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少年期 - 魔法使いの卵たち ‐
敗北3
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「アッシュ!」
アリエルが駆け寄りそうになるのをラティが制す。
しゃがんだアッシュにクリフが手を差し出した。
だがアッシュはその手を取らず、一人で立ち上がる。
「対戦ありがとう、アッシュ」
「……ありがと」
挨拶が終わってすぐアリエルは駆け寄った。
アッシュはアリエルと目が合って少し不安げな表情をする。
アリエルがすぐさまアッシュの手を取り、
「痛いところない?」
とアッシュだけを目に映して訊くと、アッシュは安堵の息をはいた。
「ない」
「そっか……。よかった」
「驚いた。一度だけとはいえクリフの剣を防ぐなんて」
ノアバートが言った。
「マッドの言っていた通り、卓越した反応だ」
「マッド?」
アリエルとクリフが同時に疑問の声をあげた。
「君達はマッドの友人だろう。どんな子達か聞いているよ」
「ノアバート先輩、マッドと知り合いなんですね」
「ノアっ? いつ聞いた」
なぜかクリフの声音に焦りが滲んだ。
「度々だな。帰りがかぶった時に」
「あいつ……俺が声掛けても、いつも忙しいって素っ気ないのに」
クリフも知り合いのようだ。
「マッド、仕事大変そうですよね。今日も用事があったみたいです」
「そうなのか……」
「でも僕達のために少しだけ時間を取ってくれたんです。優しいですよね」
アリエルがそう言うと、クリフはぐっと眉を寄せた。
「……そうだな。俺にも以前は……」
「以前?」
「クリフとマッドは幼馴染だ。俺はクリフを介して知り合った。そういえば前は仲が良かったのに、中等部になってからは疎遠だったかもしれないな」
「マッド……どうして……」
沈んだ声で呻くクリフに、アリエルは戸惑う。
「え、えっと」
そこへ、
「へんっ。今マッドと仲良しなのは僕達だからね」
アッシュが不貞腐れた声で言った。
「ぐっ……!」
「アッシュ、もう! ごめんなさいっ! 今日はありがとうございました!」
アリエルはアッシュの手を引いて逃げ出した。
魔法レールで帰宅しながら、
「だめでしょ。避けられている人に自分は仲が良いなんて自慢しちゃ。めっ」
「はい」
先程のクリフへの態度を厳しく叱った。
それが悪かったのだろうか。
一緒に大好きな風呂に入っている間も、アッシュはずっと物思いにふけっていた。
風呂からあがって、ソファに座りお互いの髪を保湿しつつ乾かす。
(今日はいっぱい負けちゃったし落ち込んでいるのかな。ようし。このあとは抱っこや膝枕で慰めてあげないと)
アリエルは意気込む。
「終わったよー」
「ありがとう」
お礼を言ってアッシュは立ち上がる。
(今日は抱っこか)
アリエルはにっこりと目を細めて手を広げた。
「…………。あれ」
アッシュがいない。
振り向くと、本棚の前にある書斎机に座って何かを描いている。
「正面からいったのを右から……」
ぶつぶつと呟きながら図とメモを記していく。
今日の対戦の動きを振り返っているようだ。
たまに立ちあがって体を動かして確認し、また座って描きこむ。
「ア、アッシュ……?」
すごい集中力。
アッシュがアリエルの慰めを必要としないなんて。
開いた窓から夜風が穏やかに吹きこむ。
「勝つ……絶対勝つ……」
「ア……アシュ……」
十一歳の春。
学力と戦闘で、初めて同じ齢の子に敗北した夜。
二人が暗く呟く声と、ペンの滑る音が、とんがり屋根に響き続けた。
翌朝、アッシュにやる気が漲っているせいか、学園に早く着いた。
いつも賑やかな広場だが、今開いている店は新聞屋くらいだ。
「この時間だと人がいないんだね」
「アリエル様、あれ」
広場を囲む長方形の池に、何か巨大なものが顔を寄せている。
硬そうな鱗を持ったトカゲのような生物が水を飲んでいるようだ。
その体高は人間の大人より高い。
「魔力でできている。魔物?」
「うちの研究所で育てているドラゴだよ」
ドラゴの側にいたお兄さんが教えてくれた。
「まさかドラゴン!?」
「実在したの!?」
絵本で読んだことがある。
「いーや。ドラゴンをイメージしてうちのマスターが造った魔法霊体だよ。まだ飛べないし火を吹いても具現化しないんだ」
「魔法霊体……」
魔法人形というものがある。
物質の体と、魔法の思考プログラムを持ち、生き物のように行動する人形。
魔法霊体というのは体も魔法でできているのだ。
消費魔力は格段に大きくなるが、体の構造が物質的な制約に縛られないでいられる。
「今の時間たまに散歩させているんだ」
「本当に生き物みたいですね」
珍しくて見物していると、
「今日は早いな」
と登校してきたランドとラティに声を掛けられた。
ドラゴが行ってしまったので、中等部校舎に向かう。
「昨日はどうして修練場に来たの?」
アリエルが訊くと、ランドが答えた。
「ラティが忘れ物を取りにいくのに、ついてきてほしいと言うから。私は車で待つつもりだったのに」
「いやー、魔法車の運転手が気になっている事務員さんと立ち話に漕ぎつけているのが見えて、時間を潰してたんだよ」
「そんなくだらない理由だったのかッ」
「くだらなくないっす! 一大事ですよ!」
「お前はすぐそういう話に……」
「でもクリフ先輩の戦い観られたじゃないですか」
「それは、そうだが。せめて私には正直に言え」
「承知っすっ」
廊下の歓談スペースに腰掛ける。
魔法学園の校舎は外観も内観も伝統を感じる見事なもので、何でもない場所も落ち着いた美しさに満ちている。
話は昨日の対戦のことになった。
「クリフ先輩、アッシュ相手に危うげなく勝っていましたねー」
「ああ、魔法だけではないということか」
感嘆するラティとランド。
「ぐううう」
唸るアッシュ。
「そう憎むなよ。あの二人は兵団志望らしいから、戦闘に特化して鍛えているはずだからさ」
「ラティは私の騎士になるそうだが、彼らに対抗できるのか」
「ぐっ。精進します」
「兵団志望……」
フーシーと同じだ。
「ランドは家の仕事するの? お兄様はいるんだよね」
「ああ。ラブグレイブは兄が継ぐ。私はヘイゲンの魔法庁で働くつもりだ。長官になれば国中の魔法使いを統率することになる」
「おおお」
世界一の大国の魔法使い達を統率するのか。大いなる野望だ。
「それがラブグレイブで魔法適性を持って生まれた者の義務だ」
「義務……」
「アリエルは? 留学してきたからには目的があるのだろう」
「僕は……」
アリエルの目的はアッシュの呪印を解くこと。
だがその先は?
アリエル自身は何になりたいのだろう。
ミスティアで魔法騎士になるのだろうか。
家庭教師のメイナードのように研究者になる道もある?
それともリリアンクで……。
「アリエルくらいの才能なら、とりあえず留学ってなることもあるんじゃないですか」
「えっと、うん。そんな感じ。ただ知らないことを学びたかったの」
「…………。そうだな。アリエルはこの一か月接してきて、そういうことも有りうるかと思った。ミスティアの行動は不可解だが」
「?」
何がだろう。ただの十歳の魔法使いを送り出しただけだと思うが。
疑問に思っていると、ラティが耳打ちしてきた。
「ちなみにリリアンクがアリエルを放置しているのは、アリエルの能力の研究を誰が主導するか争っているかららしいぞ。十賢が二人、真っ向から対立しているって話だ」
「ええっ」
「つまり決着すれば十賢が出てくる。楽しみだなあ」
「からかわないでよお」
この話は学園局の上層部から聞いたそうだ。
学園局は魔法学園の運営管理を行っている組織で、リリアンク国の執政の多くを担っている内務局と並ぶ重要機関だ。
ランドは中等部に通うだけでなく、魔法教育カリキュラムの視察も行っている。
ラブグレイブ家を通して学園運営や国家官僚に会っているそうだ。
「アッシュは?」
「アリエル様と同じとこ!」
「分かりやすいなー」
「僕も、アッシュとずっと一緒がいいな」
「アリエル様……」
手を握って微笑み合った。
「そういえばマッドとクリフ先輩って幼馴染なんだね」
「マデリン商会とクラッセン商会の息子で同じ齢だからな。交流もあるだろう」
「お金持ちの家の子なんだ」
「ああ。名をよく聞くのはクラッセン銀行かな」
「クラッセン銀行っ。僕達もお世話になっているよ」
「もう融資してもらってんの?」
「違うよ。仕送りの受け取り。ラティとランドは使っていないの?」
「ん。資金はラブグレイブから直接もらっている。直通ルートがあるんだよ。予備のルートの一つとしてクラッセンとも取引していたな。俺の担当じゃないから詳しくないけど」
ラティが答えた。
担当ではないと言いながら把握している。実はしっかり者なのかも。
「アリエル様、クラッセン銀行やめて他の銀行にしよう」
アッシュが変なことを言いだした。
「だめだよ。そんな面倒な手続き、お父様お母様がしてくれるわけないでしょう。仕送りなくなっちゃうよ」
「ぐ、ぐぬ……!」
(そうだ。仕送りアップの当てがなくなったから、金策を練り直さないと)
考えを巡らしながら、教室へ移動する。
フーシーは先に教室にいた。
「やあ。昨日クリフ先輩とやり合ったんだってね。噂になってたよ」
最後にマッドが入ってきた。
「珍しくギリギリだね」
「ちょっと放課後の仕事の用意で」
クリフやノアバートのことを聞きたかったが、すぐに授業が始まってしまった。
休み時間も眠そうにしていたので、話しかけるのは遠慮した。
夕食の後、再び金策会議が始まった。
「お仕事するのは?」
「それもいいね。マッドの時間がありそうだったら参考に聞いてみようか」
「うん」
「あとは節約するところ、何かあるかなあ」
書籍代や文具は……あまり学ぶ手段を制限するのは、本末転倒だ。
衣服は……とりあえずしばらく必要ない。でもアッシュが成長期で少しきつくなっているだから不安だ。
食費は……成長期のアッシュから栄養を取り上げるわけにはいかない。
アッシュの二の腕をぷにぷにして成長具合を確認する。
(うん、可愛い)
だから今のまま……。
「…………」
アリエルの目には、会議のお供のバターケーキを丸かじりするアッシュが映っている。
「それだあ!」
「!」
お菓子は栄養面ではあまり効果がないと聞く。
それなのに他の食材よりも全体的に高価だ。
「アッシュ! 明日からお菓子禁止!」
アリエルはピシッと指差して言い放った。
気合を入れたせいか、その右手が熱くなる。
「む、むぐ?」
アッシュは今食べているバターケーキを指差す。
「それは良し」
と言うと、よーく味わって食べていた。
(こんなに甘いもの好きなのに、制限しちゃ可哀想かな)
しかし数日して、実はアリエルの方にこそ差し障りがあると知る。
「アッシュ、なんで平気なのー……?」
アリエルはソファに突っ伏し、お茶のカップしかないテーブルを恨みがましく見る。
「アリエル様に言われたから」
なんでもないことのように言うアッシュ。
「うー。我慢……」
アリエルが甘味のない生活に慣れるまで、しばらく掛かりそうだ。
またこれはだいぶ後のことだが、
「あれ。この服きつくなくなった」
とアッシュが以前きつくなったと言っていた服を着て言った。
「なんでだろう。勘違いだったのかな」
「そうかもね。買い直しが先になってよかった」
着替え終わったアッシュは、スラッと決まっていて格好よかった。
アリエルが駆け寄りそうになるのをラティが制す。
しゃがんだアッシュにクリフが手を差し出した。
だがアッシュはその手を取らず、一人で立ち上がる。
「対戦ありがとう、アッシュ」
「……ありがと」
挨拶が終わってすぐアリエルは駆け寄った。
アッシュはアリエルと目が合って少し不安げな表情をする。
アリエルがすぐさまアッシュの手を取り、
「痛いところない?」
とアッシュだけを目に映して訊くと、アッシュは安堵の息をはいた。
「ない」
「そっか……。よかった」
「驚いた。一度だけとはいえクリフの剣を防ぐなんて」
ノアバートが言った。
「マッドの言っていた通り、卓越した反応だ」
「マッド?」
アリエルとクリフが同時に疑問の声をあげた。
「君達はマッドの友人だろう。どんな子達か聞いているよ」
「ノアバート先輩、マッドと知り合いなんですね」
「ノアっ? いつ聞いた」
なぜかクリフの声音に焦りが滲んだ。
「度々だな。帰りがかぶった時に」
「あいつ……俺が声掛けても、いつも忙しいって素っ気ないのに」
クリフも知り合いのようだ。
「マッド、仕事大変そうですよね。今日も用事があったみたいです」
「そうなのか……」
「でも僕達のために少しだけ時間を取ってくれたんです。優しいですよね」
アリエルがそう言うと、クリフはぐっと眉を寄せた。
「……そうだな。俺にも以前は……」
「以前?」
「クリフとマッドは幼馴染だ。俺はクリフを介して知り合った。そういえば前は仲が良かったのに、中等部になってからは疎遠だったかもしれないな」
「マッド……どうして……」
沈んだ声で呻くクリフに、アリエルは戸惑う。
「え、えっと」
そこへ、
「へんっ。今マッドと仲良しなのは僕達だからね」
アッシュが不貞腐れた声で言った。
「ぐっ……!」
「アッシュ、もう! ごめんなさいっ! 今日はありがとうございました!」
アリエルはアッシュの手を引いて逃げ出した。
魔法レールで帰宅しながら、
「だめでしょ。避けられている人に自分は仲が良いなんて自慢しちゃ。めっ」
「はい」
先程のクリフへの態度を厳しく叱った。
それが悪かったのだろうか。
一緒に大好きな風呂に入っている間も、アッシュはずっと物思いにふけっていた。
風呂からあがって、ソファに座りお互いの髪を保湿しつつ乾かす。
(今日はいっぱい負けちゃったし落ち込んでいるのかな。ようし。このあとは抱っこや膝枕で慰めてあげないと)
アリエルは意気込む。
「終わったよー」
「ありがとう」
お礼を言ってアッシュは立ち上がる。
(今日は抱っこか)
アリエルはにっこりと目を細めて手を広げた。
「…………。あれ」
アッシュがいない。
振り向くと、本棚の前にある書斎机に座って何かを描いている。
「正面からいったのを右から……」
ぶつぶつと呟きながら図とメモを記していく。
今日の対戦の動きを振り返っているようだ。
たまに立ちあがって体を動かして確認し、また座って描きこむ。
「ア、アッシュ……?」
すごい集中力。
アッシュがアリエルの慰めを必要としないなんて。
開いた窓から夜風が穏やかに吹きこむ。
「勝つ……絶対勝つ……」
「ア……アシュ……」
十一歳の春。
学力と戦闘で、初めて同じ齢の子に敗北した夜。
二人が暗く呟く声と、ペンの滑る音が、とんがり屋根に響き続けた。
翌朝、アッシュにやる気が漲っているせいか、学園に早く着いた。
いつも賑やかな広場だが、今開いている店は新聞屋くらいだ。
「この時間だと人がいないんだね」
「アリエル様、あれ」
広場を囲む長方形の池に、何か巨大なものが顔を寄せている。
硬そうな鱗を持ったトカゲのような生物が水を飲んでいるようだ。
その体高は人間の大人より高い。
「魔力でできている。魔物?」
「うちの研究所で育てているドラゴだよ」
ドラゴの側にいたお兄さんが教えてくれた。
「まさかドラゴン!?」
「実在したの!?」
絵本で読んだことがある。
「いーや。ドラゴンをイメージしてうちのマスターが造った魔法霊体だよ。まだ飛べないし火を吹いても具現化しないんだ」
「魔法霊体……」
魔法人形というものがある。
物質の体と、魔法の思考プログラムを持ち、生き物のように行動する人形。
魔法霊体というのは体も魔法でできているのだ。
消費魔力は格段に大きくなるが、体の構造が物質的な制約に縛られないでいられる。
「今の時間たまに散歩させているんだ」
「本当に生き物みたいですね」
珍しくて見物していると、
「今日は早いな」
と登校してきたランドとラティに声を掛けられた。
ドラゴが行ってしまったので、中等部校舎に向かう。
「昨日はどうして修練場に来たの?」
アリエルが訊くと、ランドが答えた。
「ラティが忘れ物を取りにいくのに、ついてきてほしいと言うから。私は車で待つつもりだったのに」
「いやー、魔法車の運転手が気になっている事務員さんと立ち話に漕ぎつけているのが見えて、時間を潰してたんだよ」
「そんなくだらない理由だったのかッ」
「くだらなくないっす! 一大事ですよ!」
「お前はすぐそういう話に……」
「でもクリフ先輩の戦い観られたじゃないですか」
「それは、そうだが。せめて私には正直に言え」
「承知っすっ」
廊下の歓談スペースに腰掛ける。
魔法学園の校舎は外観も内観も伝統を感じる見事なもので、何でもない場所も落ち着いた美しさに満ちている。
話は昨日の対戦のことになった。
「クリフ先輩、アッシュ相手に危うげなく勝っていましたねー」
「ああ、魔法だけではないということか」
感嘆するラティとランド。
「ぐううう」
唸るアッシュ。
「そう憎むなよ。あの二人は兵団志望らしいから、戦闘に特化して鍛えているはずだからさ」
「ラティは私の騎士になるそうだが、彼らに対抗できるのか」
「ぐっ。精進します」
「兵団志望……」
フーシーと同じだ。
「ランドは家の仕事するの? お兄様はいるんだよね」
「ああ。ラブグレイブは兄が継ぐ。私はヘイゲンの魔法庁で働くつもりだ。長官になれば国中の魔法使いを統率することになる」
「おおお」
世界一の大国の魔法使い達を統率するのか。大いなる野望だ。
「それがラブグレイブで魔法適性を持って生まれた者の義務だ」
「義務……」
「アリエルは? 留学してきたからには目的があるのだろう」
「僕は……」
アリエルの目的はアッシュの呪印を解くこと。
だがその先は?
アリエル自身は何になりたいのだろう。
ミスティアで魔法騎士になるのだろうか。
家庭教師のメイナードのように研究者になる道もある?
それともリリアンクで……。
「アリエルくらいの才能なら、とりあえず留学ってなることもあるんじゃないですか」
「えっと、うん。そんな感じ。ただ知らないことを学びたかったの」
「…………。そうだな。アリエルはこの一か月接してきて、そういうことも有りうるかと思った。ミスティアの行動は不可解だが」
「?」
何がだろう。ただの十歳の魔法使いを送り出しただけだと思うが。
疑問に思っていると、ラティが耳打ちしてきた。
「ちなみにリリアンクがアリエルを放置しているのは、アリエルの能力の研究を誰が主導するか争っているかららしいぞ。十賢が二人、真っ向から対立しているって話だ」
「ええっ」
「つまり決着すれば十賢が出てくる。楽しみだなあ」
「からかわないでよお」
この話は学園局の上層部から聞いたそうだ。
学園局は魔法学園の運営管理を行っている組織で、リリアンク国の執政の多くを担っている内務局と並ぶ重要機関だ。
ランドは中等部に通うだけでなく、魔法教育カリキュラムの視察も行っている。
ラブグレイブ家を通して学園運営や国家官僚に会っているそうだ。
「アッシュは?」
「アリエル様と同じとこ!」
「分かりやすいなー」
「僕も、アッシュとずっと一緒がいいな」
「アリエル様……」
手を握って微笑み合った。
「そういえばマッドとクリフ先輩って幼馴染なんだね」
「マデリン商会とクラッセン商会の息子で同じ齢だからな。交流もあるだろう」
「お金持ちの家の子なんだ」
「ああ。名をよく聞くのはクラッセン銀行かな」
「クラッセン銀行っ。僕達もお世話になっているよ」
「もう融資してもらってんの?」
「違うよ。仕送りの受け取り。ラティとランドは使っていないの?」
「ん。資金はラブグレイブから直接もらっている。直通ルートがあるんだよ。予備のルートの一つとしてクラッセンとも取引していたな。俺の担当じゃないから詳しくないけど」
ラティが答えた。
担当ではないと言いながら把握している。実はしっかり者なのかも。
「アリエル様、クラッセン銀行やめて他の銀行にしよう」
アッシュが変なことを言いだした。
「だめだよ。そんな面倒な手続き、お父様お母様がしてくれるわけないでしょう。仕送りなくなっちゃうよ」
「ぐ、ぐぬ……!」
(そうだ。仕送りアップの当てがなくなったから、金策を練り直さないと)
考えを巡らしながら、教室へ移動する。
フーシーは先に教室にいた。
「やあ。昨日クリフ先輩とやり合ったんだってね。噂になってたよ」
最後にマッドが入ってきた。
「珍しくギリギリだね」
「ちょっと放課後の仕事の用意で」
クリフやノアバートのことを聞きたかったが、すぐに授業が始まってしまった。
休み時間も眠そうにしていたので、話しかけるのは遠慮した。
夕食の後、再び金策会議が始まった。
「お仕事するのは?」
「それもいいね。マッドの時間がありそうだったら参考に聞いてみようか」
「うん」
「あとは節約するところ、何かあるかなあ」
書籍代や文具は……あまり学ぶ手段を制限するのは、本末転倒だ。
衣服は……とりあえずしばらく必要ない。でもアッシュが成長期で少しきつくなっているだから不安だ。
食費は……成長期のアッシュから栄養を取り上げるわけにはいかない。
アッシュの二の腕をぷにぷにして成長具合を確認する。
(うん、可愛い)
だから今のまま……。
「…………」
アリエルの目には、会議のお供のバターケーキを丸かじりするアッシュが映っている。
「それだあ!」
「!」
お菓子は栄養面ではあまり効果がないと聞く。
それなのに他の食材よりも全体的に高価だ。
「アッシュ! 明日からお菓子禁止!」
アリエルはピシッと指差して言い放った。
気合を入れたせいか、その右手が熱くなる。
「む、むぐ?」
アッシュは今食べているバターケーキを指差す。
「それは良し」
と言うと、よーく味わって食べていた。
(こんなに甘いもの好きなのに、制限しちゃ可哀想かな)
しかし数日して、実はアリエルの方にこそ差し障りがあると知る。
「アッシュ、なんで平気なのー……?」
アリエルはソファに突っ伏し、お茶のカップしかないテーブルを恨みがましく見る。
「アリエル様に言われたから」
なんでもないことのように言うアッシュ。
「うー。我慢……」
アリエルが甘味のない生活に慣れるまで、しばらく掛かりそうだ。
またこれはだいぶ後のことだが、
「あれ。この服きつくなくなった」
とアッシュが以前きつくなったと言っていた服を着て言った。
「なんでだろう。勘違いだったのかな」
「そうかもね。買い直しが先になってよかった」
着替え終わったアッシュは、スラッと決まっていて格好よかった。
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