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第4章 国防軍との対決
ロシアからの客人
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じっと、兵士姿の女性はエットカルトを見つめる。その頬は黒く汚れ、少し血もにじんでいた。
「見た記憶があるな。確か、女性従軍記者の――」
「ジョフィよ。記憶力いいのね」
物おじしない女性の言葉に、エットカルトは逆に気圧される。
「なぜここに。と、いうかなぜそんな恰好で」
「私の仕事を果たすため。今後は、気を付けることよ。いくら鉄帽をかぶっているからと言って、女が部隊に紛れても、わからないようじゃ、敵が紛れていてもわからなくてよ」
エットカルトは理解する。このジョフィという女性が何かしらの目的をもって小隊にもぐりこんだということを。
「装備は、どうやって手に入れたのだ」
ふふん、とジョフィ女史は不敵に笑う。明らかに『非合法』な入手方法をにおわせていた。
「......では目的を聞こうか。なぜそんなことをしたのか」
「記者の目的は、ただ一つ。事実をスクープすること。その事実は、あなたの人生にも大きく影響するわ」
じっとエットカルトの目を見つめるジョフィ女史。
少しの沈黙ののちに、エットカルトはうなずき、走り始めた――
「ここが、落ちあう約束の場所だ」
戦場からは少し離れた林の中。いくつか農家の建物も見えるが、人の気はない。このあたりはすでに、ドイツの勢力圏に含まれていた。もっとも、先日のような不意打ちもあるから、油断はできないが。
腕時計を何度も、エットカルトは確認する。人差し指で盤面を指し、腰から拳銃を取り出す。重心を折り広げ、銃弾を確認する。その様子を見ていたジョフィ女史は、両耳を両手で塞ぐ。
空中に向かって一発。乾いた音と、花火のような光跡が宙に舞う。
信号弾。それはくラインベック大佐から命令された、『ある人物』に落ち合うための合図であった。
数分、待つ二人。そして待ち人はきたる――
木々の間から、二頭の馬が歩み寄る。二人の男性。一人は体格のよい猟師のような――多分護衛の兵士であろう。猟銃を背負っていた。しかし、それは軍用のものであるように見えた。
もう一人の人物。年の頃は四十代くらいで帽子を被っていた。髭と丸い眼鏡が印象的な人物である。
『同志レーニンは皇帝陛下に感謝の意を述べられている』
眼鏡の男がエットカルトに、達者なドイツ語で馬上からそう述べる。
それに対して、敬礼を返すエットカルト。
『皇帝陛下がお待ちしております』
事前に取り決められた符牒である。お互いがそれを確認し、二人の男性は馬から降りる。
「エットカルト中尉と申します。連隊本部へご案内差し上げます」
あたりを見回す眼鏡の男。迎えの数が少ないことを不審に思ったのだろうか。しかし、エットカルトらの汚れた軍服に気づくと、静かにうなずいた。
「馬はもう限界のようだ。徒歩にて案内してほしい」
眼鏡の男性が流れるようなドイツ語でそうつぶやく。
一行は草原の中を、なるべく目立たないように移動を開始する。
前を行くエットカルトとジョフィ女史。しかしジョフィ女史の様子がおかしいことにエットカルトは気づく。
「どうした......?」
そっと小声で問いかけるエットカルト。ジョフィ女史はポケットから取り出した紙にサラサラと文章を書き、それをエットカルトに手渡す。
そのメモにはこう書かれていた。
『後ろを歩くロシアからの要人。レフ=ダヴィードヴィチ=ブロンシュテインの可能性あり。顔を新聞で見たことがある。一般には――レフ=ダヴィードヴィチ=トロツキーと呼ばれているが』
エットカルトははっとして、後ろを振り向く。そこには変わらず、先程の男たちがいた――
「見た記憶があるな。確か、女性従軍記者の――」
「ジョフィよ。記憶力いいのね」
物おじしない女性の言葉に、エットカルトは逆に気圧される。
「なぜここに。と、いうかなぜそんな恰好で」
「私の仕事を果たすため。今後は、気を付けることよ。いくら鉄帽をかぶっているからと言って、女が部隊に紛れても、わからないようじゃ、敵が紛れていてもわからなくてよ」
エットカルトは理解する。このジョフィという女性が何かしらの目的をもって小隊にもぐりこんだということを。
「装備は、どうやって手に入れたのだ」
ふふん、とジョフィ女史は不敵に笑う。明らかに『非合法』な入手方法をにおわせていた。
「......では目的を聞こうか。なぜそんなことをしたのか」
「記者の目的は、ただ一つ。事実をスクープすること。その事実は、あなたの人生にも大きく影響するわ」
じっとエットカルトの目を見つめるジョフィ女史。
少しの沈黙ののちに、エットカルトはうなずき、走り始めた――
「ここが、落ちあう約束の場所だ」
戦場からは少し離れた林の中。いくつか農家の建物も見えるが、人の気はない。このあたりはすでに、ドイツの勢力圏に含まれていた。もっとも、先日のような不意打ちもあるから、油断はできないが。
腕時計を何度も、エットカルトは確認する。人差し指で盤面を指し、腰から拳銃を取り出す。重心を折り広げ、銃弾を確認する。その様子を見ていたジョフィ女史は、両耳を両手で塞ぐ。
空中に向かって一発。乾いた音と、花火のような光跡が宙に舞う。
信号弾。それはくラインベック大佐から命令された、『ある人物』に落ち合うための合図であった。
数分、待つ二人。そして待ち人はきたる――
木々の間から、二頭の馬が歩み寄る。二人の男性。一人は体格のよい猟師のような――多分護衛の兵士であろう。猟銃を背負っていた。しかし、それは軍用のものであるように見えた。
もう一人の人物。年の頃は四十代くらいで帽子を被っていた。髭と丸い眼鏡が印象的な人物である。
『同志レーニンは皇帝陛下に感謝の意を述べられている』
眼鏡の男がエットカルトに、達者なドイツ語で馬上からそう述べる。
それに対して、敬礼を返すエットカルト。
『皇帝陛下がお待ちしております』
事前に取り決められた符牒である。お互いがそれを確認し、二人の男性は馬から降りる。
「エットカルト中尉と申します。連隊本部へご案内差し上げます」
あたりを見回す眼鏡の男。迎えの数が少ないことを不審に思ったのだろうか。しかし、エットカルトらの汚れた軍服に気づくと、静かにうなずいた。
「馬はもう限界のようだ。徒歩にて案内してほしい」
眼鏡の男性が流れるようなドイツ語でそうつぶやく。
一行は草原の中を、なるべく目立たないように移動を開始する。
前を行くエットカルトとジョフィ女史。しかしジョフィ女史の様子がおかしいことにエットカルトは気づく。
「どうした......?」
そっと小声で問いかけるエットカルト。ジョフィ女史はポケットから取り出した紙にサラサラと文章を書き、それをエットカルトに手渡す。
そのメモにはこう書かれていた。
『後ろを歩くロシアからの要人。レフ=ダヴィードヴィチ=ブロンシュテインの可能性あり。顔を新聞で見たことがある。一般には――レフ=ダヴィードヴィチ=トロツキーと呼ばれているが』
エットカルトははっとして、後ろを振り向く。そこには変わらず、先程の男たちがいた――
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