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少年期2 - 万能の双子 -
大会・二回目
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夏。
「持ち主が名乗りでなかったため、これはあなた方のものになります」
役人が訪ねてきて、アリエル達は大量の古金貨を手に入れた。
一年前、家の中の木に魔石の実が生っていた。
その木の根元の床板が外せることに気づき調べてみると、そこには金貨の入った壺が置かれていた。
金貨に寄ってきた魔素を吸収して、木は実をつけたのだ。
「貸主さんのものではないんですか」
役人に訊いてみた。
「行方不明で連絡がつかないんですよ。口利き屋が聞いていた新居にも入居しておらず、賃料を受け取る口座も引き出した形跡はありませんでした」
とのことだった。
「貸主さん、僕達の前に住んでいた魔法使いさんなんだって」
「こんな高価なもの、帰ってきた時なくなっていたら困らないかなあ」
「ねえ、また埋めて魔石の実、作ろうよ」
「うん! 使うよりその方が楽しそう」
アリエル達はまた床下に金貨を埋めた。
友人達に話したら「そんないわくつきの家引っ越せ」と言われたが、気に入っているので断固拒否した。
ゴーリーの隠れ場所のガラスドーム。
「へえ、金の魔素でできた魔石か」
「はい。ゴーリーさんは木が魔素を吸っているの、気づきませんでしたか」
ゴーリーはアリエル達の家に結界を張っている。家の魔力の状態を確かめたはずだ。
「そうだね。木の魔素の方が濃くて分からなかったな」
「あれは人工的に魔石を作ろうとしたんでしょうか。それとも偶然?」
「偶然じゃないかな」
アリエルはまだ自分で家に張られている結界の再現ができないため、ゴーリーに頼っている。
しかしこのままでは隷属魔法の本格的な研究を始められないので、目下修行中だ。
秋。
アッシュの動魔法が浮遊しているクリフの足を捕らえる。
動けなくなったクリフに、
「だあああ!」
アッシュの五本の斬刃魔法が迫る。
クリフはそのうち四本を避けて弾いた。だが一本だけは避けきれず、結界が壊れた。
「……勝った」
浮遊魔法を解いて草原に降り立ったアッシュに、アリエルは抱きついた。
「すごいっ! クリフ先輩に勝ったね!」
「うん! ……でも何戦もして、やっと一勝だ」
「大丈夫! その分、僕、この勝利を何十回でも何百回でも自慢するよ」
「!」
アッシュは嬉しそうに微笑み、アリエルと額を合わせた。
「アリエル様、僕、格好いい?」
「格好いい!」
「クリフよりも?」
「うん!世界一!」
たっぷりアリエルに褒められたアッシュは、クリフに向き直る。
「冬の大会でも僕が勝つ!」
と必勝宣言をした。
「俺だって絶対勝って優勝するよ。最後の大会だからね」
「最後?」
「卒業資格もらえたから。ノアも」
「わあ、おめでとうございます」
四年制の中等部を、クリフ達は今年三年で卒業し本課程へ進むそうだ。
「じゃあノアバート先輩にも勝たないとね」
「クリフ、大会では僕かアリエル様が地に沈めてやる。首を洗って待ってろよ!」
クリフに突っかかるアッシュを、アリエルはにこにこと見守った。
そして冬。
「アリエル、アッシュ両名。君達は大会に参加できない」
事務室に参加希望を出しにいったが、断られてしまった。
中央棟学長室。
「どうしてですか!」
アッシュ達は学長ダリアに抗議していた。
「そうね。事情を話す前に、まずは訊きたいことがあるの」
「?」
「アッシュ、あなたが八系統の魔法を習得したというのは本当かしら」
「はい」
本当はもっと習得しているけど、ゴーリーに過少申告を勧められている。申告は義務ではないので問題ないらしい。今後、魔法クラス4や本課程に上がるのにも、八もあれば十分だそうだ。
ダリアは魔力の知覚に優れているらしいが、それでも八を超える魔法適性とそれによって偏る魔素を見分けるのは難しいだろう。
「あなた達の二人とも万能といえる適性を持っていることで、ある問題が浮上したの」
「問題?」
適性が広いのは良いことなのではないのだろうか。
「あなた達、ハニアスタに何か魔法を掛けられていない?」
「――!」
二人は息を飲んだ。
「大会では試合に影響する魔法は解いてから参加しないといけない。もしハニアスタの魔法があなた達の力を押し上げているとしたら、反則になってしまう」
「……そんなことしていません。七年も会っていないんです」
隷属魔法は試合には影響しない。アリエル対アッシュ戦でもないかぎり。
大丈夫。
「分かっているわ。少なくとも四年間、ハニアスタは幽閉状態にある。でもハニアスタは稀代の付与魔法使い。何年も持続する魔法を掛けることは得意分野だわ」
それはそうだ。
実際、隷属魔法は今もアッシュを縛っている。
「あなた達の体を調べさせてもらえないかしら」
アリエル達は固まる。
調べられたら隷属の呪印がバレてしまう。
戸惑う二人に、ダリアは一つ息を吐いた。
「アリエル、そしてアッシュの能力についての調査の指揮権は十賢ゴーリーにあります」
初耳だ。アリエル達は驚いた。
「でもあなた達自身はそれ以上の決定権を持つ。あなた達がぜひにと協力してくれるなら、私達にも調べることができる」
つまり、いままでアリエルの万能適性の調査が止まっていたのは、ゴーリーが止めていたのだろう。
ダリアはその協定に制限されないアリエル達に交渉している。
(きっとゴーリーさんは僕達を守ってくれているんだ)
アリエルは友人の行動をそう解釈した。
(でも、アッシュのためには悪い話じゃない……?)
魔法学園の叡智を結集すれば、隷属魔法も解けるかもしれない。
(でも……)
解くのにどのくらいの時間が掛かるのだろう。
きっとその間、命令者のアリエルと奴隷のアッシュは離れて暮らすことになる。
研究者達と交流を持つようになったアリエルは、魔法の研究が一朝一夕にいかないことは知っている。何年も……。下手すれば一生。
それなら人任せにするより、二人で研究した方がいい。
アリエルはそう思った。
(……アッシュはどう思っているかな)
今は魔法学園に来て二年目の冬。
入学前に相談した時と、気持ちが変わっただろうか。
「お断りします」
アッシュがはっきりと断って、アリエルはほっとした。
「僕もお断りします。大会出場は……諦めます」
そう告げて学長室を後にした。
ゴーリーに現状を聞きにいこうとしたが、ガラスドームへの道に施錠の魔法が掛かっていて通れなかった。
「留守かなあ」
二人は引き返した。
セントラルタワーのエントランスに出る。
そのまま外へ出ようとしたアリエル。
「アリエル様」
その袖をアッシュが引いた。
二人は魔法の昇降器で最上階へ。
タワー七合目にある空中庭園へと出た。
街の景色を一望できる庭園を手を繋いで歩く。
南面の腰壁に乗り上げて、並んで座った。
「大会の予定なくなっちゃったね」
「ね」
冬の風が吹きつけてくる。二人はぴったり寄り添った。
「途中だった魔法道具作りに戻ろっか。最近試合の準備ばっかりだったし」
「うん! あれ、絶対マッド喜んでくれるよね」
「そうだね。あとティナの店に寄ってデザインの相談もしたいな」
「そうしよう。今日も広場にいるかな」
大会は残念だけど、壮大な眺めの中でアッシュと友人のことを考えていたら、気持ちが明るくなってきた。
冬の大会当日。
決勝は三年連続でクリフ対ノアバートになった。
去年はノアバートの勝ち。その前はクリフ。
二人ともこの冬で卒業なので、中等部大会は今回が最後だ。
闘技場の盛りあがりは最高潮を迎えている。
「ノア先輩、頑張れー!」
アッシュはノアバート贔屓のようだ。
会場全体では半々だろうか。
騒がしい中、アリエルはアッシュと示し合わせて、鞄からあるものを取り出す。
「マッド、これあげる」
アリエルが差しだしたのは、丸く大きいフレームの眼鏡だ。
鼻当て部分に、薄青い透明の石が着脱できるようになっている。
マッドが不思議そうに見る。
「何これ」
「掛けてみてっ」
アッシュもわくわくとした様子でお願いした。
「《決勝戦。三年クリフ対三年ノアバート!》」
アナウンスとともに二人がフィールドに出てくる。
「ノア、調子はどうだ」
「問題ない」
言葉を交わしながら、中央へと進んでいる。
「えっ……」
マッドが声をあげた。
眼鏡を通した視界には、二人の魔力が視えている。
「活性状態を維持した魔石だよ。ぴったりサイズにするの難しくて、決勝戦のあいだ保つくらいの量しか作れなかったけど」
「え、ええっ!? どういうこと」
マッドが焦った声に、前の席にいたフーシー、ランド、ラティも振り返った。フーシーはマッドの眼鏡を見て、目を見開いた。
「始まるよ」
「詳しくは後でね」
そう言って頂上決戦に集中するアリエルとアッシュ。
マッドは戸惑いながらも、その眼鏡で試合を注視した。
「ノアバートさんの方がずっと魔力が濃い」
マッドが不安そうに言った。
「あ、そうか。眼鏡では見えないけど、クリフ先輩の魔力は特別で、普通の魔力の何倍も圧縮されているんだよ。だから互角の力……。むしろクリフ先輩の方が上かも」
「そうなんだ」
「眼鏡、要改善だね」
「《始め!》」
開始早々、ノアバートの魔法の鞭が伸びる。
クリフは衝撃魔法をノアバートの足元に放つ。
二人ともまずは素早い遠距離攻撃からだ。
ノアバートの前方の地面が、クリフの魔法でえぐれる。クリフはノアバートを直接狙わなかった。
反射魔法。
ノアバートは魔力波の類いを反射する干渉魔法を使えるからだ。
足元を荒らしたのは浮遊魔法ができるクリフの優位を作るつもりだろう。
ノアバートの鞭を、クリフは躱す。幾本もの鞭がしなり地を叩きつける音を立てる。伸びた鞭は硬化し、檻のようにフィールドを狭めていく。
その檻が一気に斬り伏せられた。
「出た」
クリフが巨大な魔法の矛を生成している。
その矛は大きく、鋭い盾のような形をしている。
攻防一体の魔法武器だ。
そして生成時に込められた魔力を消費して、閃光魔法を放ち敵を焼く。
お互い高い防御能力を持つので、それを突破するために尖った硬い武器を生成している。
ノアバートは槍のように伸びる鞭を。
クリフは尖頭型の盾を。
ノアバートの鞭がクリフの盾に当たる。盾を貫く威力はない。
ノアバートはクリフの無防備な隙を突くしかない。
そしてクリフはノアバートに近づく必要がある。
硬いフィールドに土煙が舞う。
クリフの死角で、ノアバートの槍先が地面を突き上げてきた。地中に潜った鞭が、回りこんだのだ。
クリフはもう片手にも小型の盾を出して薙ぎ払い、それと同時にジャンプした。
突き出した盾が腕を離れて砲弾となり、ノアバートを狙う。当たれば破城槌のごとく重い攻撃だ。
ノアバートは受け止めるわけにいかず、避けるしかない。しかし浮遊魔法の適性のないノアバートの避ける場所はない。
しかし予想に反して、ノアバートは上に飛び上がった。地面に槍を刺して腕と足の力を同時に使い、身体能力上昇魔法も加えて。
クリフは浮き上がったノアバートを仕留めようとする。
ノアバートは、クリフの後方に残してあった檻の柵に、鞭を絡ませ飛びついた。
「――ッ」
その途中でクリフの首を攻撃した。
クリフはしゃがみながら回転して躱す。少し掠ったが、どうにかダメージを結界硬度内で収めた。
だがそれだけでは終わらない。
クリフの体に鞭が絡み、鉄の拘束具となる。
「硬度が……!」
鞭が結界を締めあげて破壊しようとしている。
クリフは盾の魔力を体に纏い、結界を守る。
なんとか間に合ったが、体を動かせない。勢いの力を借りられない状態でノアバートの魔法から逃れるのは困難だ。
ノアバートが魔力を練りあげて、とどめの槍を放った。
「ぐうぅう――ッ」
クリフはその超高圧の魔力で無理矢理こじ開けようとしている。
ノアバートの槍が刺さる。
粉砕された地面。
だが、そこにクリフはいなかった。
ノアバートは咄嗟に周囲に檻の防御を生成する。
「――!」
だがすでにクリフは目前に迫っていた。
クリフの体の一部が魔力化して、霧のようにガス化している。
あの体で拘束に隙を作ったのだ。
ノアバートはクリフの攻撃をガードする。
だが耐えきれずに、結界が割れた。
「《そこまで!》」
勝者はクリフだ。
クリフは自分の魔力化した手足を不思議そうに見た。
段々と手足が元に戻っていく。
「大丈夫なのか、それは」
「うん……。多分」
握手をした後、クリフはノアバートにハグをする。ノアバートも一度だけクリフの背中をぽんと叩いた。
「持ち主が名乗りでなかったため、これはあなた方のものになります」
役人が訪ねてきて、アリエル達は大量の古金貨を手に入れた。
一年前、家の中の木に魔石の実が生っていた。
その木の根元の床板が外せることに気づき調べてみると、そこには金貨の入った壺が置かれていた。
金貨に寄ってきた魔素を吸収して、木は実をつけたのだ。
「貸主さんのものではないんですか」
役人に訊いてみた。
「行方不明で連絡がつかないんですよ。口利き屋が聞いていた新居にも入居しておらず、賃料を受け取る口座も引き出した形跡はありませんでした」
とのことだった。
「貸主さん、僕達の前に住んでいた魔法使いさんなんだって」
「こんな高価なもの、帰ってきた時なくなっていたら困らないかなあ」
「ねえ、また埋めて魔石の実、作ろうよ」
「うん! 使うよりその方が楽しそう」
アリエル達はまた床下に金貨を埋めた。
友人達に話したら「そんないわくつきの家引っ越せ」と言われたが、気に入っているので断固拒否した。
ゴーリーの隠れ場所のガラスドーム。
「へえ、金の魔素でできた魔石か」
「はい。ゴーリーさんは木が魔素を吸っているの、気づきませんでしたか」
ゴーリーはアリエル達の家に結界を張っている。家の魔力の状態を確かめたはずだ。
「そうだね。木の魔素の方が濃くて分からなかったな」
「あれは人工的に魔石を作ろうとしたんでしょうか。それとも偶然?」
「偶然じゃないかな」
アリエルはまだ自分で家に張られている結界の再現ができないため、ゴーリーに頼っている。
しかしこのままでは隷属魔法の本格的な研究を始められないので、目下修行中だ。
秋。
アッシュの動魔法が浮遊しているクリフの足を捕らえる。
動けなくなったクリフに、
「だあああ!」
アッシュの五本の斬刃魔法が迫る。
クリフはそのうち四本を避けて弾いた。だが一本だけは避けきれず、結界が壊れた。
「……勝った」
浮遊魔法を解いて草原に降り立ったアッシュに、アリエルは抱きついた。
「すごいっ! クリフ先輩に勝ったね!」
「うん! ……でも何戦もして、やっと一勝だ」
「大丈夫! その分、僕、この勝利を何十回でも何百回でも自慢するよ」
「!」
アッシュは嬉しそうに微笑み、アリエルと額を合わせた。
「アリエル様、僕、格好いい?」
「格好いい!」
「クリフよりも?」
「うん!世界一!」
たっぷりアリエルに褒められたアッシュは、クリフに向き直る。
「冬の大会でも僕が勝つ!」
と必勝宣言をした。
「俺だって絶対勝って優勝するよ。最後の大会だからね」
「最後?」
「卒業資格もらえたから。ノアも」
「わあ、おめでとうございます」
四年制の中等部を、クリフ達は今年三年で卒業し本課程へ進むそうだ。
「じゃあノアバート先輩にも勝たないとね」
「クリフ、大会では僕かアリエル様が地に沈めてやる。首を洗って待ってろよ!」
クリフに突っかかるアッシュを、アリエルはにこにこと見守った。
そして冬。
「アリエル、アッシュ両名。君達は大会に参加できない」
事務室に参加希望を出しにいったが、断られてしまった。
中央棟学長室。
「どうしてですか!」
アッシュ達は学長ダリアに抗議していた。
「そうね。事情を話す前に、まずは訊きたいことがあるの」
「?」
「アッシュ、あなたが八系統の魔法を習得したというのは本当かしら」
「はい」
本当はもっと習得しているけど、ゴーリーに過少申告を勧められている。申告は義務ではないので問題ないらしい。今後、魔法クラス4や本課程に上がるのにも、八もあれば十分だそうだ。
ダリアは魔力の知覚に優れているらしいが、それでも八を超える魔法適性とそれによって偏る魔素を見分けるのは難しいだろう。
「あなた達の二人とも万能といえる適性を持っていることで、ある問題が浮上したの」
「問題?」
適性が広いのは良いことなのではないのだろうか。
「あなた達、ハニアスタに何か魔法を掛けられていない?」
「――!」
二人は息を飲んだ。
「大会では試合に影響する魔法は解いてから参加しないといけない。もしハニアスタの魔法があなた達の力を押し上げているとしたら、反則になってしまう」
「……そんなことしていません。七年も会っていないんです」
隷属魔法は試合には影響しない。アリエル対アッシュ戦でもないかぎり。
大丈夫。
「分かっているわ。少なくとも四年間、ハニアスタは幽閉状態にある。でもハニアスタは稀代の付与魔法使い。何年も持続する魔法を掛けることは得意分野だわ」
それはそうだ。
実際、隷属魔法は今もアッシュを縛っている。
「あなた達の体を調べさせてもらえないかしら」
アリエル達は固まる。
調べられたら隷属の呪印がバレてしまう。
戸惑う二人に、ダリアは一つ息を吐いた。
「アリエル、そしてアッシュの能力についての調査の指揮権は十賢ゴーリーにあります」
初耳だ。アリエル達は驚いた。
「でもあなた達自身はそれ以上の決定権を持つ。あなた達がぜひにと協力してくれるなら、私達にも調べることができる」
つまり、いままでアリエルの万能適性の調査が止まっていたのは、ゴーリーが止めていたのだろう。
ダリアはその協定に制限されないアリエル達に交渉している。
(きっとゴーリーさんは僕達を守ってくれているんだ)
アリエルは友人の行動をそう解釈した。
(でも、アッシュのためには悪い話じゃない……?)
魔法学園の叡智を結集すれば、隷属魔法も解けるかもしれない。
(でも……)
解くのにどのくらいの時間が掛かるのだろう。
きっとその間、命令者のアリエルと奴隷のアッシュは離れて暮らすことになる。
研究者達と交流を持つようになったアリエルは、魔法の研究が一朝一夕にいかないことは知っている。何年も……。下手すれば一生。
それなら人任せにするより、二人で研究した方がいい。
アリエルはそう思った。
(……アッシュはどう思っているかな)
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「お断りします」
アッシュがはっきりと断って、アリエルはほっとした。
「僕もお断りします。大会出場は……諦めます」
そう告げて学長室を後にした。
ゴーリーに現状を聞きにいこうとしたが、ガラスドームへの道に施錠の魔法が掛かっていて通れなかった。
「留守かなあ」
二人は引き返した。
セントラルタワーのエントランスに出る。
そのまま外へ出ようとしたアリエル。
「アリエル様」
その袖をアッシュが引いた。
二人は魔法の昇降器で最上階へ。
タワー七合目にある空中庭園へと出た。
街の景色を一望できる庭園を手を繋いで歩く。
南面の腰壁に乗り上げて、並んで座った。
「大会の予定なくなっちゃったね」
「ね」
冬の風が吹きつけてくる。二人はぴったり寄り添った。
「途中だった魔法道具作りに戻ろっか。最近試合の準備ばっかりだったし」
「うん! あれ、絶対マッド喜んでくれるよね」
「そうだね。あとティナの店に寄ってデザインの相談もしたいな」
「そうしよう。今日も広場にいるかな」
大会は残念だけど、壮大な眺めの中でアッシュと友人のことを考えていたら、気持ちが明るくなってきた。
冬の大会当日。
決勝は三年連続でクリフ対ノアバートになった。
去年はノアバートの勝ち。その前はクリフ。
二人ともこの冬で卒業なので、中等部大会は今回が最後だ。
闘技場の盛りあがりは最高潮を迎えている。
「ノア先輩、頑張れー!」
アッシュはノアバート贔屓のようだ。
会場全体では半々だろうか。
騒がしい中、アリエルはアッシュと示し合わせて、鞄からあるものを取り出す。
「マッド、これあげる」
アリエルが差しだしたのは、丸く大きいフレームの眼鏡だ。
鼻当て部分に、薄青い透明の石が着脱できるようになっている。
マッドが不思議そうに見る。
「何これ」
「掛けてみてっ」
アッシュもわくわくとした様子でお願いした。
「《決勝戦。三年クリフ対三年ノアバート!》」
アナウンスとともに二人がフィールドに出てくる。
「ノア、調子はどうだ」
「問題ない」
言葉を交わしながら、中央へと進んでいる。
「えっ……」
マッドが声をあげた。
眼鏡を通した視界には、二人の魔力が視えている。
「活性状態を維持した魔石だよ。ぴったりサイズにするの難しくて、決勝戦のあいだ保つくらいの量しか作れなかったけど」
「え、ええっ!? どういうこと」
マッドが焦った声に、前の席にいたフーシー、ランド、ラティも振り返った。フーシーはマッドの眼鏡を見て、目を見開いた。
「始まるよ」
「詳しくは後でね」
そう言って頂上決戦に集中するアリエルとアッシュ。
マッドは戸惑いながらも、その眼鏡で試合を注視した。
「ノアバートさんの方がずっと魔力が濃い」
マッドが不安そうに言った。
「あ、そうか。眼鏡では見えないけど、クリフ先輩の魔力は特別で、普通の魔力の何倍も圧縮されているんだよ。だから互角の力……。むしろクリフ先輩の方が上かも」
「そうなんだ」
「眼鏡、要改善だね」
「《始め!》」
開始早々、ノアバートの魔法の鞭が伸びる。
クリフは衝撃魔法をノアバートの足元に放つ。
二人ともまずは素早い遠距離攻撃からだ。
ノアバートの前方の地面が、クリフの魔法でえぐれる。クリフはノアバートを直接狙わなかった。
反射魔法。
ノアバートは魔力波の類いを反射する干渉魔法を使えるからだ。
足元を荒らしたのは浮遊魔法ができるクリフの優位を作るつもりだろう。
ノアバートの鞭を、クリフは躱す。幾本もの鞭がしなり地を叩きつける音を立てる。伸びた鞭は硬化し、檻のようにフィールドを狭めていく。
その檻が一気に斬り伏せられた。
「出た」
クリフが巨大な魔法の矛を生成している。
その矛は大きく、鋭い盾のような形をしている。
攻防一体の魔法武器だ。
そして生成時に込められた魔力を消費して、閃光魔法を放ち敵を焼く。
お互い高い防御能力を持つので、それを突破するために尖った硬い武器を生成している。
ノアバートは槍のように伸びる鞭を。
クリフは尖頭型の盾を。
ノアバートの鞭がクリフの盾に当たる。盾を貫く威力はない。
ノアバートはクリフの無防備な隙を突くしかない。
そしてクリフはノアバートに近づく必要がある。
硬いフィールドに土煙が舞う。
クリフの死角で、ノアバートの槍先が地面を突き上げてきた。地中に潜った鞭が、回りこんだのだ。
クリフはもう片手にも小型の盾を出して薙ぎ払い、それと同時にジャンプした。
突き出した盾が腕を離れて砲弾となり、ノアバートを狙う。当たれば破城槌のごとく重い攻撃だ。
ノアバートは受け止めるわけにいかず、避けるしかない。しかし浮遊魔法の適性のないノアバートの避ける場所はない。
しかし予想に反して、ノアバートは上に飛び上がった。地面に槍を刺して腕と足の力を同時に使い、身体能力上昇魔法も加えて。
クリフは浮き上がったノアバートを仕留めようとする。
ノアバートは、クリフの後方に残してあった檻の柵に、鞭を絡ませ飛びついた。
「――ッ」
その途中でクリフの首を攻撃した。
クリフはしゃがみながら回転して躱す。少し掠ったが、どうにかダメージを結界硬度内で収めた。
だがそれだけでは終わらない。
クリフの体に鞭が絡み、鉄の拘束具となる。
「硬度が……!」
鞭が結界を締めあげて破壊しようとしている。
クリフは盾の魔力を体に纏い、結界を守る。
なんとか間に合ったが、体を動かせない。勢いの力を借りられない状態でノアバートの魔法から逃れるのは困難だ。
ノアバートが魔力を練りあげて、とどめの槍を放った。
「ぐうぅう――ッ」
クリフはその超高圧の魔力で無理矢理こじ開けようとしている。
ノアバートの槍が刺さる。
粉砕された地面。
だが、そこにクリフはいなかった。
ノアバートは咄嗟に周囲に檻の防御を生成する。
「――!」
だがすでにクリフは目前に迫っていた。
クリフの体の一部が魔力化して、霧のようにガス化している。
あの体で拘束に隙を作ったのだ。
ノアバートはクリフの攻撃をガードする。
だが耐えきれずに、結界が割れた。
「《そこまで!》」
勝者はクリフだ。
クリフは自分の魔力化した手足を不思議そうに見た。
段々と手足が元に戻っていく。
「大丈夫なのか、それは」
「うん……。多分」
握手をした後、クリフはノアバートにハグをする。ノアバートも一度だけクリフの背中をぽんと叩いた。
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