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第2章 ローマとトルコ
『ローマ』の丘に立つ二人
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コロッセウムを見下ろす丘。
そこにエスファーノとリウィアはいた。草の上に剣を横たえるリゥイア。片膝を抱えて、彼女は眼下の『ローマ』を見下ろしていた。護民官として、リウィアが守るべきその都市を。
「あれもまた『ローマ』なのだ」
エスファーノはそう言われて思い出す。先程の人間と動物の殺し合い。それを興奮して見る市民たち。それを煽るオラトルの姿。
「我々の祖先は戦士であった。ローマを守るため、そしてより繁栄を目指すために戦いに赴くのがローマ市民の義務だ。しかし――」
そう言いながらリウィアはうつむく。
「あのような余興は好きになれない。戦いの訓練や士気の高揚に有用だと言うものもいるが。なんとも悪趣味でな」
エスファーノは小さくうなずく。かつて『ローマ』でもよく行われていた見世物。これと日々のパンを市民に無償で提供することが、『ローマ』の支配者の条件であった。
ローマの古典作品に明るいエスファーノは当然そのことについて知っていた。
しかし、そのことに対して強い違和感を持ったのも事実であった。
エスファーノはローマの詩歌を好んで、自分でもよく詩をラテン語で口ずさんでいた。その時に感じる心の平穏は、何より所在ない自分の存在を慰めてくれるようだった。
このような透き通った言葉を操る人々が、血に塗れた見世物に狂喜乱舞していたという事実。
眼の前のリウィアを見つめるエスファーノ。初めてであったとき、彼女は血にまみれていた。しかし今は何か、不安そうにも見えた。
思わず口に出る、ローマの詩。誰の作であったろうか。ローマの丘から見える街並みと草原を歌った詩である。
はっとしてリウィアはエスファーノの方を見つめる。そしてその内容を楽しむように、目を閉じてエスファーノの声に身を任せる。
どのくらい時間がたったのだろうか。
リウィアがすっと立ち上がり、エスファーノに手を差し出す。
「そろそろ、戻ろうか」
その手を取り、エスファーノも立ち上がる。
「副大使どのは」
すこし、間をおいてリウィアはつづける。
「詩を嗜むのだな。いい趣味だ」
「すべて、あなたの祖先の詩です。大学時代に覚えたものです」
大学か、とリウィアは繰り返す。
「ならばぜひ、ご教授願いたいものだな。われわれの詩を後世のラテン人たちがどのように評しているのかも知りたいところだ」
くすっとほほえみを浮かべて、そうリウィアは申し出た。
はい、とエスファーノはうなずく。
「副大使どの――と呼ぶのもいささか慇懃だな」
「エスファーノとお呼びください。それが私の名前です、護民官どの」
「リウィアで良い。エスファーノどの」
顔を合わせて二人は微笑する。何かお互いに通じるものを感じていた。
そこにエスファーノとリウィアはいた。草の上に剣を横たえるリゥイア。片膝を抱えて、彼女は眼下の『ローマ』を見下ろしていた。護民官として、リウィアが守るべきその都市を。
「あれもまた『ローマ』なのだ」
エスファーノはそう言われて思い出す。先程の人間と動物の殺し合い。それを興奮して見る市民たち。それを煽るオラトルの姿。
「我々の祖先は戦士であった。ローマを守るため、そしてより繁栄を目指すために戦いに赴くのがローマ市民の義務だ。しかし――」
そう言いながらリウィアはうつむく。
「あのような余興は好きになれない。戦いの訓練や士気の高揚に有用だと言うものもいるが。なんとも悪趣味でな」
エスファーノは小さくうなずく。かつて『ローマ』でもよく行われていた見世物。これと日々のパンを市民に無償で提供することが、『ローマ』の支配者の条件であった。
ローマの古典作品に明るいエスファーノは当然そのことについて知っていた。
しかし、そのことに対して強い違和感を持ったのも事実であった。
エスファーノはローマの詩歌を好んで、自分でもよく詩をラテン語で口ずさんでいた。その時に感じる心の平穏は、何より所在ない自分の存在を慰めてくれるようだった。
このような透き通った言葉を操る人々が、血に塗れた見世物に狂喜乱舞していたという事実。
眼の前のリウィアを見つめるエスファーノ。初めてであったとき、彼女は血にまみれていた。しかし今は何か、不安そうにも見えた。
思わず口に出る、ローマの詩。誰の作であったろうか。ローマの丘から見える街並みと草原を歌った詩である。
はっとしてリウィアはエスファーノの方を見つめる。そしてその内容を楽しむように、目を閉じてエスファーノの声に身を任せる。
どのくらい時間がたったのだろうか。
リウィアがすっと立ち上がり、エスファーノに手を差し出す。
「そろそろ、戻ろうか」
その手を取り、エスファーノも立ち上がる。
「副大使どのは」
すこし、間をおいてリウィアはつづける。
「詩を嗜むのだな。いい趣味だ」
「すべて、あなたの祖先の詩です。大学時代に覚えたものです」
大学か、とリウィアは繰り返す。
「ならばぜひ、ご教授願いたいものだな。われわれの詩を後世のラテン人たちがどのように評しているのかも知りたいところだ」
くすっとほほえみを浮かべて、そうリウィアは申し出た。
はい、とエスファーノはうなずく。
「副大使どの――と呼ぶのもいささか慇懃だな」
「エスファーノとお呼びください。それが私の名前です、護民官どの」
「リウィアで良い。エスファーノどの」
顔を合わせて二人は微笑する。何かお互いに通じるものを感じていた。
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