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第2章 江戸を震わす狐茶屋
平左の調べ
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「最近話題になっています」
茶には手もつけずに多鶴がそうそっけなく言い放つ。
統秀宅の座敷。上座には当然統秀。下座には多鶴と平左の姿があった。
畳の上には平左のぶっとい十手が鎮座する。それを嫌そうな目で見ながら、多鶴はさらに続ける。
「土左衛門が打ち上がった現場には必ず見慣れぬ同心が現れ死体の右手を切り落とし、それを背に引っ掛けながら去っていたと。さすがは『穢れ同心』、やることが違うと」
あまり良くないあだ名で呼ばれても平左は顔色一つ変えない。ゆっくりと茶碗の茶の香りを楽しんでいるようにも見えた。
「その『手』はどうしたのだ」
統秀が問う。
「捨てました」
そっけない平左の答え。
「捨てたとは......仮にも遺体の一部であろう。ねんごろに弔ってやらねば、いかに無念なことか――」
「人は死すれば、その体は単なる『モノ』に過ぎませぬ」
ぎょっとする多鶴。平左の口調は静かであったが、なんとも言えない重みが感じられた。
「さて、その『モノ』を甲賀先生に見ていただた結果でございます」
そういいながら、懐から書付を平左は取り出す。
「かねてから探索をしておりました『狐茶屋』。それに天竺屋徳兵衛なる商人が絡んでいるという噂を聞き――」
書付を畳の上に広げる。
「その使用人が失踪したと先日聞きました。しかし、番所にも届けていないとか。おかしいですなぁ、普通こういう場合お上には必ず届けるものですが。店の中でも秘密になっていたようで。名前を由吉と申しまして。天竺屋徳兵衛は、由吉が金を持ち逃げしたので決して口外するなと箝口令をひいておったようで――」
「いつもながら、平左の調べは完璧である」
そう統秀が評する。
多鶴はなぜか不機嫌な顔をしていた。
「まあ、あとは簡単な話で。殺されたとすれば、死体が出てくる可能性があるのは土左衛門位と。普通であれば燃やして地面に埋めるなりしますからな。皮にでも飛び込んで行方不明になれば、探し方法はなくなります。逆にこっちは身元不明の土左衛門を探れば由吉に行き着く可能性もあるということで」
書状の上に絵が書かれていた。それは人間の手の絵。
「ほくろの位置から由吉であると確認しました。母親が存命でしたもので――」
多鶴は再び、ぞっとする。
何本も集めた右手を由吉の母に検分させたのかと。
「あとは甲賀先生の仕事でござる」
甲賀先生――とある小藩の御薬医師甲賀永西のことである。江戸に居を構え、藩の江戸屋敷の付き医師の仕事をしていた。
その実、極めて専門的な本草学の学者でもあった――
茶には手もつけずに多鶴がそうそっけなく言い放つ。
統秀宅の座敷。上座には当然統秀。下座には多鶴と平左の姿があった。
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あまり良くないあだ名で呼ばれても平左は顔色一つ変えない。ゆっくりと茶碗の茶の香りを楽しんでいるようにも見えた。
「その『手』はどうしたのだ」
統秀が問う。
「捨てました」
そっけない平左の答え。
「捨てたとは......仮にも遺体の一部であろう。ねんごろに弔ってやらねば、いかに無念なことか――」
「人は死すれば、その体は単なる『モノ』に過ぎませぬ」
ぎょっとする多鶴。平左の口調は静かであったが、なんとも言えない重みが感じられた。
「さて、その『モノ』を甲賀先生に見ていただた結果でございます」
そういいながら、懐から書付を平左は取り出す。
「かねてから探索をしておりました『狐茶屋』。それに天竺屋徳兵衛なる商人が絡んでいるという噂を聞き――」
書付を畳の上に広げる。
「その使用人が失踪したと先日聞きました。しかし、番所にも届けていないとか。おかしいですなぁ、普通こういう場合お上には必ず届けるものですが。店の中でも秘密になっていたようで。名前を由吉と申しまして。天竺屋徳兵衛は、由吉が金を持ち逃げしたので決して口外するなと箝口令をひいておったようで――」
「いつもながら、平左の調べは完璧である」
そう統秀が評する。
多鶴はなぜか不機嫌な顔をしていた。
「まあ、あとは簡単な話で。殺されたとすれば、死体が出てくる可能性があるのは土左衛門位と。普通であれば燃やして地面に埋めるなりしますからな。皮にでも飛び込んで行方不明になれば、探し方法はなくなります。逆にこっちは身元不明の土左衛門を探れば由吉に行き着く可能性もあるということで」
書状の上に絵が書かれていた。それは人間の手の絵。
「ほくろの位置から由吉であると確認しました。母親が存命でしたもので――」
多鶴は再び、ぞっとする。
何本も集めた右手を由吉の母に検分させたのかと。
「あとは甲賀先生の仕事でござる」
甲賀先生――とある小藩の御薬医師甲賀永西のことである。江戸に居を構え、藩の江戸屋敷の付き医師の仕事をしていた。
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