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第1章 蘭癖高家、闊歩す
火付盗賊改方、成敗
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突然に分け入った黒い風。それによっては武装した旗本たちが、蹴倒されていく。
大きないななきとともに、乗元たちを見下ろす騎馬の侍たち。まるで火事装束のようなそのなりで、乗元たちを睨みつけていた。
一頭の黒馬がゆっくりと現れる。馬上より秀統に一礼し馬をすすめる。陣笠と胸当には左藤巴の家紋が記されていた。
いつの間にか徒士たちも集まり、手には刺股などを持ちこちらを睨んでいた。
「控えよ高山主膳。公儀である」
聞き覚えのある声。
玄関の中より、白い羽織を着た青年がよく通る声でそう諭す。
(白河老中......!)
間違いない。それは老中筆頭松平定信の姿であった。
思索をめぐらす乗元。即座に大声を吐き出す。
「老中筆頭たるものが自らの屋敷に私兵を囲い込んだるはなんとするか。お前こそ公儀に対する反逆者なり!」
このあたりが乗元の真骨頂である。論理を盾にいかなる状況においても自分の正当性を譲らない。
「見るからに白河の藩士でもあるまい。さあ、この始末どうつける」
自らの所業はさておいて、定信の弾劾に転ずることができるあたり乗元の狡猾さを示していた。
それまで動揺していた乗元の手勢も我に帰ろうとしていた、その瞬間――
「火付盗賊改方である。主らはどうやら盗賊の類。なれば我らの番方でありましょうな、定信様」
男の声に静かにうなずく定信。男はにやりと笑みを漏らす。
(......?!)
乗元は記憶の糸をたぐる。
火付盗賊改方――江戸の凶悪犯を取り締まる番方である。町方とは異なり、武官つまり番方としての性格を持ち、その戦闘力は数十人の野盗の群れを抑えうるものであった。
たしか最近、長官が変わったような――乗元は思い出す。そう、旗本としては小身ながら抜擢された長谷川宣以とかいう旗本――あまりいい噂は聞かぬ旗本である。そもそも若い頃は無頼で、うだつの上がらない存在であったはずだ。
その眼光は鋭く、じっと乗元を見つめる。
真っ赤になる乗元。
「小身の旗本でありながら、われらを盗賊呼ばわりとは失礼千万!数はこちらの方が多い、押し包んで血祭りにあげてやる!」
その叫びを号令に一気に兵たちが突進する。
無言で馬鞭を掲げる長谷川。武装した火付盗賊改方の侍たちがそれを迎え撃つために、体制を整える。
「さすがは平蔵。見事なものじゃ」
腕を組みながら、それを定信は見つめる。
少々過激なきらいはあるが、しょうがない。現在、これほどまで戦える組織は幕府にはないであろうから。実際、目の前の腕に覚えのある乗元配下の旗本が次から次へと捕縛されていく。このような乱戦を経験したことのない若い旗本は、火付盗賊改方の前では手も足も出ない存在であった。
定信は気づく。
乗元、そして統秀の姿が見えぬことに――
大きないななきとともに、乗元たちを見下ろす騎馬の侍たち。まるで火事装束のようなそのなりで、乗元たちを睨みつけていた。
一頭の黒馬がゆっくりと現れる。馬上より秀統に一礼し馬をすすめる。陣笠と胸当には左藤巴の家紋が記されていた。
いつの間にか徒士たちも集まり、手には刺股などを持ちこちらを睨んでいた。
「控えよ高山主膳。公儀である」
聞き覚えのある声。
玄関の中より、白い羽織を着た青年がよく通る声でそう諭す。
(白河老中......!)
間違いない。それは老中筆頭松平定信の姿であった。
思索をめぐらす乗元。即座に大声を吐き出す。
「老中筆頭たるものが自らの屋敷に私兵を囲い込んだるはなんとするか。お前こそ公儀に対する反逆者なり!」
このあたりが乗元の真骨頂である。論理を盾にいかなる状況においても自分の正当性を譲らない。
「見るからに白河の藩士でもあるまい。さあ、この始末どうつける」
自らの所業はさておいて、定信の弾劾に転ずることができるあたり乗元の狡猾さを示していた。
それまで動揺していた乗元の手勢も我に帰ろうとしていた、その瞬間――
「火付盗賊改方である。主らはどうやら盗賊の類。なれば我らの番方でありましょうな、定信様」
男の声に静かにうなずく定信。男はにやりと笑みを漏らす。
(......?!)
乗元は記憶の糸をたぐる。
火付盗賊改方――江戸の凶悪犯を取り締まる番方である。町方とは異なり、武官つまり番方としての性格を持ち、その戦闘力は数十人の野盗の群れを抑えうるものであった。
たしか最近、長官が変わったような――乗元は思い出す。そう、旗本としては小身ながら抜擢された長谷川宣以とかいう旗本――あまりいい噂は聞かぬ旗本である。そもそも若い頃は無頼で、うだつの上がらない存在であったはずだ。
その眼光は鋭く、じっと乗元を見つめる。
真っ赤になる乗元。
「小身の旗本でありながら、われらを盗賊呼ばわりとは失礼千万!数はこちらの方が多い、押し包んで血祭りにあげてやる!」
その叫びを号令に一気に兵たちが突進する。
無言で馬鞭を掲げる長谷川。武装した火付盗賊改方の侍たちがそれを迎え撃つために、体制を整える。
「さすがは平蔵。見事なものじゃ」
腕を組みながら、それを定信は見つめる。
少々過激なきらいはあるが、しょうがない。現在、これほどまで戦える組織は幕府にはないであろうから。実際、目の前の腕に覚えのある乗元配下の旗本が次から次へと捕縛されていく。このような乱戦を経験したことのない若い旗本は、火付盗賊改方の前では手も足も出ない存在であった。
定信は気づく。
乗元、そして統秀の姿が見えぬことに――
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