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第1章 蘭癖高家、闊歩す
天誅
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袖を引きながら、ゆっくりと上座に座る少女。髪を片外しにして、小袖はそれほど華美なものではないが少女の艶やかさを際立たせていた。
おお、と男たちが思わず声を漏らす。
妖艶な花魁は吉原の行列で見たことは数しれない。それは造花の美というものであろう。一方目の前の少女の美しさたるや、野の中のたった一つ咲いた小さな花の奇跡的な美に感じられた。
すっと、頭を下げる少女。その動きも洗練されたものである。
「これなるは、旗本居辺家がご息女紗夜さまにあらせられます。皆の前でお話するのも憚られますので私から仔細を説明いたしまする」
おさいが紗夜の傍らに付き、そう述べる。紗夜はただうつむき不安そうにおさいの手をギュッと握っていた。
仔細とは以下の通りである。
ある旗本の茶会に招かれた折、『蘭癖』なる奇天烈な格好した御仁が突然乱入してきた。紗夜の顔を見るなり、大声を上げて叫んだらしい。高家の立ち振舞いとは思えぬ、乱暴な態度にただただ紗夜は震えるばかりであったそうだ。
「そして、次の日一色さまより使いがこの屋敷にまいります。紗夜さまを『所望』すると」
正式な婚姻ならいざしらず、紗夜を『側女』として貰い受けたいという申し出であった。
当主もいない居辺家の面々はただうろたえるばかり、相手が高家とあっては訴えることも敵わない。
「そのようにして途方に暮れておりましたところ、皆様方にお会いする機会が巡ってきたというわけで」
おさいが流し目で一同を見つめる。
おう、と一人が声を上げる。
「高家とは名ばかりの『蘭癖』めを糾弾すべし!我らには正義がある。ご安心めされい、我らが領袖はあの幕府目付高山主膳乗元どのでござる。高家といえども幕臣、その不行状を正すは我らの天命でござろう!」
口を扇で隠しながら、おおと小さな声を紗夜は漏らす。
「誠にありがたい所存ですわ。ことがすんだおりにはそれなりのお礼を居辺家より差し上げることでございましょう、ね、紗夜様」
すこし顔を赤くして小さくうなずく紗夜。
それはこの家の主となる権利か、それとも紗夜と結婚できる権利か。
旗本の次男坊たちにとっては垂涎の獲物である。
無論、このような美味しい話を他のものに話す訳はない。当然乗元に対しても。
ここにいる五人のみの秘密として、『蘭癖』の首をあげたものがその権利を得るということに話はまとまる。乗元への報告はその後でも良い。
「その暁には江戸の芝居の題材にもなるでしょうな。悪辣非道の高家を、若き立派な侍が退治せらるるはさぞかし痛快でしょうから」
おさいの言葉にさらに血気を増す、五人。
彼らは『蘭癖』を襲うべく、準備を練ることとなる――
おお、と男たちが思わず声を漏らす。
妖艶な花魁は吉原の行列で見たことは数しれない。それは造花の美というものであろう。一方目の前の少女の美しさたるや、野の中のたった一つ咲いた小さな花の奇跡的な美に感じられた。
すっと、頭を下げる少女。その動きも洗練されたものである。
「これなるは、旗本居辺家がご息女紗夜さまにあらせられます。皆の前でお話するのも憚られますので私から仔細を説明いたしまする」
おさいが紗夜の傍らに付き、そう述べる。紗夜はただうつむき不安そうにおさいの手をギュッと握っていた。
仔細とは以下の通りである。
ある旗本の茶会に招かれた折、『蘭癖』なる奇天烈な格好した御仁が突然乱入してきた。紗夜の顔を見るなり、大声を上げて叫んだらしい。高家の立ち振舞いとは思えぬ、乱暴な態度にただただ紗夜は震えるばかりであったそうだ。
「そして、次の日一色さまより使いがこの屋敷にまいります。紗夜さまを『所望』すると」
正式な婚姻ならいざしらず、紗夜を『側女』として貰い受けたいという申し出であった。
当主もいない居辺家の面々はただうろたえるばかり、相手が高家とあっては訴えることも敵わない。
「そのようにして途方に暮れておりましたところ、皆様方にお会いする機会が巡ってきたというわけで」
おさいが流し目で一同を見つめる。
おう、と一人が声を上げる。
「高家とは名ばかりの『蘭癖』めを糾弾すべし!我らには正義がある。ご安心めされい、我らが領袖はあの幕府目付高山主膳乗元どのでござる。高家といえども幕臣、その不行状を正すは我らの天命でござろう!」
口を扇で隠しながら、おおと小さな声を紗夜は漏らす。
「誠にありがたい所存ですわ。ことがすんだおりにはそれなりのお礼を居辺家より差し上げることでございましょう、ね、紗夜様」
すこし顔を赤くして小さくうなずく紗夜。
それはこの家の主となる権利か、それとも紗夜と結婚できる権利か。
旗本の次男坊たちにとっては垂涎の獲物である。
無論、このような美味しい話を他のものに話す訳はない。当然乗元に対しても。
ここにいる五人のみの秘密として、『蘭癖』の首をあげたものがその権利を得るということに話はまとまる。乗元への報告はその後でも良い。
「その暁には江戸の芝居の題材にもなるでしょうな。悪辣非道の高家を、若き立派な侍が退治せらるるはさぞかし痛快でしょうから」
おさいの言葉にさらに血気を増す、五人。
彼らは『蘭癖』を襲うべく、準備を練ることとなる――
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