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第2章 ローマとトルコ

初戦

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 兵士が行く。『ローマ』の旗、元老院の旗をなびかせて幾党もの騎馬が行く。
 荒れ野が広がるアナトリアにおいては、兵にとってなにより機動力が重視される。歩兵によるファランクスがローマ伝統の戦法であるが、こればかりはしようがない。弓の代わりに背負った『アルテミスの弓』は、強力な兵器である。火薬の力で矢じりを飛ばし、敵の装甲をも貫通する――。腰につけた刀も軽くしなやかで、それでいて切れ味はカミソリのような合金製であった。
 先頭を行くのはリウィア。いつもの金色の胸甲を身にまとい、その黒っぽい髪をたなびかせて、馬を走らせる。
 ここは『ローマ』の『立ち入り禁止区域』である。本来ならば外部の者がこの地域に入ることは不可能であるはずだった。しかし、先日会敵したように、オスマン帝国の正規兵が我が物顔でこの地域を闊歩していた。
 手元の地図をリウィアは確認する。うなずくリウィア。間違いない。ここ数日、毎日のようにオスマン兵たちが姿を見せる地点まであとわずかである。
 それを後方から見つめるエスファーノの姿があった。イベリア風の鎧に身をまとい、同じように『アルテミスの弓』を背に担いでいた。
 細長い筒のようなものを覗くエスファーノ。これもまた。『ローマ』の技術であった。本来遠くにあるものが近くに見える、不思議な筒。ガラスの板を数枚重ねただけで、そのようなことが起きるのが不思議でならなかった。
 光が空に満ちる。リウィアが前もって派遣していた斥候からの、合図である。花火のような火の玉が西北西の方から上がった。
 目を閉じて、なにやらじっとペンダントのようなものを見つめるリウィア。
 少しの沈黙ののちに、大きな火薬の爆発音が鳴り響いた。
「光は無限の速さを持っているが、音はそうではない。一秒間に二三〇パッスス進む。音が到達するまで約八秒。間合いとしては申し分ない」
 そういいながらリウィアは抜刀する。
「敵はあの林に潜んでいると思われる。横ぎるふりをして敵をおびき出し、即反転して『アルテミスの弓』にてせん滅を図る!いくぞ!」
 久ぶりに聞くリウィアの激しい声に、兵士たちはおう!と大きな声で答える。リウィアの親衛隊とも言える精鋭二〇〇の騎兵は馬を進める。
 後方からエスファーノも追いかける。
 林を横切る『ローマ』の部隊。あえて無防備な背中をさらしながら。
 エスファーノは思わず唾をのむ。
 次の瞬間、部隊は一斉に向きをかえ、後ろを見やる。
 林の中から飛び出してきたオスマン帝国の兵士たちが――そこにはいた。手には弓を構え、矢を番おうとしているところであった。
 一斉に騎兵は背の『アルテミスの弓』を構え、引き金を引く。時間差をつけ、二連発の児玉がひびく。
 放たれた矢じりはまっすぐに、弓の準備で無防備なオスマン兵の正面へと吸い込まれていった――
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