上 下
17 / 26
第2章 ローマとトルコ

海をすすむ鳥

しおりを挟む
 ゆっくりと湖上を行く船。カスティリヤ生まれのエスファーノは船に乗ったことはある。しかし、これほど大きな船に乗るのは初めてであった。古代のガレー船。かつて地中海をローマの海とした軍艦である。
「奴隷は使っておらんぞ」
 そうガイウスが説明する。
 両舷にはオールの代わりに、水車のような輪が並ぶ。それが回転して、水を押し出し前進するのだ。
「動力は、蒸気の力だ。沸騰した鍋の蓋が震える。それを回転運動にして水を汲み出す。その反動で船が進むという寸法さ」
 エスファーノは思い出す。リウィアと共に見学した、あの工房の見たこともない不思議な道具の数々を。
「この湖もわれわれが掘ったものだ。水は地下水をくみあげた。不思議なことに、塩分が多くてな。まるで内海のようだ。そうなると、魚も欲しくなる。あちらこちらで海の魚を養殖している。晩餐にでたはずだ。牡蠣もあるぞ」
 指を鳴らすガイウス。そうすると、兵が数人なにやらを運び始める。
 皿の上には殻付きの牡蠣が。そして並べられた瓶にはワインらしき飲み物にみちみちていた。
「故郷も懐かしかろう。祖国のワインを用意した」
 カップにワインを注ぎ、それをガイウスはエスファーノに手渡す。
 両手でそのカップを押し抱くエスファーノ。ほのかに香るワインの匂いはたしかに懐かしさを感じさせるものだった。
「カスティリヤと『ローマ』の繁栄に」
 そういいながらカップを高々と掲げるガイウス。それにつられてエスファーノも掲げる。
「プロォウシィト!」
 乾杯の合図。一息でガイウスは飲み干す。
「悪くない」
「ガイウスどのは」
 エスファーノは名を呼び質問する。
「カスティリヤに来たことが?」
 ガイウスは大きくうなずく。
「若い頃にな。われわれ『ローマ』の民のなかでも、ある者はヨーロッパの各地に旅行するのが通常だ。フランス、イングランドそしてリトアニアにも行ったことがある。大変な目にもあったが、いい勉強だった」
「私はここが初めての外国です」
 ふん、とガイウスは鼻から息を漏らす。
「何事にも最初がある。そしてその最初がいちばん大事なこともままあることだ」
 少しの間の後、エスファーノは手のカップのワインをぐっと煽る。
 にやっとそれを見つめるガイウス。
 そして右手を上げる。
「せっかく海に出たんだ。少し学ぶと良い」
 エスファーノがよろける。それまで直進していたガレー船がゆっくりと左舷に舵を切ったのだ。
「つぎは右」
 ガイウスの声に合わせるようにガレー船は今度は、右舷に舵を切る。
「どうだ、陸の上よりも自由だろう。水の上は走るのではない。滑る、飛ぶのだ。鳥のようにな!」
 エスファーノははるか虚空を見上げる。
 雲が広がる空。
 その時、エスファーノはあることを決心した――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

ロクスタ〜ネロの愛した毒使い〜

称好軒梅庵
歴史・時代
ローマ帝国初期の時代。 毒に魅入られたガリア人の少女ロクスタは、時の皇后アグリッピーナに見出され、その息子ネロと出会う。 暴君と呼ばれた皇帝ネロと、稀代の暗殺者である毒使いロクスタの奇妙な関係を描く歴史小説。

仏の顔

akira
歴史・時代
江戸時代 宿場町の廓で売れっ子芸者だったある女のお話 唄よし三味よし踊りよし、オマケに器量もよしと人気は当然だったが、ある旦那に身受けされ店を出る 幸せに暮らしていたが数年ももたず親ほど年の離れた亭主は他界、忽然と姿を消していたその女はある日ふらっと帰ってくる……

安政ノ音 ANSEI NOTE

夢酔藤山
歴史・時代
温故知新。 安政の世を知り令和の現世をさとる物差しとして、一筆啓上。 令和とよく似た時代、幕末、安政。 疫病に不景気に世情不穏に政治のトップが暗殺。 そして震災の陰におびえる人々。 この時代から何を学べるか。狂乱する群衆の一人になって、楽しんで欲しい……! オムニバスで描く安政年間の狂喜乱舞な人間模様は、いまの、明日の令和の姿かもしれない。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

処理中です...