蘭癖高家

八島唯

文字の大きさ
54 / 75
第2章 江戸を震わす狐茶屋

品川宿

しおりを挟む
 品川宿は東海道第一の宿町である。
 旅籠屋が軒を連ね、人の往来も大したものである。
 夕方になると、それはまた賑やかなものであった。
 この時代品川は海に面しており、海苔の養殖が有名である。
 そればかりではなく、周辺の村々も蕪や葱、南瓜などいわゆる江戸野菜の産地として知られていた。
 新鮮な食材が手に入りやすいということで、店で出す食事はすこぶる評判が良い。
 そこに目をつけたのが、食売旅籠屋や水茶屋である。泊り客には美味しいものを食べさせる。それに満足したら次は遊郭として夜の楽しみを提供するのであった。多くの飯盛女がを抱え、岡場所としてこの時代の品川は栄えていた。
 二人の武士が道を行く。背が低いほうが主人らしい。身なりもよく、それなりの旗本かもしくは参勤交代で江戸に来ているどこぞの家中のそれなりの身分の侍に見えた。
 一方もうひとりは背は高いが、質素な身なりで深く笠を被っている。
 護衛、であろうか。家臣というにはなにか異質なものが感じられた。髪も総髪であり、背中にだらんと長い髪がぶら下がっていた。
「お武家様、本日のお宿はお決まりですか」
 客引き、だろうか。二人が手持ち無沙汰な様子を見て気を利かしたらしい。
「うむ、もう少し旅程が進むと思っていたが思いの外滞った。この宿にて休みたいが、主おすすめはあるか」
 主人らしい侍がそう問う。
 客引きはその侍の容姿を見つめて驚く。
 最初の印象とは異なり若い――のだがなにか異様な感じがした。顔は青く、下手に整っているがために逆に気味悪さを感じさせた。
「そりゃあ......もう。うちの宿なら間違いありません。少々値段ははりますが、お武家様のようなお客様でしたら大したことはないかと」
 ふむ、と考える素振りを見せる侍。
 あたりを伺い、客引きはそっと耳打ちする。
「食べ物が美味いのは当然ですが、それ以外のお楽しみも......ご存知ですか?今江戸市中で流行っております『狐茶屋』、うちもそのような手はずがございます」
 侍は無言で頷く。
(......よし!)
 客引きは心のなかで叫ぶ。
 『狐茶屋』
 店で最近取り入れた新しい『お遊び』である。最初は胡散臭いと思っていたが、導入した途端これはと思うほどの盛況ぶりである。
 二人を店まで丁寧に誘導する客引き。
 そこには『旅籠指し川』の看板が掲げられていた。
 玄関で足を洗い、奥の方の部屋に通される二人。
 旅籠というよりは、料理屋いや遊郭の趣すらある。
 使われている柱や畳もなかなかのものであった。
 ゆっくりと障子が開く。
 まだ日が暮れきっていない、夕方のことであった――
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

元亀戦記 江北の虎

西村重紀
歴史・時代
浅井長政の一代記です

処理中です...