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第1章 蘭癖高家、闊歩す
統秀の判断
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宮坂家はそれなりに古い旗本の家柄である。俸禄は三百石。代々、五番方に属しこの多鶴の父も生前には小十人の役を奉じていた。
「その父が、突然亡くなったのです」
縄を解かれ、頭を垂れながら口を開く多鶴。なんでも帰城の折、不注意により命を失ったとか。遺体は同僚が屋敷に運び、そのまま葬儀と相成った。体には大きな傷はなく、階段を踏み外したとの話であった。
静かに話に聞き入る統秀。自分の命を狙った不届き者とはいえ、なにやら仔細がありそうだ。まして、女子でありながら武士の若衆のなりをしているのは更になにか事情があるのであろう。
よくよく見ると、背も低い上に顔も幼い。化粧っ気のない顔に総髪を丁寧にまとめて肩をすくめる仕草は、まるで小動物が命を乞うているようにも見えた。
父の死後、兄が家督を継ぐこととなった。嫡子の届け出はすでにしていたため、その点は問題なかったのだがこの兄が問題であった。生まれつき体が弱く、家で寝付くことが多かった。当然出仕することなどかなわず、宮坂家もここまでかと誰しもが思っていた。
多鶴が男装するようになったのは、この頃からである。
歳は十八。大小のものを腰に差し、髪も総髪にして若い旗本の寄り合いなどに出るようになる。
そこまで語って、多鶴は言葉に詰まる。
統秀は察する。自分が狙われたわけがそのあたりにあるということを。
「貴殿に私を害するように命令したものは誰か」
統秀はあえて直接的に問う。多鶴は無言の中、そっと口を開く。
「それは言えませぬ。いかなる責を負わされたとしても」
そうであろうな、と統秀は心のなかで頷く。多鶴、というこの少女にも色々事情があろう。すぐにぺらぺらと話すようでは逆に怪しいというものだ。
「この者を奥の部屋に」
統秀はそう命じる。拷問は相成らぬ、軟禁するように縄もうたぬようにと付け加えながら。
部下たちに引き立てられていく多鶴。統秀はそれを目で追いながらため息をつく。
間違いなくこれは、高山主膳の仕業であろう。明らかに敵意を持ち、自分とことを構えようとしている。
数日前のことを思い出す。定信に私邸に招かれた日のことを。重ねて改革への協力を促された後、その名前が俎上に上がった。
「高山主膳という旗本、貴殿に必要以上の感情を持っておる。お気をつけあるよう」
平左からも報告は受けている。
自分への憎悪にも似た感情が何に由来するのかは、まったく想像できない。
ただ、彼が自分のことを妨害しようとしていることは、明らかであった。
ならば、戦うまでよ。
そう統秀はつぶやく。この三浦の屋敷でつとめをはたなさなければならぬ。それは東照大権現徳川家康以来の命令であるのだから――
「その父が、突然亡くなったのです」
縄を解かれ、頭を垂れながら口を開く多鶴。なんでも帰城の折、不注意により命を失ったとか。遺体は同僚が屋敷に運び、そのまま葬儀と相成った。体には大きな傷はなく、階段を踏み外したとの話であった。
静かに話に聞き入る統秀。自分の命を狙った不届き者とはいえ、なにやら仔細がありそうだ。まして、女子でありながら武士の若衆のなりをしているのは更になにか事情があるのであろう。
よくよく見ると、背も低い上に顔も幼い。化粧っ気のない顔に総髪を丁寧にまとめて肩をすくめる仕草は、まるで小動物が命を乞うているようにも見えた。
父の死後、兄が家督を継ぐこととなった。嫡子の届け出はすでにしていたため、その点は問題なかったのだがこの兄が問題であった。生まれつき体が弱く、家で寝付くことが多かった。当然出仕することなどかなわず、宮坂家もここまでかと誰しもが思っていた。
多鶴が男装するようになったのは、この頃からである。
歳は十八。大小のものを腰に差し、髪も総髪にして若い旗本の寄り合いなどに出るようになる。
そこまで語って、多鶴は言葉に詰まる。
統秀は察する。自分が狙われたわけがそのあたりにあるということを。
「貴殿に私を害するように命令したものは誰か」
統秀はあえて直接的に問う。多鶴は無言の中、そっと口を開く。
「それは言えませぬ。いかなる責を負わされたとしても」
そうであろうな、と統秀は心のなかで頷く。多鶴、というこの少女にも色々事情があろう。すぐにぺらぺらと話すようでは逆に怪しいというものだ。
「この者を奥の部屋に」
統秀はそう命じる。拷問は相成らぬ、軟禁するように縄もうたぬようにと付け加えながら。
部下たちに引き立てられていく多鶴。統秀はそれを目で追いながらため息をつく。
間違いなくこれは、高山主膳の仕業であろう。明らかに敵意を持ち、自分とことを構えようとしている。
数日前のことを思い出す。定信に私邸に招かれた日のことを。重ねて改革への協力を促された後、その名前が俎上に上がった。
「高山主膳という旗本、貴殿に必要以上の感情を持っておる。お気をつけあるよう」
平左からも報告は受けている。
自分への憎悪にも似た感情が何に由来するのかは、まったく想像できない。
ただ、彼が自分のことを妨害しようとしていることは、明らかであった。
ならば、戦うまでよ。
そう統秀はつぶやく。この三浦の屋敷でつとめをはたなさなければならぬ。それは東照大権現徳川家康以来の命令であるのだから――
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