魔王、滅びて後

八島唯

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第二話 白魔法者エリーデ=マセッティとの思い出

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 焚火の前に腰掛ける少女が二人。ぱちぱちとはじける炎の前で、その白い肌を赤く染めながら暖を取っていた。
「エリーデのおかげで、今日も助かった」
 白い鎧を着た背の高い方の少女が、そう謝意を述べる。
 いえいえ、と明るい声で背の低い少女が恐縮する。
「わたしなんて、ここれしかできませんし――」
 もぞもぞと大きな杖を抱きかかえながら、金髪の髪の少女はまた恐縮する。
「カロラお姉さまこそ、今回の戦いは大活躍でしたよ!」
 カロラはいや、と否定する。
 エリーデの活躍に比べれば自分の功績など取るに足りないことは、十分に自覚していたからだ。
 王都ダブレ=ストを出てはや四カ月、魔王討伐などという大それた目標に向かって着実な一歩を記していた勇者ジェスタ=インジェリーニのパーティーであった。
 勇者ジェスタの活躍は言うまでもなく、戦士サンドロの剣さばき、神官シルヴィーノの精霊からの予知能力なにより白魔法使いエリーデ=マセッティの魔法による活躍は筆舌に尽くしがたいものであった。
 本来白魔法は病気や傷の治癒など、人間に向けて使用される類のものである。
 しかし、まれにそのベクトルを逆方向に向けることのできる才能の持ち主が存在する。
 白魔法を『魔物』に対して使い、その『魔力』を無効化してしまうという荒業――たぶんそれができるのは王国広しといえども、彼女しかいないはずである。
 カロラはじっと目の前のあどけない少女を見つめる。
 そう、この少女エリーデ=マセッティをのぞいて他はいないと――

 エリーデと出会ったのは、勇者ジェスタとパーティーを組んだばかりの頃であった。『勇者』として『魔王』を討伐する、という宣言をしたとはいえ対して国王は援助もしてくれず、お情け程度の旅費とあぶれていた魔法騎士カロラをお供につけてくれたくらいであった。
 正直、カロラは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 魔王を倒そうとする高邁な目的を持った勇者に、自分程度の魔法使いしかいないということが。
「カロラ、お前がいれば十人力だ。ただ、専門の魔法使いはやはり必要だな。王都のギルドに行って探すとするか」
 お世辞かもしれない勇者ジェスタの言葉に、カロラは何か胸が熱くなるのを感じた。今までの人生で初めて、誰かに頼られたような気がしたからだ。
 酒とたばこのにおいが充満する冒険者ギルド『王立人材登録所』。ここには古今東西、様々なスキルを持った冒険者たちが新たな冒険を望んで待機している。当然、魔王を倒そうという気概を持った者もいるかもしれなかった。
「勇者......ジェスタええと、インジェリーニ?さまですか。少々お待ちを。魔法使い?......魔王ベリザーリオ覚醒後、めぼしい魔法使いはみなではらっておりましてねぇ。勇者様なら国王陛下か、それなりの方の推薦状などをお持ちでしょう?え、ない?じゃぁ、そうですなぁ......やはり先立つものがないとですねぇ......」
 無礼な、とカロラは腰の剣に手をかけるがそれをジェスタは制止する。
「まあ、一杯飲ませてもらおうか」
 そういいながらなけなしの金貨を数枚、放り投げる。
 広い酒場。ここでパーティーが結成され、魔物の討伐に向かう門出が祝われるのだ。しかし、自分たちは――
「大丈夫だ。自分は天に愛されている。何とかなるさ」
 そういいながら、ワインをカロラの杯になみなみと次ぐジェスタ。
 ため息をつきながら、それをぐっとあおったその瞬間――大きな音が酒場に響き渡る。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
 少女の慌てる声。それに怒声も。
「おい!これから旅に出るっていうのに何てことしてくれたんだ!」
 冒険者の数人がそう騒ぐ。どうやら酒場の娘が運んでいたものをひっくり返したらしい。
 ジェスタはそちらの方に視線を送る。小さな少女がこぼしたものを雑巾で拭きながら、必死に謝っていた。
 無言で杯を傾けるカロラ。
 その次の瞬間、その少女が今度はこちらの方に倒れこんでくる。
 床にこぼした酒で足を滑らしたらしい。
 ジェスタはその少女を体で受け止める。
「大丈夫か?」
 ずぶ濡れの少女を抱きかかえたまま、ジェスタはそう気遣う。
「あ、あ、すいません......ああ!戦士様の手に傷が!」
 皿の割れたふちで傷ついたのだろうか、細い赤い線が手の甲ににじんでいた。
「気にするな。かすり傷だ」
 ジェスタの声にもかかわらず、その手をとって必死に手当てをしようとする少女。
 その瞬間ジェスタの顔色が変わるのを、カロラは見逃さなかった。
「こら~!またやったんか!エリーデ!もうお前はくびだ!出ていけ!」
 禿げた中年の男が真っ赤になりながらどう怒鳴る。
 泣きながら許しを請う、エリーデと呼ばれた少女。
 それをジェスタが止めに入る。
「この娘は、この店のものか」
 ため息をつきながら、中年の男は説明を始める。
「いえね、こいつはうちで預かっている子供なんですが。こいつが生まれたのも、このギルドの宿屋でしてね。なんでも旅の白魔法使いとうちの飯盛り女の間に生まれた子供で。母やすぐ死んでしまったのでうちで育てたという次第で。白魔法使いの娘なら何か魔法でも使えるかと思って育てたのですが、魔法どころか日常の配膳すら不器用な限りで......」
 憐れむような眼でエリーデを見下ろす中年の男。
 少しの沈黙の後、ジェスタは懐から羊皮紙を取り出し中年の男に突きつける。
「勇者命令である。魔王討伐の一員としてエリーデなる少女をわがパーティーに組み入れる。ギルドには所定の金銭を持ってその所属を移動させることを命じる」
 無言で勇者ジェスタを見つめるカロラ。一方、中年の男は開いた口を開けたまま、首をかしげるばかりであった。

「すまなかったな、私財を使わせて」
 いいえ、とカロラは首を振る。エリーデを身請けした際、ジェスタは旅費のほとんどを使ってしまった。
 今後の旅費のため、カロラは肌身離さず持っていた『金の護持短剣』を差し出して、必要なお金を作ったのだった。
「どうせ、もう私は魔法騎士ではないですから。あれは魔法騎士である証ですので」
 無言でうつむくジェスタ。
「それに、ジェスタ様が人助けをしようとするなら、わたしは本望です。個人の幸せを目指すのもまた勇者の――」
「いや、そうでもない」
 そういいながら立ち上がるジェスタ。片隅には草の上で寝息を立てるエリーデの姿があった。普段よっぽど寝不足だったらしく、食事をとると野宿でありながらあっという間に眠りについてしまった。
「この少女――エリーデだったか。ぜひカロラに鍛えてほしい」
 鍛える?何を?という疑問がカロラの心の中に、沸き起こる。
「魔法だ。初級でいい」
 困惑するカロラ。
「わたしも魔法騎士の端くれ。それはできますが――」
「エリーデはとんでもない才能を持っている可能性がある」
 そういいながら、右手の甲をジェスタは見せる。
「あのギルドでエリーデが割った皿でかすり傷を負った。しかし、エリーデが触っただけでその傷は瞬時に消えた。詠唱もなく,術具もないそして魔法の知識もない状態でな。可能性は大だ。白魔法使いは血で走るともいう。父はすごい白魔法使いであったのか、それとも祖先の隔世遺伝か」
「......もしその見立てに間違いがあったら」
 カロラは静かに尋ねる。この少女を――どうするのか――
 ふん、とジェスタは鼻で笑う。
「その時は、どこかで解放してやるさ。身の安全が保障されるような子供のいない農家にでも、勇者としてお願いしてな」
 静かにカロラはうなずく。
「まだまだ、旅は始まったばかりだ。これからも頼むぞ、カロラ」
 ジェスタはそういうと地面に身を投げ出す。空には満点の星が瞬いていた――


(才能というのは、努力に勝るなにものかもしれないな)
 目の前のなぎ倒された魔林を見つめながら、そうカロラは心の中でつぶやいた。
 エリーデに基本魔法の手ほどきをしてから、わずか一ケ月。
 エリーデはすでにカロラのはるか上を行く白魔法の使い手となっていた。
 片手に術具の杖を構えて詠唱するエリーデ。それにより、さらに魔力は増大していく。
「カロラお姉さま、次は何を」
 無言で首を振るカロラ。
「もう、私に教えられることはないよ。魔族が封印している白魔法の秘伝書でも探すしかないかな――」
「まだまだ、この程度ではジェスタ様に恩返しができません!」
 そんなエリーデをカロラはなだめる。
 小さい、そしてはかなげな少女エリーデ。しかし、彼女の白魔法の力は、魔軍の群れ数百人を一撃で破壊するほどにまで成長していた。
「ねえ、カロラお姉さま」
 練習の後汗を拭きながら、そうエリーデは問いかける。
「お姉さまは、ジェスタさまの......その」
「何でもないわよ。あえて言うなら部下かしら」
 さして年齢は違わないエリーデの質問をさらっと返す、カロラ。
「あの人はもっと先を見ている気がする......でもね、エリーデのことは好きだと思うよ」
 その言葉に、にこっと微笑みを返すエリーデ。
「勇者で、かっこよくて優しくて......いいなぁジェスタさま」
「ジェスタでいいぞ」
 そういいながらジェスタが現れる。一瞬ひるむエリーデであったが、赤くなってうつむきぼそぼそとなにかをつぶやく。
「......じぇ、じぇすた......」
 以後、エリーデはジェスタを呼び捨てるようになった。


 旅の中、サンドロやシルヴィーノがパーティーに加わる。
「噂には聞いていたが大白魔法使いのエリーデがこんなちんちくりんとはな」
 サンドロがエリーデの頭に手をかけながら、そう笑う。不満そうなエリーデ。
「神も精霊もエリーデの白魔法により、安息を与えられていると言っています。このクラスの使い手は私も初めてみました」
 シルヴィーノの言葉に、エリーデは照れる。
 それをほほえましく見つめるカロラ。エリーデの魔物に対する白魔法の威力は尋常ではなく、彼女のおかげで魔族四天王の二人目を撃破することができたくらいだった。
 いよいよ三人目を倒すために、豪雪の国アイシンフョードルに足を踏みいれる勇者たち。雪の中から現れる雑魚をどんどんと倒して、道なき道を進む。
「大したことはありません。私が先頭を行きます」
 エリーデが杖を掲げながら、そう叫ぶ。吹雪はブリザードとなり、さらに視界を削る。
 次の瞬間、エリーデはわが目を疑う。雪の中から多いな氷のつららが立ち上がり彼女向かって飛び込んでくる。
 よける暇はない。
 自分の胸を貫く――と思った次の瞬間、彼女の前には人影が立ちはだかった。
 勇者ジェスタ。脇腹に一撃を食らいながらも、聖剣ハザースの打撃により氷のつららは粉砕されていた。
「ジェスタ!」
 エリーデの声には反応せずに、ジェスタはゆっくりと倒れこむ。
 すぐさま最上級の外傷回復白魔法を唱えるエリーデ。それですら、生ぬるいほどの重傷にシルヴィーノも駆けつけ、治療を始める。
「わたしの......私のせいで」
 泣きながら詠唱をつつけるエリーデ。意識を取り戻したジェスタはそっと首を振る。
「エリーデ......が無事で......よかった......お前の代わりは......だれも......いない......」
「そんなことないよ!勇者が死んだら......」
「ほかにも......勇者はいる......エリーデは......ただ一人......」
 結局、ジェスタはこの後一ケ月の療養を余儀なくされる。
 その間、残りのパーティーはジェスタなしで見事四天王の三人目『氷魔族のヒューランディア』を撃破する。
 とどめを白魔法の全力で刺したエリーデ。血まみれになりながら、その眼には涙が浮かんでいた。


「ここにいましたの、カロラお姉さま...ではなく近衛隊長殿」
「カロラでいいわよ。白魔法枢機卿エリーデ=マセッティさま」
 えへへ、とその大きな制服を震わせながらエリーデは破顔する。
「この国で一番の魔法術使になれたわね。おめでとう」
 ううん、とエリーデは首を振る。
「私なんかより、ジェスタが国王になれたのがうれしい。彼にとってふさわしい地位だわ。でも、でもね――」
 遠い目をしてエリーデはつぶやく。初めてジェスタたちとエリーデが出会ったのは四年前。すでにエリーデは成人していた。
「何でもない。カロラお姉さま、一緒に国王陛下を支えましょう。生きている限り、永遠に」
 ああ、とカロラはうなずいた。
 カロラは感じていた。エリーデの――ジェスタに対する、本当の気持ちを――

「マセッティ白魔法枢機卿に不穏の兆しがある」
 玉座の上から、そう告げる国王ジェスタ。マセッティというのは当然――エリーデのことである。
「すでにテバルディ大将軍には討伐の兵を与え、彼女の領地であるマリサ=カネサに向かわせた。側方からはパジーニ大司教の遊撃部隊がすでに侵攻を開始している」
 テバルディとはサンドロ、パジーニとはシルヴィーノのことである。
「恐れながら国王陛下」
 震えながらカロラはそう言上する。
「枢機卿――いえエリーデがジェスタさまに叛旗をひるがえすなどあり得ない話。多分マリサ=カネサの魔法使いどもにエリーデが担ぎ出されたということでは――」
「同じことだ」
 ぴしゃっと言葉を封じるジェスタ。
「そもそもの発端はマセッティ白魔法枢機卿が国法に反して、エルフの一族をかくまったことにある。言い逃れはできまい」
 エルフの一族――あの戦いにおいて魔王ベリザーリオについたエルフのグループが少なからずいた。それらすべてを滅ぼすように国王ジェスタは命令していたのだったが――
「エルフたちにいまはもはや何の脅威もありますまい。どうかご寛恕のほど――」
「ならん」
 そういいながら、剣を抜きそれを床にたたきつける国王ジェスタ。
「魔王亡き後、再びその力を復活させようとする魔族は数にいとまがない。そのような勢力にそのエルフの一族が接触すれば、再び人間世界は魔族に侵略されてしまう。そのためにも人間は人間以外の種族、魔族などからは一線を引くべきなのだ。それをエリーデは破った。しょうがあるまい」
 感情のこもらぬ声で、そうジェスタは続ける。
 静かに剣をつかむカロラ。
 彼女が王都をたったのは、その次の日のことであった。


 いくつもの煙が立つ。
 かつて城であったそこは完全に破壊され、がれきのみが広がる。
 死体を片付ける雑兵たち。その中にはエルフの死体も見られた。
 かつて魔法の都とされたマリサ=カネサは、住民ごと根こそぎ虐殺され見る影もない。
 カロラは馬を進める。
 このような攻撃を命じたのは国王ジェスタであり、それを実行したのはサンドロとシルヴィーノであった。
 数年前のことを思い出すカロラ。
 サンドロはまるで父親のようにエリーデをかわいがっていた。
 食べ物がないときは、自分の分を我慢してまでエリーデの食事を用意していたサンドロ。お腹を鳴らしながら照れ笑いをしていた。
 また、シルヴィーノは妹のようにエリーデを愛していた。白魔法使いの病気は、基本神の力によってしか癒せない。エリーデが高熱を出したとき、徹夜して精霊と神の加護を読み出してエリーデの介抱をしていたシルヴィーノ。
 その二人が、彼女の領土をせん滅したのだった。
「マセッティ白魔法枢機卿の行方は定かではありません。テバルディ大将軍が懸命の捜索をしていますが――」
 そういう部下の声を背に、カロラは馬をめぐらす。
 それは、あの場所に向かって。

 マリサ=カネサから東にわずか一〇クラン。
 静かな森が広がり、人の姿は見えない。
 ゆっくりと馬を進める、カロラ。何度か回ったのち、ある一角で足を止め馬を降りる。
 静かな詠唱。そうすると地面に大きな穴が開く。
 洞窟の入り口。
 それに入るカロル。松明があかあかとともり、その奥には広い空間が広がっていた。
 その奥に横たわる人影。それは――今、逆臣としてその行方を血眼で捜索中のマセッティ白魔法枢機卿――エリーデであった。
 血だらけの乱れた服装に、折れた杖。はじめはカロラの姿に驚いたようだったが、すっと目を閉じる。
 そばに駆け寄り、そっとエリーデを抱きしめるカロラ。小さな詠唱と護符を目の前に掲げる。
「大丈夫。痛みはなくなる」
 静かにうなずくエリーデ。さしもの大白魔法使いもサンドロの物理的な攻撃と、シルヴィーノの支配する精霊の力には、かなわなかったらしい。
「お姉さま。お姉さまも私を殺しに?」
 静かにうなずく、カロラ。
「国王陛下のご命令です。ジェスタの」
「――わかっています。私の存在が新王国にとって邪魔なことを。魔王なき今、私の存在がジェスタに反対する勢力を拡大させる。だからこそ――私は集めました。ジェスタに反対する白魔法使い、いやすべての魔法使いたちを。魔物がいない今、魔法を使える人々の存在は脅威でしかないでしょうからね」
 そういいながら洞窟の壁をじっと見つめるエリーデ。
「懐かしいですね。この洞窟。最後の四天王との戦いの後、魔王から身を守るためにここにみんなで籠りましたよね。絶対安全な隠れ家だって。私が皆さんに教えました。サンドロやシルヴィーノもそのことは知っているはずですが――」
 すっと右手のくるぶしを突き出すエリーデ。それは魔法使いの一番の急所であり、それを差し出すことは全面的な敗北を意味する。
「お姉さまにとどめを刺されるのであれば、何も心残りはありません。どうか――」
 その手をそっと握りかえす、カロラ。エリーデは不思議そうな表情を浮かべる。
「逃げましょう」
 そういいながら、エリーデを背負うカロラ。
「逃げる場所はいくらでもあります。私の姿が消えればジェスタも多分察するはずです。大陸の果てまで逃げれば、王国の脅威にもなりません。エリーデ。私に任せて――」
 背中ですすり泣く声が聞こえる。それはまさしく、あのギルドで出会った少女の時のエリーデの姿であった。
「ねえ、お姉さま」
「少し休んだ方がいいですよ」
 ううん、とエリーデは首を振る。
「一度、ジェスタは勇者としての身を顧みず自分を犠牲にして私を助けてくれたよね」
 思い出すカロラ。氷の魔物を自ら受け止め、死をも覚悟してエリーデを救ったジェスタの姿を。
「ジェスタは――少なくとも昔は勇者であることよりも、魔王を倒すことよりも私を――私の命を大事にしてくれた。そう思っていいのかな」
 うん、とうなずくカロラ。
 その次の瞬間にカロラの背中が軽くなる。
 ハッとして後ろを振り返ると、エリーデが空中にその身をゆだねていた。
 小さな杖を軽く振るエリーデ。激しい風が巻き起こり、カロラは洞窟の入り口の方へと吹き飛ばされる。
「エリーデ!!」
 肩の傷を抑えながら、そう叫ぶカロラ。洞窟の彼方から、最後の声が聞こえる。
「さようなら、カロラお姉さま。ジェスタ国王陛下をどうか――」
 響き渡る最後のエリーデの声。
 それに続き大音響と爆風が洞窟を襲う。
 洞窟の外に吹き飛ばされるカロラ。
 後ろを振り向くと地面が盛り上がるのが見えた。馬にかけ乗り、その場を離れるカロラ。数分後、森は火の海と化す。
 自らを自爆させる白魔法によりエリーデは地中にその姿を消したのだった――

「アガッツィ親衛隊長。この度のマセッティ白魔法枢機卿討伐、見事である」
 玉座の上の国王ジェスタがそう、カロラをねぎらう。
「最後は自爆魔法で果てたとな。まあよい信じよう」
 ジェスタの言葉に、カロラは顔を上げる。
「陛下に一つ質問があります」
 ふむ、と国王ジェスタは答える。
「かつて魔王討伐の際に、陛下は身を挺してマセッティ白魔法枢機卿殿――エリーデを救われました。その意味をお聞かせいただきたい」
 無言の国王ジェスタ。少しの沈黙の後、口を開く。
「あの時、もしエリーデを失っていたら多分魔王ベリザーリオを倒すことは不可能であったろう。勇者としての私の代わりはお前、カロラでもつとまるが、エリーデの代わりはおらん。それだけの話だ」
 すっと玉座を立ちあがる国王ジェスタ。
「カロラ。これがわれわれの進む道だ。それが嫌というのであれば、仇を討っても構わん。お前がいなければ、この新王国はすぐにでも崩壊するだろうからな」
 カロラは――ただ伏せていた。
 一言、そしてつぶやく。
「国王陛下に忠誠を誓います」と。


 のちに編纂されたルフォルツァ王国の公式史書である「ルフォルツァ=シュピーゲル」にはこのように記されている。いわく
『魔王を共に倒したマセッティ白魔法枢機卿は反乱を企て、不満を持っていた魔法使いを集めマリサ=カネサにこもったが征討軍により鎮圧された。最後洞窟にこもっていたところを、のちの護国卿となるカロラ=アガッツィに最後の反抗を試みるが、返り討ちに会いその生涯を閉じる。国王ジェスタはその功績によりカロラ=アガッツィを近衛隊長から、左翼将軍に任じた。それがさらなる動乱の原因となったのだ――』と――
 
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