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第2章 トラブル対応したら海外までバズりました
第15話 コミュニケーション(物理)
しおりを挟む※微エロ注意(コメディですが)。苦手な方は飛ばしてください。次話でも流れは繋がります。
――――――――
どれだけ時間が経っただろう。
何時間もそうしていたような気もするし、ほんの数分のような気もする。
ようやく涙が止まり、蓮は顔を上げる。
「目、赤くなってるよ?」
結乃の手が頬に触れて、親指で目尻を拭われる。見上げると、彼女の目元にも涙のあとが確認できた。
泣いたのなんていつぶりだろう。頭がぼーっとするし、全身は火照っているし、胸と腹の中が空っぽになったようだ。
……けれど、嫌な気分じゃない。
戦闘でのストレス発散なんて比べものにならないくらい、心がスッキリしている。
とはいえ体は汗だくで、シャツが肌に張り付いている。
ちなみに、ダンジョンでの返り血はとっくに消えている。
通常、ダンジョン内部のものは外に持ち出せない。武器や鉱石などを持ったままだと出口の門に拒絶されてしまうが、体に付着した返り血や汚れくらいなら門から出ることはできる。
ただし、外に出た瞬間に蒸発したように消え去るので、研究目的では持ち出せないが。
「暑い……」
「だね」
「シャワー浴びよ……」
「うん」
スリッパの足を床に下ろす。足下がおぼつかなくて変な感じだ。結乃も同じなのか、危なっかしい足取りだ。
彼女のために、シャワールームのドアを開けてやる。
「はい……」
「あ。ありがとう」
結乃をエスコートしてから、自分も入る。狭い室内で、どちらともなく自然と背中合わせになり服を脱ぐ。
汗で張り付いたシャツと、ズボンと、靴下と下着を脱ぎ捨てて蓮は、シャワーカーテンを開く。
「……先に」
「うん。私はもうちょっと掛かるかな」
髪の編み込みも解かなければいけないだろうし、女子なのだから下着を脱ぐにも時間が掛かるのだろう。
シャワールームに湯船はなく、壁に掛かったシャワーと、壁に小さな棚があるだけ。結乃が使っているシャンプーやボディソープ、それから蓮にはよく分からない種類のチューブや瓶が並べられてある。
シャワーを手に取り水栓をひねる。しばらくするとお湯になってきたので、蓮は頭から浴びる。
(気持ちいい……)
べったりした汗が流れていき、心地よさが全身に広がる。
「入るね」
シャワーカーテンの端をめくって、結乃が入ってくる。
彼女にも湯がかかるように、蓮は壁にシャワーを戻そうとするが、悔しいことに背が足りずに手間取ってしまう。
「貸して? はい、これでよし」
背後から結乃が手助けしてくれた。2人して心地良い熱さのシャワーを浴びる。身長差の都合で、蓮が前に、その後ろに結乃。
「背中洗うよー」
どこかフワフワした声音で言って、結乃はボディーソープを手に取って泡立てて、蓮の背中を洗ってくれる。
背中を人の手で洗われるのは不思議な感覚だ。くすぐったいような、でもずっとこうしていたいような。
風呂に2人で入るなんて、そうない機会だ。ましてや体を洗ってもらうなんて。
2人で……?
「………………。ん?」
「…………あれ?」
そこで、はたと気づく。
(2人で!? 入ってる!? 裸で……!?!?)
結乃の手も止まっていた。
というか、彼女も背後で固まっていた。
お互い、頭がどうにかしていたらしい。狭く密閉されたシャワールームで今、全裸の2人は完全に身動きが取れなくなってしまった。
「あ、あああ、私ボーッとしてて、ど、どうしよう? 一緒になんて嫌だよね!? ごめんね、すぐに出るね!?」
ああ、結乃が『敵』だったら良かったのに。
そうだったら蓮はこんなヘマをすることなく、こんな危機的状況に陥りはしなかっただろう。そして……
「きゃっ!?」
床に広がるボディーソープの泡で、結乃が前方に倒れそうになるのも事前に察知して、食い止められただろうに。
ずるっとコケた結乃の体が、蓮に接触する。
――むにょんっ
と、信じられないほど柔らかな感触が、蓮の背中にしっかりと伝わってきた。
「――!? …………ッッ!?!?」
目を白黒させる、とは今の状態を言うのだろう。
「ごめ――」
「う、動かないほうが……!」
「え!? う、うん……!」
慌てた結乃を落ち着かせるのが先決だ。これ以上なにかしようとすると、彼女は致命的な失敗をしそうだった。
だが。
それはつまり体勢を維持するということ。
倒れそうになっていた結乃はとっさに壁へと手を突いたが、勢い止まらず蓮を押し潰すように前に倒れてきている。
ボディーソープの泡にまみれた肌と肌。
うなじから肩甲骨のあたり一帯が、柔肌に包み込まれている。それも、ただ柔らかいだけじゃない。蓮にとって未知の弾力と、圧倒的な質量を伴った結乃の濡れ肌だ。
(こ、この感触って――)
正常な思考を取り戻しかけていた蓮の頭が、一瞬で茹で上がってしまう。
結乃はどう思っているだろう。
年下の男子なんて、異性として見ていないのかもしれない。一緒にシャワーを浴びるのも、彼女はなんとも思っていないのかも。
「ゆ、ゆっくり動くから……大丈夫、もうコケないよ?」
落ち着いてきたらしい結乃が、腕立て伏せの要領で体を離していく。シャワールームの壁と結乃の体とで挟み込まれていた蓮も、少しずつ解放されていくが――
(や、やばっ――!?)
今の体勢から元に戻ろうとする拍子に、蓮の体の前半分が、結乃の視界に入ってしまった。
「だ、ダメだ――っ」
「あっ!?」
こればかりは生理現象なので仕方がないのだが、その状態を結乃に見られてしまったのだ。見下ろす角度で、蓮の前半身を。
「こ、これは、ちがっ」
反射的に前を隠しながら、振り向く。
そして今度は、蓮がズルッと足を滑らせてしまった。
顔が。
顔面が。
結乃の胸に埋まってしまった。
「~~~~~~~っ!?」
「れ、蓮くん……っ!?」
転倒しまいと咄嗟に、結乃の体に両腕でしがみつく。
「――――ッッッ!?」
もはや声も出ない。
思考能力が根こそぎ刈り取られ、何も考えられなくなる。
「こ、転んで壁に顔打たなくてよかった……ね? あ、あはは」
お互いに転倒しないよう、背中に腕を回して裸で抱き合っているが、果たしてこれは正解なのか? 純然たる事故なのだが、こんな場面を誰かに見られたらどう言い繕っても無駄だろう。
「こ、困った……ね? どうしよっか……」
「…………っっ」
動くに動けない。これ以上の事故は防がねばならない。
シャワーのせいなのか、自分の肌だけでなく結乃の肌も高熱を帯びているような気がする。
ボディーソープのものだけではない、蠱惑的な香り。存分に心を癒やしてくれるのに、一方で、どうしようもないほど本能を掻き立ててくる結乃の肌。
さっき、ベッドで抱きしめてもらったときとは全く違う感情がこみ上げてくる。どちらが好ましい、とか、そんな次元ではなく。
(どっちも良…………、じゃないぞ僕!?!?)
危うく思考が暴走するところだった。
どうにかこの危機から脱出しなければ。
――と。
コンコン、とドアをノックする音。
「――――ッ!?」
「…………っ!?」
2人して身を硬直させる。しかし音の遠さからして、このシャワールームのドアではなく、部屋のドアがノックされたようだ。
(柊さーん、ご飯の時間だよー)
(結乃ちゃん今日、配膳係~)
同じく当番らしい同級生たちが結乃を呼びに来たのだ。
応答しなければ怪しまれる。居留守を使っても、寮という限定された空間だ。この時間、部屋にも食堂にも姿がないのは不自然すぎる。
(……いないのかな? あ、カギ空いてる。入ってみようか)
「~~~~~っっっ!?」
「~~~~っ!」
(ダメだよ。例の中学生くんもいるんだよ。男子の部屋に勝手に入るのは)
(あーそっか。……ん? じゃあ今、彼も部屋にいないのかな? さっき帰って来てたよね?)
(結乃に電話してみよっか)
まずい。非常にまずい。
どうも扉は薄く、音を通してしまうらしい。室内でスマホが鳴ってしまったら、いよいよ居留守がバレてしまう。
「ゆ、結乃……っ!」
「えっ」
思わず小声で呼び捨てにしてしまうが、蓮の脳内はそれどころではなかった。
「ぼ、僕は目をつぶっておくから、出て返事を……!」
「じゃあ私も目を――」
「ダメだ! 2人とも視界がゼロになったら何が起こるか!」
「た、たしかに」
今は自分たちの足を、まったく信用できない。
「そ、それじゃあ、私は横を向いて動くから……蓮くんのことは見ないから、大丈夫だからね!?」
「信頼する――!」
互いに決死の覚悟。
蓮は、万が一にも結乃の裸を見てしまわないように、ガチガチにまぶたを閉じる。
「い、今……っ!」
「うんっ……!」
そーっと肌と肌を離し、結乃も転んでしまわないよう慎重な足取りでシャワーカーテンから出て行く。
成功だ。
シャワールームのドアが開く音。
「あ、あー、ごめーん! シャワー浴びてた~」
結乃が外に届くよう声を張る。
そして嘘はついていない。2人で、という点はもちろん秘匿しているが。
「すぐ行くね~! 蓮くんもすぐに上が……ト、トイレから出てくると思うから~!」
「なんだ居たんだ~」
「いいよ、ゆっくりねー」
「う、うん。ありがとー!」
ちょっとギリギリだったが、友人達にはバレずに済んだようだ。
蓮の体は……もう、色々とダメになっているけれども。
カーテン越しに結乃が声をかけてくる。
「ほ、本当にごめんね蓮くん! 私はもう行くから、ゆっくり体洗ってていいからね」
「…………うん。すぐには動けそうにないから、助かる……」
「?」
蓮は浴室の床にうずくまり、この過酷な戦いを耐え抜いたことに、取りあえずは安堵するのだった。
あと、ちょっとだけ大人になった気がした。
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