上 下
6 / 26
第1章 カスティリヤ王国からの使者

ローマ帝国の遺産

しおりを挟む
 屋根がドームの形になっている石造りの建物。玄関は開け放たれており、香が焚かれている。
 夕暮れ時、空は赤くなり始め、辺りがだんだんと暗くなるこの頃合いに、白の壁がいやに眩しく感じられた。
 扉には狼の彫刻と銀のドアノッカーがついている。それを鳴らし、部屋へとエスファーノは足を踏み入れる。
 床は石造りのシンプルな色で統一され、底にはいくつもの鉢が置かれている。いづれもこの地域では見られない、葉の幅が太い常緑種の植物がその枝を伸ばしていた。
 奥まったところに長い椅子とテーブルが一つ。
 先程の様子とは違い、鎧を外したリウィアの姿である。なにやら書類を読みん混んでいたようだが、エスファーノの気配に気がつくと、指で椅子を示す。
 向かい合う二人。無言でテーブルの上の飲み物を、すでに用意してあったテラコッタのカップに注ぐ。
「口に合えばよいのだが。この『ローマ』特産のワインだ」
 リウィアは自分のものにもついで、そう説明する。
 ここは小アジアの荒れ地の只中なはずだ。とてもワインの原料である葡萄など育てられるわけも――ないはずであった。しかし、エスファーノはいろいろなものを見た。あり得ない兵器、あり得ない建築物そしてあり得ないワイン――
「だいたい察しはついてきただろうか」
 やや長めのリウィアの髪が舞う。リウィアも風呂上がりなのだろうか。戦闘が終わったばかりの彼女とは印象が違って見えた。
「ここは『ローマ』。かつて七丘のもとに築かれた『ローマ』を再建したものだ」
 そっと、カップに手をやるリウィア。そのワインの水面に視線を泳がせながら。
「都市『ローマ』は」
 エスファーノが口を開く。
「蛮族によって、何度も攻撃された結果、廃墟になったと聞いている。ピピンの寄進で教皇様の手にわたり、いまでは遺跡と教皇庁があるばかりと」
 無言でうなずくリウィア。ため息の後、口を開く。
「イタリア半島の『ローマ』は滅びた。一方、それ以前にコンスタンティヌス大帝はビザンティオンの丘に新たな都市を築いた。混乱し、衰退する『ローマ』に代わってそれは『第二のローマ』として繁栄することとなる。そう、『コンスタンティノープル』。現在のビザンツ帝国の首都だ」
 ビザンツ帝国、正しくは東ローマ帝国と呼ばれる国家である。ローマ帝国が東西に分裂し、西ローマ帝国が滅亡した後も、唯一の『ローマ』帝国として命数を永らえる。一時期はユスティニアヌス大帝により、地中海世界を回復するほどの隆盛を誇った時期もあった。しかし、今現在においてはもはやその領土は首都コンスタンティノープルの周辺に限られており、帝国と呼べる代物ではなくなっていた。
「あれは、結局ギリシア人の王国だ」
 そう吐き捨てるリウィア。
 東ローマ帝国がビザンツ帝国と言われるのもその辺りが所以である。
 ギリシャ世界に本拠を置くことにより、言語から宗教に至るすべての文化がギリシャ化されていた。
「我々の祖先はそのような『ローマ』に嫌気が差し、『コンスタンティノープル』を捨てた」
 声に力がこもる。エスファーノもカップの手を止めた。
「もはや西方は残念ながら蛮族の手に落ちつつある。長い旅ができるほど、移動ができるわけもない。数百人からなる祖先のラテン人たちはたどり着いた――この小アジアの『ローマ』に」
 そっと地面をリゥイアは指差す。白い大理石の床。足元はひんやりとして冷たくもあった。
「荒野を彷徨していた先祖たちは、あるものを探していた。それは、かつてローマ帝国の時代に建設された植民都市『レムス』。いくつもの困難を乗り越え、その遺跡に達したとき人員は半分になっていたそうだ」
 第三のローマ。そのようにリウィアはつぶやく。それは建国史を歌いあげる、吟遊詩人のように。
「荒れ地の中での新都市建設は予想以上に困難なものであった。しかし、それを可能としたのが彼らが何より大切に収集していた、『ローマ帝国の遺産』だ。それは――」
 壁を指差すリウィア。そこには『ローマ帝国の遺産』が山のように積まれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

局中法度

夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。 士道に叛く行ないの者が負う責め。 鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。 新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。

処理中です...