機会に、その秘密を共有するチームに組み入れられた、ということらしい。
「はぁ……、ここまでおおごととは……」
「元気を出しなさい、新田」
「ため息は泥棒の始まりですよ、新田」
「初めて聞いたよそんな話……」
「心配すんな、新田ァ!」
荒巾木の大きな手が、新田の背中をバシンっと叩く。
「痛っ!?」
「お姉ちゃんが当面、四ツ谷ダンジョンに狙いを付けてるんなら好都合だ! あそこなら、異変が起きてもすぐ対処できるだろ!」
「……まあ、そのためのダンジョン配信者でもありますからね」
ダンジョン配信はただのエンタメというだけではない。
強力なモンスターが蠢く階層を探索し、未知の素材を獲得し、モンスターに対抗するための兵器開発に寄与して、もしスタンピードが起これば対応する。
「配信者数の多い四ツ谷ダンジョンは、つまり『攻め手』も『守り手』も大勢いるということですからね」
「アァ!? それだけじゃねェだろ!」
荒巾木は苛立つ。常にこのテンションなのでわかりにくいが、新田の発言がお気に召さなかったらしい。
「ど、どういう?」
「あそこには――アタシの最愛の息子がいるだろうがよォ!? アイツが本気になれば、ダンジョンごと殺し尽くしてくれるぜ!」
「遠野蓮……くんですか」
確かにあの少年は底知れない。
年上の配信者たちに引けを取らないどころか、圧倒してばかりだ。
「正直私は、彼がモンスターを呼び寄せているかも、なんて考えてもいたんですが」
「は?」
遠野蓮は、ダンジョンから自力で生還した世界で唯一の人間だ。その特異性ゆえに、
「彼の存在が10階層のモンスターを2階層まで呼び寄せたのでは、と――」
「ッッッッざけんな新田コラァ!!」
今度こそ荒巾木が激昂した。あまりの迫力に新田が外壁のところまで後ずさったところで、壁ドン。
ただし、新田の顔の横に突きつけられたのは、手ではなくて足だったが。
(あ、足長っ……!)
こんな武闘派な研究者になんて会ったことがない。
「最愛の息子のことはアタシが一番調べたんだよ! 魔力の隅々までなぁ! あの子は……普通の人間だ!」
「す、すみません――」
「蓮サマを疑うなど万死に値しますよ、新田」
「今すぐ腹を切って詫びなさい、新田」
3人から冷たい視線を浴びて、生きた心地がしない。
だが、荒巾木は急に平静な声になって、
「財団があの子を引き取ったのは、その調査のためだった。『野放しにしていいのか?』ってな。だからアタシは証明してやった。あの子に問題なんてないことを。――ただ」
「ただ?」
「これはあの子の宿命ってやつなのか……お姉ちゃんの野望に対して、あの子はジョーカーになり得る」
荒巾木は足を降ろして、今度こそ右手で壁ドン。
「あの子の得意属性を知ってるか? 重力魔法だ」
――ゴリッ
と、新田の耳のそばで何かが削れる音。
「見てみろ、コレ」
荒巾木の手には、綺麗に削り取られた岩の塊が。新田の目が驚きに見開かれる。
なぜならこれは、ただの小さな岩塊ではない――決して壊れないはずのダンジョンの外壁。その一部なのだから。
「な――」
「壊せないんじゃねェ、単純に火力が足りないんだ。そして重力魔法は、この外壁破壊にもっとも適性のある属性――アタシ程度の魔力じゃ、これくらいが精一杯だがな」
「程度って……」
充分に恐るべき威力だ。やはりただの研究者とは一線を画す――
「お姉ちゃんが外壁にモンスターを潜ませようと関係ねェ。あの子ならダンジョンごとやれる――それにたぶん」
これまで断言ばかりしてきた荒巾木が、ふいに断定を避けてきた。
「あの子はやる。自分……っつーより、周りの人間が危険にさらされるなら、あの子はダンジョンごと殺し尽くすだろうさ。アンタらも覚悟しときな? 蓮が本気になったら――誰にも止められねぇってことをな?」
静かな迫力を前に、新田は黙って首肯した。
「彼には、より多くの権限を与えようという動きもあります。取りあえずは【ナイトアカウント】への挑戦権を。ただ相変わらず反対論が――」
12歳のダンジョン配信はそれだけでも特例だ。さらに夜も危険なダンジョンに潜らせるなど非常識……そういう意見が根強くある。
「アァん!?」
「そ、そこは私もナンセンスだと思いますよ、彼の実力を考えれば――それに今の話を聞いたらなおさらです」
ダンジョンと人間世界の危機を防ぐための切り札。12歳の少年に頼るというのは情けなくも感じるが――そこは、それこそ向き不向きの問題と割り切るしかないかもしれない。
彼は彼のやれることを、自分は自分のやれることを。
「私も改めて働きかけてみます」
「それでいい! 任せたぞ新田ァ!」
バンバンと肩を叩かれる。その手の平は凶器となり得ることがわかった今、ひと叩きされるごとに緊張が走るのだが。
「アタシも必要なときが来れば上京してやるからよォ! SNSで繋がってやる、光栄に思えよ!」
「た、頼もしいです……」
「蓮サマに会えるの楽しみですね、博士」
「東京観光も満喫しましょうね、博士」
上司から任された今回の任務。
取りあえずパイプ役は果たせたようだが……この厄介な人たちとの繋がりができてしまったことを、喜ぶべきかどうか。
新田の苦労は、まだまだ続きそうだった。
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